君が好き!それだけ「なぁ白馬、次の講義までどれくらい時間ある?」
完全にやる気のない声で快斗は隣を歩く友人(仮)である白馬探へと問い掛けた。
自分で時計くらい見ろよと言いたげな顔をした探だったが、文句は言わず懐から懐中時計を取り出すと丁寧にその疑問に答える。
「次のキミの講義までは百二十八分と二十…、黒羽君?」
わざわざ答えたのにその途中で質問した張本人は「居た!愛しのマイスィート!」なんて声を上げて走り出してしまった。
「……またですか」
深い深いため息を吐き出して懐中時計を懐へとしまうと、奇行を止めるべく小さくなっていく後ろ姿を追うのだ。
一方、駆け出した快斗は、ラウンジへと向かうと隅の方で一人席に座り本を読んでいる人物へと近づいた。
「お隣良いですか?」
「友達が座るんで駄目です」
猫なで声に視線を向けることさえなくその人物は快斗へ冷たく言い放つ。
「なるほどつまり俺達は友達だから、俺の席ってことだ」
「あなたは友達じゃないので駄目です」
「友達…じゃない、つまり……恋人!?」
「なんで飛躍すんだよ、最大限の親しみを込めても顔見知りの他人だろ」
眉を顰め、快斗を睨み付けた人物は大学内でも有名な工藤新一である。
大学の入学式に相棒を新一の推理により捕まえられ逆恨みした犯人が乱入してきて大混乱に陥った時、暴れ狂う犯人を回し蹴りの一発で仕留めた事から憧れと羨望とほんのちょっとの畏怖の眼差しで遠巻きしされている新一は、良くも悪くも目立ち、快斗と探以外はあまり話し掛ける人間がいない。
しかしながら新一本人はそれでも構わないと思っているのか気にした様子もなく自由気ままに過ごしているのだ、…快斗が絡んでくる時以外は…。
「何その顔すごい可愛い〜」
新一の睨みもなんのそのでハートマークを飛ばしながらはしゃいだ声を上げた快斗は結局許可も得ず新一の隣に座った。
「やっと追いつきましたよ黒羽君、キミほんといい加減にしてください」
「白馬、コイツの手網ちゃんと握っといてくれ」
大きな大きなため息をついた新一は立ち上がると探の肩に手を置き擦れ違い様に呟いては去ってしまった。
「えー!新一もう行っちゃうの?俺が来たのに?」
「キミが来たから彼は行ったんですけどね」
「俺を置いてどこ行くんだよ新一!」
「講義でしょうね、時間になるので」
「あーもー、なんでおめーがいちいち答えんだよ!」
「キミを独り言撒き散らしマシーンにしなかった優しさに感謝して欲しいくらいですが?」
快斗は探の言葉にむすりと顔を歪ませ先程まで新一が座っていた席へと移動すると机に突っ伏した。
「俺の新一…」
「勝手にキミのものにされたら彼も不名誉でしょう」
快斗の向かい側に座った探は、不貞腐れた友を見て苦笑する。高校時代には色々とあつたが、友人…と呼べる位置に収まったのだと思う彼のことは、探偵の探でも分からないことだらけだ。
「キミはどうしてそんなに工藤君に固執するんですか?彼も、キミが嫌う探偵ですよ」
「…随分昔のことだし長くなるけど聞きたい?」
「じゃあ結構です」
「忘れもしない半年前のあの日、俺は新一と運命的な出会いをしたんだ」
「最近じゃないですか」
快斗は思い出す、まだ高校時代。
通学路で女子生徒のスカートを捲りつつ登校していたあの頃。
「キミ高校三年でまだそんなことしてたんですか?」
あの日も元気に女生徒のスカートを捲っていた、すると明け方の事件でちょうど江古田に来ていた新一が、俺の事を見ていたんだ。灼熱の砂漠地も瞬くうちに氷河に変えるほどの冷たい目だった…。
俺はその表情に衝撃を受けたんだ。まるで生ゴミを見る目、間違っても人に向けるような視線ではなかったそれに、無性に胸が掻き立てられ心臓が高鳴ったんだ。
「シンプルに気色悪いですね」
胸の鼓動が聞こえたらどうしよう、そう考えては勝手に身体が動いて…反射的に新一のズボンを下ろしてしまっていた…。
「しまっていた、じゃないんですよ。キミの髄系反射はいかれてるんですか?」
新一はすぐにズボンをあげると同時に全力の踵落としをしてきてもろに食らった俺は気絶したんだけど、その時見た新一の顔が可愛くて可愛くて…、あっという間に落ちてたんだよ。
「地に?」
恋に。
そう、あの視線、あの表情。推理中に煌めく青とも誰かと話している時に和らぐ優しい蒼とも違うそのギャップ。凍てついた視線と冷めた顔が、朱に染まって涙目になって見詰められて…そんなのを見せられたら選択肢は一つ、愛するしかない。…だろ?
