Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    SEENU

    @senusenun01

    妄想文や雑絵を載せて発散している

    ☆quiet follow Send AirSkeb request
    POIPOI 27

    SEENU

    ☆quiet follow

    連載の続き

    タイトル未定 22:コルヴォ

    彼がサーコノスにいた時ほどフーガを満喫していた事はないだろう。あちこちの通りで剣を交え、踊り、食べ、ひどく酔っ払って誰かのベッドで目覚める事もよくあった。ダンウォールに来てから暫くは、友人も気を許せる相手もいなかったため進んでタワーの警備に当たっていた。フーガの夜のシフトを代わるという彼の申し出を歓迎しない者はいなかった。

    しかし彼がジェサミンと深い仲になってからは全てが変わった。彼女には新年を祝うためのスピーチや祝賀会の準備があったため短時間ではあったが、彼らは警備の目をかいくぐりこっそりとタワーを抜け出していた。コルヴォは彼女から様々な上流階級の愉しみ方を教わり、彼はマスクをつけて下層階級のパブを訪れ、酒のボトルを片手に裸足で踊る愉しみを彼女に教えた。彼女はタワーでの発音を封印し、大声で笑い、労働者の逞しい腕につかまってその場には多少優雅すぎるステップを披露していた。


    “今年のフーガなら心配いらないわ、お父様はお父様の愉しみを見つけてね。”

    夕食の後、紅茶のカップを皿に戻すとエミリーはそう言って微笑んだ。彼女は今年で16になり、変わらず護衛は必要だがもう後見人を必要とする年齢ではなかった。

    “タワーからは出ないから安心して。週末にはワイマンが来てくれて、当日は一緒に屋上から花火を見るの。アレクシもいるし、トーマスやジェイムソンも一緒だから危険はないわ。”

    コルヴォはそれを聞いて眉を寄せた。彼女は父親を気遣うように見せて、その実コルヴォに外出していて欲しいという意図が明白だった。恋人と甘いひとときを過ごすのに、後ろに王室護衛官である父親が剣を下げて立っているのが邪魔なのだろう。

    彼女が生まれてから、タワーのベランダや屋上から通りの演奏や花火を見る事が彼らのフーガの楽しみ方だった。一般的にフーガの日には、貴族や資産を持つ者は未婚の娘を辺境に避難させるか家に閉じ込めておく傾向にある。顔も身分もわからない相手とのフーガ・ベイビーを回避する為だったが、それは王室にも当てはまっていた。ジェサミンは塔からの抜け道を熟知しておりエミリーも当然そうだろうが……、固いアレクシとトーマスがいるなら大丈夫だろう。

    コルヴォは了承し、それならば久しく味わっていなかった街の狂乱を楽しむとするかと気持ちを切り替えた。彼は若くはないが、ゆっくりと飲みながら笑顔で若い者の馬鹿騒ぎを眺めるだけの歳でもない。派手な衣装で顔と身分とを隠して、かつてのカルナカでのように浮かれるのも良いかもしれない。

    “明日貸し衣装屋が来ますから、お願いしておきますか?”

    エミリーの隣に座っていたカリスタがコルヴォに声をかけた。彼女はあの一件以来ずっとエミリーの身の回りの世話をしていた。普段は真面目な雰囲気を崩さない彼女だが、ここ最近はコルヴォの目にはどこかうわついているように映った。きちんと手入れされた髪は、つい最近彼女が美容院に行った事を示している。今年のフーガは1日だけで、それは来週に迫っていた。

    コルヴォは是非と答え、パーティの準備は順調かと聞いた。街もタワー内も色とりどりの旗や風船で飾り付けられ、新しい歳を歓迎している。厨房には酒やパーティ料理のための材料が集められているだろう。女王のアドバイザー達もまたスピーチと新年の祝賀会のために大忙しだ。

    “私の身長に合うものを頼んでもらってくれ。髪が隠れるものがいい。”

    “その長い髪は目立ちますからね。来年は前もって作らせましょう。”

    カリスタはコルヴォを見上げると、貴方はハンサムだしきっと縫製職人は張り切りますよ、と笑った。

    “そういえば、橋の近くにある紅い鯨というパブをご存知ですか?”

    コルヴォはデザートを食べる手を止めて、カリスタの問いに暫く考えた。行った事はないが、名前を聞いたことはある。確かきちんとした組合に所属していて、どこかのギャングの息がかかった店ではないはずだ。

    “何があるかは知りませんが、トーマスがフーガの夜を気にしていました。少しタワーの警備を抜けて見に行くかもしれないと。”

    彼女はなんでもない世間話のように言ったが、トーマスが気にするという事は何らかの計画が噂されでもしているという事だ。あの店は確か港に近く、フーガの日ばかりは密航も防ぎきれない。その日はテロや複数の殺人などといったの余程の犯罪でもない限り、何が起こっても一般的には無効にされてしまう。誰かが何かを企むには都合のいい日だった。

    “では私が気をつけておくよ、当日はその辺りで過ごそうかな。”

    コルヴォは言った。行き先が決まっているわけではないし、トーマスが抜けることで女王の警護人数が減るのは困る。年末にかけて休みをとったり気もそぞろな人間が多い分、スパイマスターであるダウドやトーマスは忙しくしていてこのところ顔を合わせる機会も減っていたが、会うことがあれば詳しく聞いておこう。

    急に紅茶の香りが強く立った気がして、コルヴォは自分の心も僅かに沸き立ち始めているのに気付いた。そういえば、1人でフーガを過ごすのは久しぶりだ。橋のほうには他にも良さそうな店が集まっていたはずだし、港にはセルコナンが集まるバーもある。姿を隠せばただの南方から来た男として、同郷の人間たちと懐かしい音楽やダンス、酒が楽しめるかもしれない。

    エミリーとカリスタは何やら目配せをして笑い合っていた。父親という厄介払いができて喜んでいるのだろう。煙草や酒、その他のあらゆる宜しくない薬については後で改めて釘を刺しておかなければな、コルヴォは紅茶を飲み干すと心の中でため息をついた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited