お人形になりたい🌟くんのお話 司くんの部屋には綺麗なお人形が飾ってある。
一見するとどこにでもあるような普通の人形なのに、彼の部屋で見たそれは何故か特別なもののように感じた。そう、例えばセカイに突然現れた僕のドローンたちのような。
「今飲み物を取ってくる。適当にくつろいでいてくれ」
初めて司くんの家にお邪魔した時のこと、僕を自室に案内したあとに彼はそう言って部屋を出ていった。適当にくつろいでくれ、という彼の言葉を都合よく受け取った僕は司くんの部屋を観察することにした。
プライバシーという言葉を知らないのか、と突っ込みたくなるほどに開けた吹き抜けに、大きな窓。壁際に置かれた特大の姿見の前で司くんはショーやかっこいいポーズの練習をするのだろう。脚本を考えるのは勉強机かはたまたソファとセットのように置かれた丸テーブルか、どちらにせよ彼が頭をひねりながらノートを埋めていく姿を想像するのは容易い。自然と弧を描く口元に手を当てて、ガラス窓のはめられたクローゼットをちらりと覗き見た。なかにはトロフィーやら賞状やらが規則正しく並べられている。そのどれもがピアノのコンテストや発表会のものらしく、そういえば彼の特技はピアノだったか、と思い出した。次のショーの演出に使えないだろうか、と思考をめぐらせながら振り返ると一際目を引く物を見つけた。
「…人形?」
思わず声に出た。部屋に入ってきた時は扉の死角になっていて気づかなかったけれど、壁に沿って置かれたチェストの上にはいくつかの人形が並べられていた。僕はこういった芸術作品には詳しくないが目元を紅く彩られた繊細そうな彼女たちは可愛らしい洋服を着せられていることもあり、酷く美しいもののように思えた。随分可愛らしいな、と思ったところで後ろから声がかけられる。
「類?」
声の方に向き直ればトレーを持った司くんが立っていた。ティーカップとチーズケーキがそれぞれ2つずつ乗せられたそれを器用に片手で持っている彼は、不思議そうに首を傾げて見せた。
「やぁ、司くん。飲み物持ってきてくれたんだね、ありがとう」
「いや、それは別にいいんだが…何してるんだ」
「暇だったからね、少し部屋の中の見物を」
「何か面白いものはあったか?お前の部屋と違って特別なものはないと思うんだが」
「いやいや、実に興味を唆られる物を見つけたよ」
そういえば司くんは初めて僕の部屋を見た時キラキラと目を輝かせていたっけ、と思い出しながら人形の方に視線を戻すと、トレーをテーブルに置いた司くんがひょこりと僕の隣に並んだ。
「なんだ、人形達を見てたのか」
「これは君が?」
「まぁな」
「随分可愛らしいけど、司くんがこういったものを好きなのは少し以外かな」
「…やっぱりお前も、似合わないと思うか?」
「思わないよ。ただ、司くんは人形よりもぬいぐるみの方が好きなのかと思っていたからね。セカイにいるのもぬいぐるみくん達だし」
「セカイのことは未だによく分からんが、別にオレの好みというわけではない。だが、よく冬弥にも貰うからな。確かにオレはぬいぐるみのイメージが強いのかもしれん」
「そういえばこの間も大きなぬいぐるみクッションを貰っていたね」
「今はリビングのソファの上にあるぞ」
見るか?とどこか嬉しそうに言う彼の言葉をやんわりと断りつつ、目の前に座っている人形に手を伸ばした。甘いハニーブロンドの髪に緩くウェーブのかかった人形はペパーミントのドレスを着せられてお行儀よく座っている。まぁ、動いていたら驚くけれど。ドレスに合わせたのか、頭には緑のレースで編まれたヘッドドレスがちょこんと乗っかっている。おすまし顔で司くんの部屋に居座る彼女に心惹かれ、細く繊細そうな髪の毛をするりと撫でた。
「綺麗だろう?」
「…あぁ、とても。特にこのドレスは彼女の髪にとても映えているよ」
