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    甘味桜

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    甘味桜

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    今更ながらの書き初め。
    ミショ第3弾のその後を勝手に妄想して書いた、捏造と癖のごった煮です。
    紫狼君と樹君を絡ませたかっただけ。

    その日、紫狼が本部の廊下を歩いていると、珍しい人と出くわした。
    きちっと制服を着こなした、眼鏡の青年。
    悪の組織の幹部である、ゴーラス5のメンバー。緑埜樹だ。今日は一人で来ているのか、周りに他の幹部の姿はない。
    なにか用があるわけではないが、こうして会ったのだから一応声をかけておくか。そう思った紫狼だったが、ふと違和感に気が付いた。
    こちらに向かって歩いてくる樹の体が、やけにふらついている気がする。それに、心做しか顔色が悪いような────
    「っ、おい!!」
    ぐらりと樹の体が傾いだ。
    紫狼は咄嗟に駆け寄り、すんでのところで彼の体を受け止めた。
    間近で見た彼の顔は、やはり青白い。発熱しているのか、体が熱かった。
    「おい、大丈夫か?」
    軽く肩を叩いて声をかける。すると閉ざされていた樹の瞳が、ゆるりと紫狼のことを捉えた。
    「……藤崎さん?」
    力ない声がそう紡ぐ。どうやら彼は、紫狼の存在に気付いていなかったらしい。
    「……! すみません、すぐにどきます!!」
    自分の体制を自覚したらしい樹が、勢いよく紫狼の腕から抜け出した。しかし、すぐにふらついて再びバランスを崩してしまう。
    「目の前で倒れた奴を、はいそうですかと帰すわけがないだろう」
    もう一度受け止めつつ、紫狼はそう言った。
    「医務室で休んでいけ。必要ならゴーラス5に連絡するが……」
    「それはやめてください!」
    思いのほか大きな声に、紫狼は目を見開く。
    あ、といった顔で樹は動きを止めた。
    「……わかった、連絡はしない。だが、その体調では帰れないだろう。少し休んでからにしろ」
    「そう、ですね……。そうします」
    樹は、気まずげな顔で頷いた。

    ~*~

    医務室に辿り着き、ベッドに横になった途端、樹は眠りについてしまった。
    よほどしんどかったのだろうと思うと同時に、なぜこんな体調でここに来たのだという疑問も浮かぶ。
    それに、どうして他の幹部を呼ぶことをあんな風に拒否したのか。
    自分には関係ないことといえばそうだが、気になってしまうのもまた事実だった。
    紫狼が一人考え込んでいると、どこからか聞き慣れないメロディーが聞こえてきた。
    辺りを見回してみると、樹が眠る前に枕元に置いていた、彼のスマートフォンが着信を知らせていた。
    表示された名前は『黄島さん』。ゴーラス5のリーダー、黄島朝陽のものだった。
    持ち主は眠っているため、もちろん応答することはない。しばらく鳴り続けて、着信は止んだ。
    しかし、一分も経たないうちに再び同じメロディーが流れ始める。
    なにか急ぎのようなのだろうか。だとしたら、樹がすぐには動けないことを伝えた方がいいかもしれない。
    紫狼は少し逡巡して、画面の応答ボタンに触れた。事情は起きた時に話せばいい。
    「もしも……」
    『あ、樹!? やっと出た!! 今どこにいるの!?』
    言い終わる前に、朝陽が捲し立てるように話始めた。声色や話し方から、彼がいつになく 焦っているのがわかった。
    「すまない黄島。緑埜じゃなくて俺だ。藤崎だ」
    『えっ、紫狼君?』
    今度は困惑が伝わってくる。今日の朝陽は随分と感情が忙しい。
    「本部で緑埜が倒れそうになっているところに居合わせてな。今、医務室で寝かせている」
    『本部……医務室……』
    次の瞬間、はぁーっという大きな溜め息の音が聞こえた。遠くの方でほかの幹部達の声がざわざわと響いている。
    『じゃあ樹、今ちゃんと休んでるんだね?』
    「? そうだが……」
    『…………よかった』
    今まで聞いたことがない、絞り出すような声だった。向こうにいるのは、本当にあの飄々とした男なのだろうか?
    『心配かけてごめんね、紫狼君。今から樹のこと迎えにいくから』
    「それは助かるが、その前に一つ聞いてもいいか?」
    『なに?』
    「お前たち、なにかあったのか?」
    これは本来、紫狼が知る必要のない話だ。
    幹部たちの間でなにがあろうと関係ない。だが、自分たちは同じ組織の仲間だと彼らは言った。ならば少しくらい、踏み込んでもいいのではないだろうか。
    ほんの少し間を空けて、朝陽がゆっくりと話し始めた。
    『……紫狼君は、少し前に樹が色々あったこと、知ってる?』
    色々。それは恐らく、樹が一度この組織を裏切ったことを言っているのだろう。
    その出来事に深く関わったわけではないが、なんとなくは知っている。
    「まあ、なんとなく」
    『それから更に色々あって、樹はうちに戻ってきてくれたわけだけど、本人的に思うことがあるみたいでね』
    組織に戻ってきた樹は、よく働いた。
    ちょっとした雑務はもちろん、首領からの指令、人手が足りないという本部での仕事。とにかくなんでも。その姿は、どこか自分を痛めつけているようにみえたと朝陽は語る。
    『最初のうちは、樹の気持ちを尊重しようって皆で様子を見てたんだ。だけどここ最近は、明らかに無理してたから、止めようって話になって。それでいざ、今日は休ませるぞって思ったら、樹がアジトにいなくてさ』
    朝陽の話を聞いて、全て合点がいった。
    こんなにもふらふらなのに、本部に来たのは無理をしていたのと、止める相手がいなかったから。
    幹部たちを呼ぶことを拒絶したのは、自分の行動を止められたくなかったからだろう。
    『そんなわけで、今から迎えに行くから、悪いんだけど俺らが行くまで樹についててもらっていい?』
    「あぁ、わかった」
    『ありがとう、紫狼君』
    そこで通話は途切れた。
    とたんに静かになった部屋で、紫狼は小さく笑みを浮かべた。
    「随分と仲間に大切にされてるんだな」
    眠っている樹にこの言葉が届くことはない。
    だけど彼は、それを嫌というほど実感することになるのだろう。
    ひとまず今はゆっくりと休め。紫狼はそっと樹の頭を撫でた。
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