大体全部きみのせい「兄さん20時に帰ってくるって」
スマホを見ながら話す時透さんの言葉に、俺は「うん」とも「はい」ともつかない曖昧な音を返した。時刻はそろそろ18時になろうかというところ。
煮え切らない態度を不審に思ったのか、時透さんはいつも通りのぼんやりした表情のままこちらを見上げてくる。
「20時ですね。わかりました」
不自然にならないように目をそらす。座っていたソファから立ち上がって、追いかけてくる視線に背を向けた。そうか。有一郎さん帰ってくるのか。招かれた時点で誰もいなかったから、今日は時透さんひとりなのかと思ってしまった。
時透さんの家は、ご両親が仕事で家を空けることが結構ある。そして兄の有一郎さんも何かと忙しく帰ってこない日も多い。だから今日もそうなのかと思ってしまった。
恥ずかしさから、じわりと手汗が滲む。「今日泊まりに来て」ってそういうことじゃ、なかったのか。
「どこ行くの」
「どこって、ご飯食べないんですか? 有一郎さん帰ってくるまで時間もないし、さっさと準備しちゃいましょう」
勝手知ったるリビングを抜けて、キッチンへ続く扉を開く。冷蔵庫何があるかな、大根があれば時透さんの好物を作ってあげられるんだけどな。
人の家のキッチンをあさるなんて非常識だけれど、とっくの昔に許可は得ているので問題はない。むしろお兄さんからは「無一郎の面倒を見てやってくれ」とお願いされている始末だった。お互いの家に入り浸りすぎて、間取りどころかどこの棚に何があるかさえ頭に入っている。
「だよね。帰ってきちゃうから手早く済ませないとだよね」
「は? ちょ、っと!」
言うがはやいか、服の中に侵入してきた手を慌てて掴む。のんびり献立を考えていたせいで、付いてきていた時透さんへの反応が遅れてしまった。お構いなしにすり寄ってくるのを何とか引き剥がして向き直る。
「何してるんですか!?」
「何って…するんじゃないの?」
きょとんと首をかしげる時透さん。可愛らしい仕草とは裏腹に、こちらの服を脱がそうとしてくる手は全く可愛くない。
「え? 有一郎さん帰ってくるんですよね?」
「うん。だから、はやく」
いやいやいや!
だから今日はしないって話じゃないの!?
混乱する俺をよそに時透さんの手は止まらない。てきぱきと服を脱がせていく動きに迷いはなく、何度目かになる行為を自覚してじわりと恥ずかしさがこみ上げた。
「いや、ここキッチンだから!」
「あ、そっか」
いやそこじゃないだろ! 咄嗟に出た自分の言葉に内心すかさず突っ込む。
何故か素直に止まった手に安心したのもつかの間。ぐいぐい引っ張られて廊下に出る。
そのまま二階に続く階段へと向かう背中に慌てて声をかけるも、返ってくるのは生返事ばかりで会話にならなかった。ていうか掴まれた腕が全然振りほどけない。ああくそ、力強いんだよなぁこの人!
そうこうしているうちに無事に時透さんの部屋についてしまう。部屋に入ってからようやく腕が解放されると同時にガチャリ、扉が閉まる音。扉を背にした時透さんにニッコリ微笑まれた。
「よし」
「よしじゃねーよ!?」
どうやらすこぶる機嫌が良いらしい時透さんに対して、こちらはじりじりと後ずさることしかできない。抵抗もむなしく、近づいてきた時透さんにぎゅうと抱き締められる。そのまま唇に噛みつかれて、いよいよ為す術がない。
「んん…ちょっと、話は終わってないですよ! 一旦止まっ……ぅあッ」
「時間ないから進めながら聞くね」
「ちが、……ッう、あ、ほんとに待って、」
身をよじる俺にキスが降ってくる。頬へひとつ、瞼へふたつ、首筋には甘く嚙みつかれた。容赦のない唇から逃げているうちにずるずると床に座り込んでしまう。背中にはベッドの感触。知らず知らずのうちに囲い込まれていたらしい。くそ、こういう時だけ器用だな。
「話してていいよ。話せるならね」
ぬけぬけとのたまう時透さんへの反論は意味のない喘ぎになって消える。悔しい顔を見せると心底楽しそうな笑顔が返ってくるので、憎らしいその唇に噛みつき返して塞いでやった。
「んむ…は、ぁ、ふ……んん…」
「ん…………………ぷは」
キスをしながらも俺の腹を探っていた手はあちこちを甘くひっかいた後、慣れた手つきでベルトを外しにかかる。
「は、はぁ、……まずいですって、ねえ。帰ってきちゃうから」
ホントに最後までするんですか。言外にそう聞いても、当たり前に頷かれるだけだった。
「だって、準備してるんでしょ?」
そこを、服越しにぐっと押し込まれて小さく声が出た。この人を受け入れるためにすっかり作り変えられてしまった場所。散々快楽を教え込まれた場所。
期待、してなかったと言えば嘘になる。「今日家泊まりに来なよ」と言われた時点で当たり前に受け入れて。一度荷物を取りに帰った時にシャワーを浴びて、準備までして。
今だって、時透さんの手が触れるだけで、その先を期待した腹の中がきゅうと鳴いている。
「どうしても、ダメ?」
息継ぎの合間に囁かれる。俺の答えを待って、じっと見つめてくる両の目に焦れたような情欲が見えて、たまらなくなった。ダメかどうかなんて、そんなの、ズルだろ。
力を抜いた俺に時透さんは満足そうに微笑んだ。
「いい子だね」
ご褒美だと言わんばかりにまた口を塞がれる。あーあ、結局こうなるんじゃん。流される自分の不甲斐なさに涙が出そうだ。
それもこれも全部時透さんが強引なせいだから、と目の前の男に責任を押し付けて背中に手を回す。
しぶしぶを装った俺に微笑みで返す時透さんには、きっと全部お見通しなのだった。