「そうだろう、何度も吟味してようやく納得のいく理想の布が手に入ってな、この間ようやく完成したんだ」
「完成って、もしかしてこの服は君が?」
「そうだぞ。このドレスだけでなく彼女たちの洋服は全てオレの手作りだ!」
そう言われて並んでいる人形を見ればどれも売り物のように仕上げられた洋服を着ていた。1つ1つが人形のモチーフに合わせられたもののようで、各々の世界観を放っている。
絵に書いたお人形のような深紅のドレスに、赤毛のアンのようなパフスリーブの洋服、少し変わり種なのか中華風の装いをした人形に、小紫色の着物をきた人形といった風に随分とバラエティに富んでいた。彼が裁縫をできるのは知っていたけどまさかここまでだなんて。
「君は本当に器用なんだね」
「いや、お前の方が細かい作業は得意だろう」
「僕ができるのは機械いじりだけだよ」
細かいなぁ、凄いなあ、と人形たちを見回しながら司くんに聞いてみる。
「やっぱりこういうものは型紙から自分で起こすのかい?」
「いや、型紙はネットでダウンロードしたりしたのがほとんどだな。それを少しアレンジして形を変えたりはしているが、基本は既製の物を使っている」
「そこは僕のロボットと似てるみたいだね」
「まあ物を作るという点では変わらんしな」
元々あるものに手を加える訳では無いけれど、僕がドローンを改造する時に似ているのかもしれない。瑞希あたりは自分で型から起こしていそうな気もするけど、人形の服と等身大の洋服では勝手が違うのだろう。それにしてもこんなに小さなものよく縫える。司くんは彼女たちをよほど気にいっているようだ。
「あ、でもなひとつだけ違うのがあるんだ」
「違うもの?」
「どうしても1から作りたくてな、まだ未完成なんだが一応型紙から自分で書いたものがある」
「教えてくれるってことは、見せてくれるのかい?」
「他人に自分の作品を見せるのも良い機会だからな。連れてくるから少し待っていてくれ」
ゴソゴソと棚を探りに行った司くんは程なくして、黒い何かを手に持って戻ってきた。それが件の作品らしい。ふわふわとしたそれを丁寧に運んできてくれる。
「まだ仮縫いの段階だから少し弱いんだがな」
無理に扱わなければ壊れることは無いから安心しろ、なんて言って僕に手渡してくれる。司くんと同じようなオレンジがかったグラデーションの髪をした人形に着せられていたのは黒をベースにしたゴシック風のドレスだった。首元や腰の切り替え部分には白の装レースがあしらわれ、肩にかけるケープは微妙な色の変化でドレス本体との調和をとっている。胸元には司くんのステージ衣装を彷彿とさせる金のブローチとフリルが主張していた。スカートの下の方は刺繍だろうか、観覧車や汽車といった、まるでセカイを切り取ったかのような楽しげな柄が散りばめられていた。頭にはつばの広い黒のヘッドドレスがちょこんと添えられている。
特殊な形の服、という訳では無い無さそうだけれどそれでも1から作るのは骨が折れそうだ。もしかしてこの刺繍さえも司くん自身が縫ったのかもしれない。いったいどれほどの手間と時間がかけられているんだろう。それだけ司くんにとって思い入れのある作品のように思えた。
「これは…何か特別な思い出でもあるのかな?」
「まあ、そんなところだな」
「詳しく聞いても?」
「…何があっても絶対に笑わないと約束できるか?」
さっきまで楽しそうに話していたはずの司くんが急に真剣な顔で僕の方を向き直る。僕としては軽い気持ちで聞いたつもりはなかったものの、ここまで真剣な顔をされるとも考えていなくて、少し動揺してしまった。けれど、司くんにとって大切な何かなら尚更知っておきたい。約束するよ、と口にすればどこか安心した様子で司くんは語り始めた。