「キミがするのは自首では?」
目が覚めた時は保健室。夢だったのかなって思ったよ。
「いっそ夢であれ」
けど、隣に新一が居たんだ。やり過ぎた、その事だけは謝る。って…、もうこんなの好きにならざるおえないじゃねーか。
「彼が誤ったのはキミへの対応でしたね」
高木って人がこんこんと俺に何かを語ってたけど、その後ろにいる新一を見るのに一生懸命で話までは聞いてなかった。
「しっかり警察呼ばれてるじゃないですか」
雑音の中でも新一は輝いていたんだよな。
「警察からの厳重注意を雑音呼ばわりしないでくれませんか?」
これが、新一に恋した一部始終。
「キミが彼にしたのは犯罪ですよ」
やっぱり馴れ初めを話すのってちょっと恥ずかしいな。
「キミが恥じるべき所はもっとほかに沢山ありますけど気付いてます?」
ツッコミどころ満載の犯罪行為スレスレ(?)の出会いを聞かされ、探はやってきた目眩に顔を顰めてこめかみを押さえた。
いや、むしろよくこの被害を経てもあの程度の態度で済ませてくれてるものだと新一に感心するばかりである。
「ここまで聞いてくれた白馬に俺の秘密をひとつ教えてやろう」
「全然聞きたくないんですが」
「ほら、これ」
上機嫌に鼻歌を奏でながら快斗は探の耳元へ手を寄せた。どうやら手の中にイヤホンを隠していたらしく耳元に当てられたそれからはザリザリとノイズが聞こえている。
「…なんですかコレ」
ざざ、ざり…、ごそ。
時折聞こえるのは布が擦れる音だろうか。一体なんの音だろうた耳を済ませた時、僅かに呼吸音が聞こえる。
「…まさか、とは思いますが…」
驚愕の顔を浮かべる探に得意げな笑みを向けながら快斗はイヤホンを耳に戻した。
「へへへ、新一の生活音聞けんの。すげぇ癒されるんだぜ」
「近づかないでくださいケダモノ」
探は今後この友人との付き合いを真剣に検討しようと思ったとか思わなかったとか。
◇◇◇
あの衝撃から数日、たまたま食堂で新一を見かけた。向こうも探に気付き、自然と一緒に食べることとなり話題は図らずとも快斗についてになっていた。
「工藤君は、そのままでいいんですか?」
「…何がだ?」
目の前で焼き魚定食(ご飯少なめ)をもくもくと食べすすめる新一は、探の問いかけに不思議そうに首を傾げた。
「気付いているんでしょう?」
トントン、と自分の襟元を叩くと、新一は納得したようにあぁ、と呟いた。
「意味ねぇからな、いたちごっこは趣味じゃねぇ。聞かれちゃ困る時は壊してたけど…、これだけかどうかも怪しいから今じゃ諦めてなんもしてねーよ」
事も無げに告げた新一はずず、と味噌汁を啜り、白米をかき込む姿は見た目の儚げな雰囲気を裏切る豪快さである。
「…ストーカー行為として警察に相談したらどうです?彼は犯罪者です。…もう色んな意味で」
友人として心苦しくはあるが、犯罪は見過ごせない。むしろ友人の犯罪なら尚更である。
今回ばかりは叩けば埃が出てきそうであるし、一応新一に対する前科もあるし、新一自体が警察との信頼が強いため報告すればきっとすぐに動いてくれるだろう。
「…あのヤローは気に食わねぇが、アイツのマジックは嫌いじゃねぇんだ」
食べ終わった新一が箸を置き手を合わせてごちそうさまと呟いた。
「捕まっちまったら見れねーからな。…飽きるまでは黙認しててやるよ」
お盆を持ちながら席をたち不敵に笑って言ったセリフは、探に向けてと言うよりどこか別の誰かに向けているような気がした。
いや、恐らくそうなのだろう。どこかで聞いてるストーカーへ言っているのだ。
「…キミの器の大きさには呆れますよ」
「褒め言葉として取っといてやるけど、心底うぜぇから学内でアイツを近づけさせないでくれよな」
「…えぇ…それは勿論」
じゃあなと席を立った新一の背中を見つめながら一つため息をつく。
「出来たらやっているんですよね…」
毎度努力はしているが、快斗を止めるのは不可能に誓い。なぜなら全く行動が読めない上に探が気付かない位置にいる新一に当たり前のように気付いて、気付いたら走り出してしまっているのだ。
「なぁなぁなぁ!新一が俺のマジック好きってことはつまり俺の事愛してるってことだよな!」
「どう湾曲して解釈したらそこの着地点へたどり着くんですか?」
結構、探の苦労は絶えないのである。