翌日、僕は朝からやたらと張り切った母さんたちに連れられて、街の教会に連れて行かれた。観光地ど真ん中の結婚式のためだけにある教会は、やたらと胡散臭い神父が経営する、マフィアの結婚式もウェルカムだと、どんな結婚も仕切ってきた教会だ。何があっても大丈夫な様に、防弾・魔防のガラスを使っていて、「ここなら大丈夫だろう?」と僕の機嫌をとる様に言ってきた義父の高い革靴の先を、僕はうっかり踏んでやった。
母さんが呼んだドレススタイリストが、数点の真っ真っ白いタキシードを持って現れ。大きな姿見の前に立った僕に次々スーツを当てがった。
自分で選ぶならまだしも、横に母さんがくっ付いてあれやこれやと言われると気恥ずかしさに「もうなんでもいいから!」と叫ぶと、母さんは僕の気持ちなんかちっとも分からなくて「なんでもいいわけないでしょ!」と怒られる羽目になった。
なんとか一着選んで着てみると、上半身がキツイ。
「あら? 少し小さいわね」
「別に太ってないけど!?」
反射で母さんに言い返せば、母さんは「やぁねぇこの子ったら」とお腹を抱えて笑っていた。横からドレススタイリストが「肩幅がしっかりして、筋肉も付いてらっしゃいますから」とフォローされて、この歳になって親子ゲンカしてフォローを入れられる気恥ずかしさに、メンタルがガリガリと削られていく。
やっぱり、あの時逃げ出しておけばよかった。
僕の気も知らぬ母さんは「アズールあなた、産まれた時は他の子より大きかったものね」としみじみと口にする。
「なにそれ、デブって言いたいわけ?」
鏡の前でぶすったれた顔をする僕に「そんな事言ってたら、リデルさんに嫌われちゃうわよ」「本当に誰に似たのかしら」と言った母さんは、思い当たった冴えない男に「本当に、変なとこばかり似たんだから」としみじみした顔をする。
「背も母さんを追い抜かして、見た目はこんなに立派になったんだから。後は中身よ! 頑張りなさい!!」と、母さんがリドルの事を離しちゃダメだと僕の背を平手で叩き叱咤激励する。
「ちょやめろよ、痛いってば!!」
なんなんだと怒る僕に、笑い過ぎて涙目になった母さんが指で目尻を拭っていた。
「あらあら、アズールよく似合ってるわね」
「おばあちゃん……」
シャツとジャケットをワンサイズ上のものに着替え直すと、おばあちゃんが控室に入ってきた。
二年前のホリデーで会った時、「もう歳だからね」と少し身体の調子が良くないと言っていたのに、身体に負荷をかける変身薬を飲んでまで海から出てくるなんて……無茶するなよと言えば、「記念日なんだ、無茶ぐらいさせとくれ」と笑っていた。
すぐさま椅子を持ってきて「座りなよ」とおばあちゃんの背後に置けば「ありがとうね」と僕の頭をなでた。
「だから、おばあちゃんも母さんも、僕はもう子供じゃないんだから、それやめてくんない」
僕がそう言えば、二人がコロコロと笑って楽しそうだ。
「そうね、そうねぇ……あなたはもう十九歳だものね……部屋の隅で泣いていた子が、こんなに立派な青年になったなんて、私も歳をとるはずねぇ」
「ホントだわ、ダイエットするって急に言いだして、『僕がこんなに太ってるのは、母さんとおばあちゃんのせいだからねー!』って家を飛び出した子が、もう子供もいて、今日結婚するなんて……」
「なんだよ、ふたりともそんな顔、恥ずかしいだろ」
二人が僕を愛し気に見つめる視線が気恥ずかしい。この二人の前では、僕は一生、タコ壺の中に隠れて泣いていたグズでのろまなタコで……そして二人は、そんな僕を嫌わずに受け入れてくれると、僕がそう信じられるこの世で唯一の人だ。この二人にはきっと、僕は一生頭が上がらない。
その後、髪をオールバックにされ、今日の服に合うメイクを薄く施されて、式場に案内された。
大きな白いドアが開くと、ステンドグラスから差し込む光に僕は目を細めた。母さんとおばあちゃん、それと反対側にはリドルが世話になっているという、一度見た背の低い歳のいった男と、初めて見るその妻がこちらを見ていた。僕とリドルの子であるアスターと、フロイドとリドルの子であるサミュエルが、母さんの横ベビーバスケットの中ですやすやと眠っていた。
僕は、数段上がった祭壇の前まで一人で歩き、くるりと振り返りゲストに一礼した。
すると、厳かな曲の中入口ドアがもう一度開いた。そこには、真っ白いウェディングドレス姿のリドルが、義父と腕を組み、僕のところまでゆっくりとバージンロードを歩く。
義父がリドルの腕を解き僕に託すようにリドルを渡したその時、僕に聞こえる程度の声音で「リデルを泣かせたら承知しないよ」と意地悪く囁いた。
胡散臭い神父が聖書を朗読している間、僕はベールの下に隠されたままのリドルに「綺麗ですよ」と小声で話しかければ、リドルは「複雑な心境だよ」と、女性体の自分が褒められても、それはリドルにとっては偽物だ。故に複雑な思いなのだろう。
神父は神に祈りを捧げ、僕に問いかけた。
「病めるときも、健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」
その言葉に僕は「誓います」と答え、続けてリドルも同じ様に問いかけられ「誓います」と、そう……言ってくれた。
ぐっと胸が詰まる、リドルが僕との永遠を誓ってくれた事が、その言葉が嬉しくて。正直僕はこの時、リドルの気持ちなんて全く考えずに一人で浮かれていた。
この一年肌身離さず持っていた指輪を交換し、互いの指にはめ、僕はリドルの顔を隠していたベールを上げた。どこもかしこも真っ白なリドルの唯一濃い色をしたスレートグレーの瞳が僕を映す。
リドルの細い肩を掴み、そのやわらかな唇に、僕は唇を重ね……触れただけの唇を名残惜しく思いながら離せば、目の前にあったのは、リドルの酷く苦しげな表情だ。
この表情は、神の前で嘘の愛を誓うという大罪、ずっと消えぬまま心にあるアイツを思う気持ち、酷い自己嫌悪……そういった感情が、リドルにこんな表情をさせた。
リドルはあの時、心の半分で僕を愛せるように努力すると言ってくれた。けれど、僕はまだリドルにそのレベルまで愛してもらえていない。これが今の現実だ。
あぁ……僕はあとどれだけ、努力して努力して努力して努力を重ねれば、リドルに好きになってもらえるんだろう?
「アズール……?」
肩を掴んだまま固まった僕を見て、リドルは不思議そうな顔をする。
「いえ……なんでもありません」
僕がゲストの方を向くと、リドルも不思議そうな顔のまま同じ様にゲストの方を向いた。
「これにて、アズール・アーシェングロットとリデル・アーシェングロットの結婚成立をここに宣言します」
パチパチと拍手で祝われる中、僕はずっと心が冷えていった。
僕は今、皆の前で上手く笑えているだろうか?