あたたかな海「ジェイド~耳痛い」
「おや、あぁ、腫れてますね」
フロイドの右側に回って、ジェイドは片割れの髪をそっと寄せて覗く。
ピアスホールが赤く色づいている。
「これは化膿?…消毒すればいいのでしょうか」
ピアスを開けてからまだ1年もたっていないため、お互いケアの仕方をよくわからないでいる。フロイドの耳たぶは赤く腫れ、ピアスのキャッチが少し埋もれはじめてみえる。
「膿んでるなら消毒じゃね?」
「ですよねぇ」
救急箱が設置されている談話室に連れ立って向かう。
「これピアスはずしたほうがいいよね」
「はずれますか?」
「ムリ、痛い」
「どうしたんでしょうね」
「服脱ぐとき引っかけたぁ」
「順番変えたほうがいいですね」
「そうかも~」
ソファに腰かけるフロイドの前に立って、グローブを外してから、脱脂綿に消毒薬を含ませていく。
「あ、」
「なにぃ?」
「これ、綿がピアスに絡んだら余計痛いかもしれませんね」
「えーやだー」
「ぶっかけましょうか」
「もっとやだ、やめて」
マジな顔やめて、とフロイドは続けてジェイドをジトリと見上げる。
「ふふ、冗談です、はい、髪持っててください」
「基本的に本音しか口に出さないでしょ」
都合の悪いことは言わないだけで。
「いや、沁みるわ!つめてぇ!」
「しょうがないでしょう」
脱脂綿が耳に触れた途端にフロイドは足を跳ね上げる。ジェイドはそれを避けつつ、フロイドの太腿に自分の膝を乗せて抑える。
「危ないですよ、また引っ張ってしまいます」
「ジェイドがやめればいいじゃん!」
フロイドが本末転倒なことを言い出したとき、
「おまえら楽しそうだな」
「ちげぇ、イワトビ先輩助けて」
「人聞きの悪い、僕はフロイドのためを思って」
薄情なフロイド、僕は悲しいです。
「言ってろ」
言いあいながら、入ってきた先輩を揃って見やった。二組のアンバーと金色の瞳が暗闇で細められて、ニールセンは心中苦笑いする。
「ピアスか?」
「えぇ、フロイドが引っかけてしまったようで」
「腫れちゃったぁ」
「ホールは消毒よりホットソークのほうがいいぞ」
消毒は強すぎるから自分の細胞まで殺すしな。
「そうなんですか」
「ジェイド~聞いてるなら、その綿離してほしいんだけど」
自分に片足を乗せたままのジェイドの背を叩いて訴える。
「ホットソークとは?」
「こっち聞いてくんね?」
「あったかい生理食塩水に浸すんだよ、だいたい2.3日で楽になる」
「へぇ~」
「ねぇ、ジェイド」
「なんでしょう、フロイド」
ニールセンに作ってもらったホットソークのカップに(絶対にベッドに溢さない約束で横になって)耳をひたしつつ、フロイドはデスクに向かうジェイドが見えないまま呼ばう。
「海が聞こえる」
「はい?」
「すげぇあったかい海に入ってるみたい、きもちぃ」
身体ごとフロイドに向かってみるが、ジェイドに見えるのも脇がゆっくり上下するフロイドの背だけ。
まぁ、生理食塩水は海みたいなものでしょうけど…耳だけで?
「フロイド、そのまま寝たら溢しますよ」
「ん、」
「フロイド、」
「ジェイドもやってみたらぁ?」
「そうですね、僕も腫れたらやってみましょう」
ベッドをぐるりとまわって、片割れに向かい合って自分も横になる。普段からとろけている眦が、いっそう緩やかに落ちていく。朝引いてやったアイラインはもうほとんど残っていない。
「ちょっと狭いですね」
「いま動けないからムリ言わないで」
「ふふ、冷めたらシャワー浴びましょうね」
僕も寝ちゃいそうですけど。