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    machikan

    @machikan
    二次創作の字書き。

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    machikan

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    アンケート結果が面白かったので書きました。
    https://twitter.com/machikan/status/1496135448351350785?s=20&t=ttg0p67lBL-ySZICm1hNnw

    大遅刻バレンタインと猫の日ネタ。
    すけべな話ではないです。
    あるモブの話にマレレオの気配を添えて。

    「ああ〜〜〜!!感嘆符が文字化けしちゃう魔法薬が僕たち俺たち私たちに!!??」「幻覚を見せる魔法薬の一種だな。脳に誤認を起こさせる。書かれている文字が変化したわけではない。明日には元に戻るだろう」
     クルーウェルの説明を聞いて、被害に遭った生徒たちは安心した。「なーんだ」と胸をなでおろす。被害が発生した原因は、いつも通りのアレとだけ記し、割愛する。
     感嘆符、いわゆる「!」が文字化けする魔法薬。ニッチ過ぎるが、使いどころはちゃんとある。たとえばリアル脱出ゲームだ。この魔法薬をゲーム中に入手し、使用することで、暗号が解けるように仕組むのだ。まあ、ニッチである。
     永続的に感嘆符を見間違えてしまうのは困るが、一晩で抜けるなら大した影響はない。「ペンキ塗りたて注意『!』」が「ペンキ塗りたて注意『★』」に見えても、意味はわかる。
     だがしかし、ここに一人、絶望に膝をついた男がいた。
     名を為我井喪武之進という。イグニハイド寮に所属する、ごく平凡なNRCの一年生だ。賢者の島のはるか東にある国からはるばるやってきた。「イベントに行きにくくなるから」という理由で迎えの馬車を拒否ったが、両親に「このチャンスを逃すなら成人までイベント参加禁止」と脅され、またNRCの鏡を使えば飛行機代を負担しなくても島外へ外出可能と知り、入学を果たした。魔法士ものの推し作品がないわけでもない喪武之進である。
     さて彼が慌てるのには理由があった。
     今日は二月十四日。地元では主に女性から男性へ、日頃の感謝を込めてチョコレートを贈るというイベントが実施される。大元は愛の告白イベントだが、その市場規模が拡大するにつれ、愛が感謝に、対象が片想いの相手からお世話になった人、友達、家族、自分自身と広がった。
     元の意味合いも残ってはいるが、とにかく二月十四日は美味しいチョコレートが飛び交う戦場と化す。
     二次元でも、このイベントには大いに関係する。むしろこれが主戦場という層も何十万、何百万人といるだろう。喪武之進もそのひとりだ。
     今日は、今一番はまっているソーシャルゲーム「キャットテール交響曲」、通称キャトテで二月十四日限定のイベントが予定されている。日付が変わった瞬間から開始され、二十四時間で終了する。二月十三日までに条件をクリアすることで、実装済み百八十人分のネコチャンの妖精からプレイヤーにその年限りのメッセージが贈られるのだ。
     リリースから五年、毎年尊さにタヒぬプレイヤーがSNSを埋め尽くす、上半期注目の恒例イベントであった。
     だが、なにしろ百八十人分だ。一日かかり切りで取り組んでも辛い。推しの分を優先的に見て残りはほどほどにこなしたり、シナリオをスキップして数を積み、後日ログを見かえす等、多くのプレイヤーは常識的な対応を取らざるを得なかった。
     閑話休題。
     喪武之進が感嘆符文字化け魔法薬をかぶったのが二月十四日午後三時。この時点で、喪武之進がクリアした当該ゲームのキャラクターは、百七十九人であった。日付が変わるなりトライし、徹夜である。
     この日のために習得した速読魔法や動体視力強化魔法を駆使し、スキップなしに駆け抜けた。心は萌えで、魔法石はプロットでいっぱいである。
     残るは一人。最大最高の推しの限定イベントは、小細工をせず、万全の調子で視聴しよう。
     喪武之進はそう決意していた。授業が終わったら寮のベッドにダイブし、仮眠を取ってからバレンタインデーの終わりを彼女と過ごすのだと。
     
     そこでまさか、♡マークがゴリラに見えるバステを食らうとは思わないじゃん?

     感嘆符が文字化けする魔法薬。感嘆符とは「!」のことだが、昨今、特にインターネット上では様々な記号が感情表現の一部として文末に使用される。まさに事実上の感嘆符だ。
     魔法薬に影響されても不思議はなかった。
     だがよりにもよってゴリラ。ハートマークがゴリラ。ゴリラに罪はないが「好きだよ(ゴリラの絵文字)」ってゴリラが好きとしか受け取れなくない? エッチな漫画や小説(喪武之進が見られるのはレーティングR15までだが)なんかもうゴリラ大行進じゃない? ゴリラに謝るべきじゃない?
     まだ見ぬ最推しのシナリオでハートマークが登場すると決まったわけではないが、例年の、そして既に見た他キャラ分の傾向からして、登場確率は高い。喪武之進は煩悶した。
     確認するためにネタバレを踏みにいくのは愚の骨頂。
     マジカルペンの魔法石がまた一段と濁った。
     魔法薬の効果を消せればよいのだが、それはたとえば鎮痛剤を飲んだあとでその効果を人為的に消すくらいに難しい。
     毒性の高い魔法薬なら処置が施されるが、この処置そのものが身体への負担が大きい。今日のうちに処置が終わる保証もない。自然回復する軽度の症状なら、もう待つことだけが薬なのだ。
     徹夜の寝不足をベッドで癒す気にもなれず、喪武之進はふらふらと校舎を彷徨った。
     いつの間にか、月が出ていた。
     月はキャトテにおいて重要なモチーフである。
     猫の爪痕のように細い三日月を見上げ、喪武之進ははらはらと涙をこぼした。
     授業中に魔法薬をぶちまけたのは、喪武之進だった。寝不足から手元が狂った。自業自得である。
    「俺は今夜、彼女に会いに行く資格がない」
     感嘆符がゴリラでも宇宙人でも、最愛の推しからの貴重なメッセージであることに変わりはない。だが、自分の「今日中に全キャラ制覇したい」という傲慢が、大切なイベントの演出を歪めてしまう。物凄くつらい。

