剥き出しの傷夜中のMCトレーニングセンター、俺とルークはマットの上に伸びていた。
こんな時間だと俺たち二人以外誰もいない。
えーと今夜の戦績は、10勝8敗だっけ?9敗?
あまりにも打撃を受けたせいで、頭がぼんやりする。
でも今夜勝ったのが俺なのは間違いない。
「今回は俺の勝ち…だな」
高圧的に言ったつもりが、上がった息のせいで、全然思ったように声が出なかった。
「…あそこで、俺の攻撃が入っていれば」
ルークも俺と同じように息も絶え絶えで、それでも負け惜しみをほざく。
本当ならそんな言葉すら出ないくらいに圧勝する予定だったってのに。
ああだめだ、しばらく立ち上がれそうにない。
癪ではあるがルークに尋ねてみた。
「お前、もう帰んのか?」
「…いや、少し休んでからにする」
その答えに安堵して、俺も寝転んだまま息を整える。
いくらなんでも体力を使いすぎた。ルークが帰る時間まで、俺もここで休もう。
寝転んだまま血のついた額を手で拭う。その時に、眉の辺りに打撲をこさえてることに気づく。
ルークと闘うと、普段なら食らわない場所にも怪我をしてしまう。
つまりそれは自分の弱点がバレてるってことで、俺もまだまだ未熟者だって分からされて嫌になる。これじゃ大哥たちにも笑われちまう。
そのまま横目で、同じように寝転んだままのルークの顔を見た。
ルークは目を瞑ったまま静かに呼吸をしている。
向こうも目の周りに打撲が出来ていて、おあいこだと分かった。
それを見ているとルークの頬から目、額に走るナナメの傷痕も目に入ってくる。
その傷痕は俺がつけたものじゃない、前にケンマスターズに付けられたとかいう傷だ。
ケンを止めるためにルークがその拳を受けただとか、よく分からない事をルークは言っていたが、こんだけくっきりと跡が残っているのは本気で殺そうと思った結果だろう。
俺は重たい上半身を起こして、ルークの顔を覗き込む。
ルークの目が薄く開き、?という表情をしているのが分かる。
その時に、どうしてそうしたのは自分でも分からない。
ただ、その傷痕から裂いてしまいたいと思った。
ルークのその傷痕に歯を立ててもっと深く抉りたい、と。
衝動的に自分の歯がルークの傷に触れる直前まで来て、体が止まった。
驚いたルークの瞳と目が合う。
よく分からない、ぐちゃぐちゃの気持ちが渦巻く。
どうにか歯を立てずに済んだのに、次の瞬間自分の舌が、ルークの傷痕を舐め上げていた。
血の味がする。これはさっき俺にやられた傷から出た血だと、なぜかそこだけ冷静に感じていた。
「なにを……?」
ルークの声にはっと我に帰った。
俺は何をやっている?
まだ歯を立てていた方が言い訳も簡単だったのに。
「……むかついて舐めたくなったから舐めた」
自分自身のコントロールの出来なさにうんざりしながら、正直に答えることにした。
なんなんだよ、やめろ。というルークの言葉が返ってくる、と俺は予想していた。が
「……」
予想外にルークは何も言わず、手のひらで顔を覆う。
少しして、「傷もらうくらいなら、そっちの方が全然良いけどな」と呟いた。
それはまあたしかに、俺様の攻撃はいてぇだろうし。と口に出そうとしたが、手のひらをどけたルークの表情を見て、その言葉を飲んだ。代わりの言葉が口をつく。
「……なに喜んでんだ?」
あからさまというほどではないが、俺にはルークが嬉しそうな顔をしてるようにしか見えなかった。
さっきまでへばっていたとは思えない動きでルークが素早く立ち上がる。
「おかしな事言ってないで、もうここ閉めるからお前も帰れ」
さっきのルークの表情に釈然としないまま、トレーニングセンターを追い出される。
自分がルークに歯を立てて傷を裂きたいと思った事も、ルークが俺に舐められて喜ぶことも全部意味が分からない。
「とにかくもっと鍛えて圧勝してやる」
分からないことより、どうやって叩きのめすかを考えてる方がマシだ。
次にあいつと闘う時のことを思い浮かべながら暗い帰路についた。