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    mun_oyu

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    iski 文庫メーカー再掲

    kis→isg 日本で期間限定の同居生活をするiski①
    ※2人とも大人
    ※和解後if

    隣で過ごした3年間の話

    #iski
    iskas

    晩春に溺死する 駅から徒歩15分、街の中心から少し外れた場所にポツンと建つ、築48年のアパート、藤花荘。目の前の道路は一方通行で、近所の小学生の通学路にもなっている。庭には大木が一本と小さな芝生。春には桜が咲き誇り、ギィと鳴る古い窓からは、風に乗った花びらが振り込む。
     取り壊し予定まであと2年。潔とカイザーは、ここで2人、静かに暮している。

    「なあ見てこれ」
     そう言ってカイザーを呼び止めた潔の手には、手持ち花火セットが掲げられていた。去年の夏に入居祝いと称して買ったものだ。あの時は2人で料理を作って酒を飲んで、気の向くままに近所を散歩して。夜になるころには、新しく買ったソファで2人揃って寝落ちしていた。花火は結局、納戸に仕舞ったまま忘れていたことを思い出す。
    「懐かしいな」
    「もうこれ使えないかな?」
    「湿気ってるんじゃないのか」
     カイザーは、日本で暮らしてから一度も手持ち花火に火が付いている様を見たことがない。入居時にタイミングを逃したというのもあるが、潔以外と花火を囲むつもりもなかったので、経験がないまま1年が経った。
    「な、これやろうぜ」
     潔がぱっと顔を上げた。いいことを思いつきました、とばかりに目を輝かせている。
     縁側を背景に太陽の光が差し込んで、潔を照らした。室内側に立つカイザーに影が落ちる。
    「まだ春だぞ」
     桜は散った。新緑が芽吹き、初夏をにおわせているが、気温は23度前後を保っている。
    「いいから」
     渋るカイザーの手を無邪気に引く。握られた手を見つめながら、大人しくついて行った。縁側に並べたサンダルをひっかけて庭に出る。笑顔は柔らかい。いつか出会ったときの一触即発の空気はどこにもない。
     ————潔は、親愛をもってカイザーに接している。それが分かるからこそ、自身の浅ましい願望は心底汚らわしかった。

     すきだ、と思う。
     きっと、一生言わないけれど。

     潔の手は少し冷たい。手を引いて笑う彼が振り返って、胸が締め付けられる思いがする。夏がすぐそこまで来ていることを知らせるような青空と、その青い瞳が溶け合って眩しかった。未だに握られている手。自分の高い体温を分け与えるように、胸の痛みごと握り返した。


    「お、つくじゃん」
     試しに1本、火をつけてみるとパチパチと音を立てて燃え始めた。まだ夕方だ。花火は赤、黄、緑、と色を変えるが、明るい場所では認識しづらい。
    「カイザーもやる?」
    「ああ」
     素直に花火セットを受け取って、中身をごそごそと探る。適当につかんだ一本を引き出して、潔が手に持っているライターに向けた。火をつけてくれという意味である。
    「あ、オマエ、これは最後だよ」
    「…順番があるのか?」
    「決まってはないけど…線香花火は最後なの」
     もちろんカイザーは知らなかった。花火の風情などというものも、いまいち理解できない。けれど、美しくはじける火花を見つめている潔の様子は、その青い瞳に星空を写し取ったようで、綺麗だと思った。そこにだけ夜の訪れを感じる。
    「カイザーはー…、これ!」
     どれを使えばいいか分からないカイザーを見かねて、結局、潔が花火を選んだ。大人しくそれを受け取って火をつけてもらう。
    「ついたついた」
     満足そうに潔が笑った。それに見惚れながら、カイザーは光が弾けるのを待って先端を見つめる。
    「………!? よ、よいち!」
     しかし花火は、直線状に噴射して燃え盛り始めた。驚いて立ち上がる。思わず手を離しそうになったが、地面に落とすのは憚られた。右手で持ったままできる限り腕を伸ばして、自分から遠ざける。花火は尚も、ロケットのように激しく燃えていた。
    「っく、はは! びっくりした?」
    「おいなんだこれは! 花火じゃないだろ!」
    「花火だよ、ぷ、はは、そういうのもあんの!」
     カイザーは混乱しながら、その花火が尽きるのを待つ。潔が持っている花火よりも先に力尽きた。勢いが良い分、命が短いのだろうか。心臓をバクバクさせながら枯れた花火を指先でつまんだカイザーに、潔は「あ」と声を上げた。
    「なんだ」
    「バケツ用意してなかった」
    「バケツ?」
    「残骸入れんの」
     潔が持っていた花火をカイザーに手渡し、勝手口に歩いていく。その瞬間、潔の花火は燃え尽きてしまった。カイザーが二本の花火の亡骸を持ったまま動けないでいると、すぐに潔が帰ってくる。裏口の水道で水を汲んできたらしい。
    「これに入れて」
    「…なるほど」
     カイザーは指示通りバケツに投げ入れた。あれだけ華々しがった花火が今や真っ黒に燃え尽きて水に浮かんでいるのを、無表情で見つめる。

