無題『小判が・・底を尽きてしまいましたっ!つきましては男士の皆さんにはアルバイトをして貰います!!』
朝餉の時間帯この本丸男士全員が集まった広間で審神者が開口一番そう宣言(?)した。手札を配布分使う為に朝早く来る事はあるが今その催事も開催されて無いのに珍しい時間に来ていた主に驚いていた男士達だったが当然それ以上の衝撃だったらしく、何故どうしてと動揺が一気に駆け巡る。
その件について先に聞かされていたらしい初期刀の歌仙兼定は下唇を噛み苦い顔をするばかりだし、本丸経理担当の博多藤四郎は目を瞑ってじっと座っていたがついに達観してしまったらくそのまま天を扇いだ。
その経理を手伝っていた長義は少しばかり勘づいていてやっぱりかとはぁと大きく溜息をついて額に手を当てた。
この本丸は主が時の政府が本丸に62振りの刀剣男士を一斉配布の時に始めた新規の本丸だ。長義自身もその内の一振りで時の政府の元で働き、監査官の職務を経験していない個体だがもてあた精神で事務仕事を手伝っている。
始めた頃は資材が足りなくなる、限定催事の配布だけの手札だけでは足りない事はよくある事だが今は三部隊全て開放されているし遠征やを効率よく回し、日々の任務を熟していればなんとかなっていた筈である。
長義の右隣に座る山姥切国広が本当に何も知らなかったのか大丈夫かと尋ねてくる。
「大丈夫な訳ないだろう。大体刀はバイトなんてした事無いし」
敵を斬って捨てるしかやってきていない。そもそも自分達刀剣男士はその為に本丸に呼ばれた訳であるし。
『あ、皆さんの給料については影響無いです』
と騒めき収まらぬ男士達に審神者が慌てて付け足すが問題はそこでは無い。
「バイトと言っても万屋街でだろう?」
万屋街では政府から許可を得た人間が働いているが、警備上入れる人間の数も限られており機械化の難しい職種もある。本丸によっては現世遠征を社会研修とする事があるがそれを兼ねてと男士を受け入れてる所が存在する。斬る以外の仕事と言ったらもうそこしかない。
「お前は接客とか出来るの?」
「わからない」
国広は被った布の縁をぐっと握る。
我が写しながら少し心配だと長義は思った。練度は自分と同じ上限に達しているがまだ極めていないのもある。かと言って極だからどうこうと言う訳でもない。現世の様なガラの悪い輩がいる事はまず無いが万屋街によい考えを持った審神者や政府の人間ばかりでは無いと審神者から聞かされている。
“一振りで万屋街に行かない様に”
この本丸の規則のひとつにそれが入っている。
時の政府からの次の予定の知らせはまだ無い。次の小判を使う催事までにそれなりに貯めておかなければならないだろう。
「なぁ主よ何故小判が無くなったのだ?」
この間大阪城があったであろう?と審神者の近くに座る三日月宗近が湯呑を両手に抱え皆が思ったであろう質問をする。
「そうですよ。博多と張り切っていたではないのですか」
と三日月の隣に座る数珠丸が暗い中の戦闘に小判回収に白山吉光探しの周回大変でしたねと顔を見合わせる。
すると喧噪が嘘の様に消え男士が一斉に審神者を見た。
『け、軽装が欲しかったんデス。スミマセン・・・』
無計画な本丸の新人審神者は最後は消えそうな声でそう答えその身を小さくした。
「今日のおすすめ?この季節のタルトだよ。パティシエが厳選した旬の苺を使っていて今日は・・・」
おすすめを尋ねられ店員もとい小竜がそう答えれば尋ねた女性客である審神者は頬を赤らめながらはいそれください!と声を上げた。勿論そのひとつだけでは無く他にも宝石の様に輝くショーケースに入ったケーキ達を選んでいく。
長義の隣に立つのは同じ本丸の小竜景光だ。長い髪を後ろに団子状にまとめ、この洋菓子店の白のパティシエ風の制服に赤地にチェックのスカーフを首に巻き、犬歯の輝く笑顔をふりまけばそれだけで店に来た女性審神者全員を肥ゆさせる才能があると長義は思った。