    「へえ。引きこもり寮の一年がこんな時間に無断外出か?」

     普段の喪武之進なら、ギャッと飛び上がってこそこそと逃げている。
     ネコチャンか否か、イグニハイド寮で時々論争が巻き起こるその人影は、他寮のおっかない寮長だった。レオナ・キングスカラー。そういえば今日、実験室にもいた。マジレスすると、ライオンの獣人はネコチャンではない。だが論争が起きるくらいにはネコチャンっぽい。要するに概念の話である。

    「チェンジ」
    「あ? なんつった?」
    「はっ!? すすすみません、つい。俺が今会いたいネコチャンはコレジャナイっていうか」
    「あ? なんつった?」

     喪武之進の厄日、ノンストップ。
     レオナは明らかに様子のおかしい喪武之進と、そのマジカルペンの濁りを見て、顔をしかめた。

    「……イデアに連絡するか?」
    「いやいやいやいやこのようなみっともないところを寮長には見せられないです。な、情けなくて、……うう、俺が馬鹿だったんです……」
    「おい、泣くんじゃねえよ」

     いろいろと限界だったので、だばだば泣きながら事情を話していた。オタクには逆に辛くて話せないが、理解度ゼロのレオナにならいっそ気楽だ。同情より、思い切り馬鹿にされたい。
     レオナは、意外なことに立ち去らなかった。尾をいらいらと振り、長い、意味わからんと愚痴りながら、最後まで喪武之進の話を聞いた。そして言った。

    「ハートマークがゴリラ。悪くねえだろうが」
    「いやいやいやいや」
    「くだらねえ。おい、行くぞ」
    「えええええ?」

     喪武之進の襟首をつかんで引きずり、錬金術の実験室に放り込むレオナ。
     いつの間にか実験着に着替えて、何か手を動かしている。そうして。

    「おらよ」
    「ぎゃっ」

     ばしゃっと液体をかけられて、喪武之進は飛び上がった。
     その鼻先に突き付けられたのは、ノートに書かれた――――――、

    「何に見える?」
    「……ハリセンボン?」
    「ちっ」
    「うわ、また掛けられた!?」
    「おい、どうだ?」
    「あれっ、同じページですよね? ハリセンボンがザリガニになってる」
    「なるほどな」

     レオナは頷いて、また何かを調合した。信じられないが、感嘆符文字化け薬を作ってるのだ。

    「ゴリラがハートマークに文字化けすればいいんだろ」
    「できるんですか!?」
    「うるせえ。クルーウェルが気付く前にずらかるぞ」

     そう言ってレオナは三本目の魔法薬を喪武之進にかけた。

    「どうして、俺のために……?」
    「気色悪いことを言うな。おまえには借りがある」
    「こんなイベントシナリオみたいな会話が実際に起こる、だと……?」
    「おまえ、いちいち意味がわからねえな」

     

     結論からいうと、喪武之進はその夜、最推しからの大切なメッセージをありのまま受け取ることができた。プロットが全浄化する素晴らしさだった。オタクでよかった。
     レオナに何を貸したのか、それは今でもわからない。
     あれきりまったく縁がないし、近づける相手ではないのだ。永遠に謎だろう。
     喪武之進は解決フラグを諦めながら、また自寮の猫好きの間で起きた「サバナのネコチャンははたしてネコチャンなのか、否か」論争に対し、内心で前者に一票を投じた。あのお耳には勝てないのだ。







     

     
     とんだ手間のかかる仕事だった。
     自室のベッドに転がって、レオナはそのカードを眺めた。
     はるか彼方遠い国のチョコをめぐるお祭り騒ぎにかこつけて寄越されたものだ。誰の入れ知恵やら、蝙蝠の羽音に舌打ちする。
     気軽さの演出なのか、市販品らしい、赤いハートマークが中央にプリントされているはずのカード。今のレオナには、とぼけた表情のゴリラのカード。
     
    「Even distance can’t keep us apart.」

     厭味ったらしい達筆と、禍々しい魔力と、レッド・ゴリラ。
     てんで意味がわからないから、……怒る気が失せる。放っておいておくことが、できる。
     レオナはあくびをして、カードを魔法で引き出しに放り込んだ。捨てても戻ってくるのは折り込み済みなのだ。


    (おしまい) 
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