     その後は、変わり種や普通の花火に交互に火をつけた。カイザーは最初に潔が持った花火と色違いのモノにを手に取った。そうだ、これがやりたかったのだ、と、潔の瞳の中の星を見つめる。
     それぞれ10本ずつのちいさな花火セットが尽きていく。最後に残った線香花火を見て、潔がニヤリと笑った。
    「な、カイザー、もうこれやっていいよ」
    「…これが気に入ったわけじゃないぞ」
     夜が差し迫っていた。夕日が沈んで、暗がりが始まる。
     庭の外、街灯がチカチカと音を立てて灯った。しゃがんで花火を持つ潔が、立ち上がったカイザーを見つめている。
     カイザーは線香花火を受け取って隣にしゃがみこんだ。
    「じゃ、勝負しようぜ」
    「勝負?」
    「線香花火は勝負するって決まってんの」
     潔が得意げに言った。カイザーはガサゴソと漁られる花火セットの袋を支えながら、その旋毛を見ていた。
    「先に火の玉を落とした方が何でも言うこと聞く! どう?」
    「…ああ、いいな、それ」
     言えない願いを喉の奥にひそめて賛同する。
     同じライターに線香花火の先端を近づけて火をつけた。じりり、と燃えて同時に火が付く。潔は光の玉を見つめていた。
     しばらく見ていると、ぱちぱちと弾ける火がだんだんと小さくなっていく。丸く赤い塊になって、その場に留まる。ギリギリでしがみついて、落ちまいと力を振り絞っていた。
     空には星が見えてきた。あたりはまだ薄暗い。縁側の窓は開け放ったままで、虫がゆっくりと出入りしているのが見える。目の前の道路を猫が通り過ぎていた。
     人通りはない。もし、自分が勝ったら。カイザーは想像した。何を、願おうか。
    「あっ」
     潔の小さな驚きが木霊した。
     隣に向けていた目線を手元に戻すと、カイザーの線香花火の先端が下に落ち、息を引き取っている。
    「よっしゃ」
     潔が笑って、自身の線香花火を持ち上げる。街灯の色が頬に差し込んで、綺麗だ。地上の一等星だと思った。
     その瞬間、暖かい風が吹いて、二人の髪を揺らす。潔が目を瞑って風をしのぐ間、カイザーは目を逸らさなかった。この瞬間を、忘れたくないと思った。
     潔の火の玉も地に落ちる。彼は「あーあ」と言って、線香花火をバケツの中の水に浸した。
    「…じゃあさ、明日も一緒にいようぜ」
    「…は?」
     カイザーに都合のいい言葉が聞こえた気がして、一瞬耳を疑う。
    「不満? 何でも言うこと聞くんだろ?」
     なんだ、勝負の話か。安心とも悲嘆とも付かないため息が漏れた。
     ————恋人のような甘い文言を吐いた潔だが、彼が抱えているのは、途方もない親愛である。
     カイザーはそれをぶつけられるたびに、犬猿の仲のままで居たかった、と思った。出会わなければよかった。いっそ、出会わなければ。
     こんなにも愛おしくて、泣きたくなるような日々を知ることはなかった。
    「ああ、いてやるよ」
     
     心地よくて暖かい、春が終わる。また、次の夏が来る。
     この穏やかで愛おしい生活が、ずっと続けばいいと願った。
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