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    雪ノ下

    @a_yukinoshita

    雪ノ下(ゆきのした)です。
    DIG‐ROCKの日常系SSを中心に色んなお話を書いています⸝‍⋆

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    2021.05.18『Endless Scenarios』再録 お題「スタート!」

    Main:MASHIRO

    #ディグロ
    diglo
    #二次創作
    secondaryCreation
    #SS

    『Endless Scenarios』はじめてベースに触れた時のことはよく覚えていない。いつの間にか腕の中にあって、いつの間にか弾いていたというのが正直なところだ。
    ベーシストとしての始まりをいうなら……それはやはり、ルビレの冬木真白になった時のことをいうのだろう。

    居場所がほしかった。俺のベースを最大限活かしてくれる居場所(バンド)が。
    ベース。ベースを弾く俺。あと足りないものは、ひとつだけ。
    だがそのたったひとつの不足は、ベーシストである自分にとって、致命的な欠陥だった。


    「そろそろ潮時かな」


    吐きだした紫煙が天井に溜まり、白い尾を引いて溶けてゆく。それはまるで、今のバンドと自分の関係性を如実に表しているように見えた。なんとなくで繋がる結びつきなど、空に吸い込まれる煙のようなものだ。一度解れてしまえば無かったものと同じ。向こうはどうだか知らないが、少なくとも自分の中には何も残らない。
    ベースが弾けるならどこでも良かった。そこに満足感はなくとも。
    メンバーは誰でも良かった。どうせ明日には忘れてしまう顔だから。
    愛情も執着も、それに伴う未練もない。これ以上ないほど楽だったけれど、同じくらい退屈だった。


    「……ま、どーでもいいか」


    期待するだけ無駄。そう割り切っていれば裏切られることもない。ステージに立った数だけ募る空虚や、不完全燃焼によるフラストレーションには気づかないふりをした。満たされない分の捌け口は外に求めればいい。胸にぽっかりと空いた穴は、名前も知らない誰かが埋めてくれる。
    そうして数えきれないほど自分の心に嘘をつき、何のためにベースを弾いているのかわからなくなった頃、あの音に出会ったのだ。


    「三年なんて、あっという間だったな」


    誰もいない廊下で何とはなしに呟く。今日は午後から集まる予定で、早めに家を出てみたら見事に一番乗りだった。自分で言うのもなんだが、明日は雨かもしれない。
    こんな風に昔ことを思い出すのは、今日使うスタジオがルビレ結成時のオーディションを行ったビルの近くにあるからだろう。覚えているのか定かではないが、今でもたまにアカネはあの缶コーヒーを買う。お約束のように甘いと顔を顰めるから、その度に「めちゃくちゃ甘いよ」と教えてやっているが、懲りる気配はない。
    ──今思えば、当時の俺は妥協している自分から目を逸らしていただけだった。はじめてルビアを……アカネとクロノを見たとき、これほど貪欲に何かを求めたことがあっただろうかと漸く気づかされたのだ。ルビアが解散すると知って、柄にもなく必死にアカネを口説いたのは、そんな二人の姿に触発されたからかもしれない。


    「俺が率いているわけじゃない」


    そう口癖のようにアカネは言う。だが、ルビレという居場所(バンド)をつくってくれたのは紛れもなくアイツで、日暮茜という存在は誰にとっても特別だ。
    以前、面と向かって「必ず幸せにする」と言われたことがある。顔に出さないよう努めたが、内心乙女のようにときめいてしまっていた自分に気づいて、苦笑いを漏らした。俺はこと恋愛方面においては百戦錬磨の実績をもつ男だ。それが同性相手に胸を高鳴らせるなんてあり得ない。
    まぁ、喫煙所でため息をつくアカネを見て不安に思っていたのも事実だったし、そういう言葉を欲していたのは否定できないが……あの王様が自信満々に幸せにすると言うのだ。きっと幸せにしてくれるのだろう。つまり、ルビレはこれからも。


    「……シロ。マシロ!」

    「うぉっ」


    耳元で怒鳴られ振り返ると、いつの間に来たのかクロノが目を釣り上げて立っていた。
    一体何をそんなに怒っているのか。今日はちゃんと時間通りに、なんなら一番乗りで来たというのに。
    とはいえ、怒られる理由など常時掃いて捨てるほどある。とりあえず「今日は遅刻してませんけど?」と強がってみた。これで怒られたら、その時はその時だ。


    「違う。そのままだと火傷するぞ」

    「え?あぁ……」


    手元ではここに来てから火をつけたタバコがもう随分と短くなっていた。考え事をしていたせいで、すっかり忘れていた。隣ではギタリストが「だから吸いすぎには気をつけろとあれほど……」とブツブツ小言を垂れているが、心配して言ってくれたのだと思うと、危うく頬が緩みそうになる。
    携帯灰皿をしまい、そろそろ準備に取り掛かろうと立ち上がったタイミングで、スタジオの扉が音を立てて開いた。


    「揃ってるな」

    「あ!マシロさんもう来てる!」

    「今日はカラーズに起こしてもらったからねー」

    「なるほどそれで」

    「お前はまたファンを巻き込んで……」


    いつものメンバー。いつものやり取り。
    変わらないこの時間が永遠に続けばいいだなんて、どこかの少女漫画や歌詞に百万回は登場していそうなセリフが頭に浮かんだ。人一倍縛られることを嫌う俺には、鼻で笑いたくなるほど似合わないセリフだ。


    「準備いいか」

    「いつでもどーぞ、王様」


    俺は、俺達は。まだスタートを切ったばかりだ。
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