【カリ監】それは貴方の サラサラとした肌触りの純白の生地。肩やパンツのサイドには金の糸で丁寧に縫われた花や虫の刺繍がキラキラ輝く。履き慣れていない、けれど不思議と歩きやすいショートブーツ。頭には優しい香りがふわり漂いそうな花冠。
シンプルなのに華やかで高貴。これが“ファビュラス”……。
袖のレースを指でなぞりながらボールルームの巨大な鏡に映る自身の恰好に、覚えたての単語の意味を改めて脳内で復唱する。きっとこの先使う機会はほとんどないのだろうけど。
「ずっと鏡を見てるよな。 その衣装、気に入ったのか?」
「気に入った、というよりも……うーん?」
横からひょこっと現れた、お揃いの真っ白な衣装を身に纏うカリム先輩と鏡越しに目が合う。いつも通り楽し気な彼の表情とは対照的に曇った表情の自分。
なんでだろう、これを着ていると……ムズムズ?ソワソワ?して落ち着かない。
だけどそのむず痒さの原因は何なのか、どうすれば解決できるのか。その糸口は掴めない。クルーウェル先生とヴィル先輩が監修だから似合っていない……というわけでもないだろうし、本当になんでだろう?
首を傾げうんうん唸る私を不思議そうに見つめていたカリム先輩は「似合ってるぞ?」一緒に首を傾けた。
「おい、時間だ。 行くぞ」
巡らせていた思考は、レオナ先輩の一言でかき消される。
そうだ、これから大切な作戦なんだ。余計なことは考えないようにしなくちゃ。
カリム先輩の「わかった!」の返事と共に、欠伸をするレオナ先輩たちのところへ急いだ。
*
いざ向かうはフェアリーガラ。会場である植物園内では、心做しか普段よりも生き生きとしている植物と華やかな装飾。テーブルには見たことのない料理が美味しそうな香りをたてていた。
ランウェイ付近には沢山の妖精が群がり、次々と繰り広げられるショーに興奮で羽根をキラキラ羽ばたかせて、会場をより一層美しくさせている。
「なーんか悩んでるっぽいッスけど、作戦はしっかり遂行して欲しいッス。 ユウくんにかかってるんだからね?」
「……はい。 お仕事はしっかりこなします」
念を押すラギー先輩の目を真っ直ぐ見つめて頷けば、先輩は私の覚悟に安心したのかフッと笑い、私が手にしているスマホをちょんちょん、指をさすと女王の席の後方へと姿を消した。
警備の監視をするグリムとも別れて一人きり。未だにザワザワする心と緊張を落ち着かせるために深呼吸一つ。
大丈夫。成功させてみせる。
覚悟を決めた瞬間。ワッと盛り上がった歓声に顔をあげると、花のアーチをくぐるレオナ先輩の姿。先輩方のショーの始まりだ。
色鮮やかな花弁が舞うランウェイを堂々と歩くレオナ先輩。その後ろではカリム先輩とジャミル先輩がアクロバティックなダンスを繰り広げる。
「すごい……」
一瞬で心を奪われるパフォーマンス。思わず呼吸すら忘れてしまう。
それは私だけではなくて。観客の妖精たちもまるで魅了の魔法にかかったみたいに先輩方に釘付けになる。
カリム先輩とジャミル先輩に煽られ、徐々に盛り上がる会場。三人が女王の御前までたどり着きレオナ先輩がチラリ女王の姿を確認すると、肩にかかっていたマントをぶわり翻した。
――――今だっ!
観客全員の視線が奪われたその瞬間、スマホの通話ボタンに触れる。
すぐに切れた発信画面。少し経っても変わらぬ会場の雰囲気。
無事作戦が成功したみたい。ホッと息をつく。
再びランウェイへ視線を戻せば、妖精からのリクエストに応え、レオナ先輩がもう一度マントを翻す。
重厚なマントは空気を撫でながら重力に従ってゆっくり落ちていき、遮られていた奥の景色が再び顕れる。カリム先輩が丁度ターンを決めたみたいで、パチリ。ルビーの瞳と目が合った。
彼の目が細まり唇が動く。
『ユウ!』
音楽と観客の歓声で聞こえないはずなのに、確かに聞こえた、彼の声。
それは夕陽が差し込む、誰もいない静かな廊下。
どこか寂しさを感じる世界に、パタパタと二人分の足音が響く。
目の前を走る大きな背中。彼の温かな手が私の手を握り、彼に引かれるまま走る。
唐突に彼は白いカーディガンを翻して振り向く。
艶めいたガーネットの瞳。眩しい笑顔が、私の名前を呼んだ。
そうか、だからか。
どうしてこの衣装を着てから、心が落ち着かなかったのか。
だって、それは。
私にとってこの色――――――『白』はカリム先輩の色なんだ。
ストン、と胸に落ちた答え。モヤのかかった思考がスっと晴れていく。
カリム先輩は私にひらりと小さく手を振ると、練習通りの振り付けへ戻る。
パフォーマンスの終盤。体力をかなり消耗しているはずなのに、彼のダンスはさらに激しさを増す。けれども表情に疲れは見えなくて、むしろ先程よりも笑顔が輝いている。
先輩方のパフォーマンスに観客席も一体となって盛り上がる。ずっと眺めていたくなる、夢心地の空間。
そんな世界に浸る私の肩を、まるで「目を覚ませ」と言うように誰かに引っ張られた。
「ユウくん、立ち去るッスよ!」
いつの間にか迎えに来ていたラギー先輩の一言に、ハッと現実に戻る。
そうだ、まだ作戦は終わっていない。
怪しまれないようにひっそりその場を立ち去るため、ラギー先輩の後に続く。
走り出す前なのに、何故か私の心臓はドクドク激しい音を立てていた。