『秘密の逢瀬はレモン色』「つぐみくんの色だね、ソレ」
運ばれてきたケーキを指差すと、最近事務所に所属したばかりの四つ下の後輩が"ほんとだ"とあどけない笑顔を浮かべた。
白のレアチーズケーキに黄色いゼリーの覆いがかかり、一番上には砂糖漬けのレモンがひと切れ乗っかっている。オランジェットが光を反射してキラキラと輝く様は、まるで彼の髪が陽光に透けた時のようだ。
こうして同じテーブルを囲むのは何度目になるだろう。初めて食事に誘った時はまさかこんなに交流を図ることになるとは思ってもいなかった。二人で会っていたと知ればまたアカネが妬くだろうから、今回も内緒の逢瀬だ。バレるのは時間の問題だろうけれど、それはそれで楽しいから良しとする。
「レモン好きなの?」
「特別好きってわけじゃないんだけど、朝の番組で今日の誕生花って言ってたのを思い出して」
「へぇ?」
誕生花とは随分ロマンチックなことを言う。そんなものを意識するなんてせいぜい口説いた女の子に花を贈るときくらいのものだ。もっとも最近はバンド活動が充実しているおかげでそういう機会自体に縁がなく、誰かが話題に上げなければ思い浮かべることすらないが。
「えーっと、花言葉は確か……」
「"誠実な愛"」
つぐみが口にするよりもスマホの画面に検索結果が表示される方が早かった。
レモンの花言葉は"誠実な愛" "思慮分別"。
どっちも俺には似合わねーなぁと自嘲気味に呟くと、つぐみは「ピッタリじゃね?」と不思議そうに首を傾げる。予想だにしていなかった反応に思わずどうしてそう思うの?と尋ねてしまう。
「ベースとかルビレに対して一途じゃん」
「……そう見える?」
「うん。めちゃくちゃ」
即答だった。よしてくれ柄じゃないと突っ込みたいところだが、表情を見るに揶揄っているわけでもなさそうだ。……勘弁してくれ。
「俺ってそんなにわかりやすいかなぁ……」
「わりとバレバレだと思う」
「マジか」
"マシロって何考えているのかわからない"と言われることはあっても"わかりやすい"と言われたことはなかった。我ながらポーカーフェイスには自信があったのだが、出会って間もない後輩にまで筒抜けとは……アカネはともかくあのクロノに「今更気づいたのか」と笑われるわけだ。
「はっずい……」
「なんで?」
「いや、なんでって…」
「そっちのがいーじゃん。だって隠そうとしても出来ないくらい好きってことだろ?」
あまりにも純粋な、穢れなどひとつも感じさせない無邪気な笑顔に目を細める。うちの王様とはまた違った眩しさだな、これは。
ルビレやそのマネージャーは例外として基本的に同性には興味をもたないタチなのだが、なんとなく惹かれてしまう理由がわかった気がした。彼のように清純さを保った人間はどうしたって魅力的に見えるものだ、こういう界隈では特に。
……あぁ、でも。それはきっとあの礼儀正しいインテリジェンスがそう在るようにと傍で見守ってきたからだろう。うちのボーカルとギタリストの関係性は特別だが、それは恐らくインクロも同様だ。
「つぐみくん、追加の注文は?」
「したいとこなんだけど……今月ちょっと厳しくて」
「腹減ってんだろ?遠慮せず頼みなよ」
「え、でも……」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
いーからここはお兄さんに任せなさいって。
言うと、つぐみの表情がパッと明らんだ。こんな事を続けていたら"あまり甘やかさないでください"と叶希に釘を刺されてしまうだろうか。
けれど可愛がっている後輩の花が咲いたような笑顔を見れば、多少甘やかしたくなってしまうのも仕方がない。