『夕飯献立論争』好きな食いもん。すき焼きとハンバーグ。正確に言うなら、"クロノがつくった"すき焼きとハンバーグ。
「どーすっかなぁ……」
目の前の男が首を捻るたび、金色の瞳にかかった前髪がゆらゆらと揺れる。
午後一でディグプロに寄った帰り、偶然ルビレの日暮茜に遭遇した。今日は日中クロノさんが留守にしているらしく、時刻も昼時を少し過ぎた時間だったため、一緒に昼食をとろうという話になったのだが──アカネは店に入って注文を終えるなり、ずっとこの調子でスマホの画面と睨めっこしている。それを「いい声してんなコイツ」とか思っている(思わされている)自分にもなんだか腹が立つ。
アカネの余裕綽々な表情は見慣れているが、眉間に皺を寄せて悩んでいる姿は非常に珍しかった。というか、今まで見たことがない。先程から気になって仕方ないのだが、自分から聞くのはどうにも躊躇われて、開きかけた口を噤む。何を考えているのか気にするだなんて、"俺はお前に興味があります"と言っているようなものだ。それはなんとなく悔しい。コイツ相手となれば、尚更。
「……さっきから何ブツブツ言ってんの」
結局意地より好奇心のほうが勝った。俺の声に反応して顔を上げたアカネは、「あ、悪い」という軽い謝罪のあと「いや、今日の夕飯がさ……」と再び考え込む。
……聞き間違いだろうか。俺の耳が確かなら、「夕飯」という単語が聞こえたのだが。まさか、夕飯のメニューを何にするかで迷っていたというのか。
驚きのあまり数秒沈黙した俺は、次の瞬間大きなため息をついて脱力した。深刻そうな顔をして唸っているから何か大変なことでもあったのかと思ったのに、ド真面目に心配していた自分が馬鹿みたいだ。紛らわしいにも程がある。思わず「そんなことかよ!」と突っ込みそうになり、慌てて口元に手をあてる。店内で大きな声をだせば、周りの人の迷惑になる。なにより悪目立ちする。自分を落ち着かせるために深呼吸をひとつして、改めて尋ねた。
「なにとなにで悩んでんの?」
「すき焼きとハンバーグ」
「あー……それは確かに迷う」
「だろ」
すき焼きとハンバーグ。思い浮かべただけで口内にじゅわりと涎が溜まった。ただでさえうまい上に、クロノさんの手料理ときている。以前聞いた話によれば、どちらもアカネの大好物だというし……迷ってしまうのも仕方がない。
「どっちもっていうのは?」
「それができりゃ一番いーんだけど、食事のバランス的にNGでそうな気がする」
「あー……クロノさん健康には厳しいもんなぁ」
「そーなんだよ」
アカネは「また後で考えるわ」とスマホをしまい、再びメニュー表をパラパラと捲り始めた。すでに注文は終えているので手持ち無沙汰なのかと思ったが、開いているページを見て納得する。そういえば、甘いものにも目がないと以前聞いたことがある。昼飯を終える前に夕飯の献立に迷い、更にはデザートのことも考えているとなると、スリムな体型のわりにその実かなりの大食漢なのだろうか。もしそうなのだとしたら恐ろしい。色んな意味で。
「クロノのつくるメシ、めちゃくちゃ美味いんだよな」
「俺も食ったことあるから知ってっし」
「それをほぼ毎日食える俺」
「自慢かよ!」
そーだけど、と笑ったアカネに二の句が継げず押し黙る。本当に謙遜というものを知らない。だが、それを嫌だと思ったことは一度もなかった。俺だってメンバーの凄いところはすぐに自慢したくなるし、褒められれば自分のことのように嬉しい。ルビレのことを話している時のアカネはとても優しい顔をする。イメージ通りの王様のようなそれではなく、目尻が下がった柔らかい表情。つぐみつぐみと着いて回られるのは落ち着かないが、コイツのこんな表情が見られるのなら、たまには話を聞いてやってもいい。なぜならきっと、誰にでも見せる表情ではない。
「お前は夕飯どーすんの?」
「今日は叶希いねーからコンビニで適当に買って帰る」
「じゃあうち来いよ。一緒に食おーぜ」
「えっ……いいの?」
「そっちのが美味いんだろ?」
その言葉にハッとした。誰かと食べるメシの方がより美味いのは、俺自身が一番よく知っている。
「すき焼きとハンバーグかぁ……」
「どっち食いたい?」
「どっちも!」
「……それじゃいつまでも決まんねーだろ」
結局、目の前の昼食を食べ終えるまで結論はでなかった。それならいっそクロノさんに決めてもらおうと自宅にお邪魔すると、つぐみくんが来てくれたならとミニサイズのものを両方つくってくれた。
クロノさん、めちゃくちゃ美味いすき焼きとハンバーグ、ご馳走様でした!!