主が政府に許可を貰い、長義が働く事になった職場は洋菓子店だ。基本ご機嫌な刀や審神者しか買いに来ない。主に仕事は接客で製菓作業を手伝う事は無いが偶に商品の説明を求められる事もあるので要勉強である。
因みにケーキ作りの趣味がある小豆長光では無く小竜なのは裏方のケーキを作る方は間に合っているのと、研究熱心な彼がそこに居座ってしまうからであるとの店主の経験からである。
洋菓子店に関わらず刀剣男士が万屋街で働く際の規則が幾つか存在する。
許可なく写真を撮らない、個刃的な連絡先を訊かない等である。今の所実際破ってる経営者や審神者を見た事も聞いた事も無い。出陣遠征のない週3日、5時間の人間で言う所の短期バイトである。
あののんびりした三日月まで男士が経営している(何処かの本丸の博多藤四郎が出資しているらしい)と言う喫茶店で働いているのだから全体的に安全な職場である。
『わぁ!かわいい~!』
ケーキが並ぶショーケースとは反対側、出入り口の方から女性達の声が上がった。
建物東側にある自動ドアから入って来たのは一文字則宗であった。その見た目から苺のショートケーキ、はたまたチーズケーキだと審神者等に例えられる刀。長義の本丸にはまだ居ない刀の一振りだ。
但し様子が違った。女性体だ。演戦で見掛けた通常体より背が低い。
トップスは武具を外し帯刀無しの通常体と同じデザインだが右の襟が上にくる左前だ。ボトムスは膝上6センチのハイウエストスカートで左側に太腿にそって赤のギャザーがある。足元は編み上げのデザインが施されたこげ茶色のアンクルブーツを着用し、白の大きな紙袋を抱えている。
以前もバグで女体で顕現した他の本丸の刀を演戦で見掛けた事があるが何故ミニスカートだったり布が少ない肌の露出が多いのだろう。戦うだけなのだから通常体と変わらない形でいいのではないだろうかと思う。
『えっ?!女士見たかっ・・コホン。女士発生バグの原因は色々らしいけど女の子の審神者が男性恐怖症とか聞いた。他は兼業で提督やマスターやってるとなりやすいとか聞いた事ある。あ~山姥切氏なら鹿島チャンみたいな格好が似合うと思うよ』
と主が長義が演戦で会った事を報告した際言っていた。最後の方言っている意味は分からなかったが。
『女の子の則宗さん初めて見た~』
『流石一文字派の祖(ママ)って感じする~~』
等と好き勝手言っている周囲の視線に一度目くばせをした後
「おお、此処には山姥切の坊主がいる」
と苺ミルク飴を噛み砕いた様な声でコーラルピンクの口紅をつけた唇が持ちあがる。左右に振った扇子を持つ爪はオーバルに整えられの桜色に彩られている。
向こうは政府所属時代の知り合いの体で話掛けている様だがこちらは“元監査官”ではないので“元監査官の一文字則宗”とは知り合いではない。配布の個体は特命調査及び監査官の業務を行っていないし政府施設で過ごした記憶も一切無い。
「どうも」
「う~んどれも美味しそうだな・・あぁ僕は後ででいい。他の客を優先してくれ」
と則宗はショーケースを右に左に一往復したが仕舞いには店の壁側にある日持ちのする菓子を前を通り周囲の視線を攫って行く。
(早く帰れ)
邪魔ではないが自分の事、監査官がどういった役職であったかが分からないのでそれを悟られたくない。他所の本丸の同位体と話すとどうしても劣等感が湧き出てくる。かと言って付け焼き刃の知識も知りたくないが。
何人か対応し客の列がと絶えた瞬間に則宗は長義の前までやって来て
「よし!こっからここまで一個づつ貰おう」
閉じた扇子でショーケースの上から下まで全ての段の一角を差す。
「貴女そんなに買うの?」
生菓子の消費期限は半日と短い。勿論自分一振りで食べる為では無く仲良くしている自分の本丸の刀達に買ってやってるんだろうが。
「若いから食うだろう」
加州の坊主は万年ダイエットだって言っているがなと笑いながら則宗は扇子を口元に寄せころころと笑った。通常体と違う控え目な笑い方に可憐だと近くに立っていた男性客が頬を染めて小さく呟く。
加州の“坊主”と言うからには彼女と同じ本丸の加州清光は通常体らしい。
「貴女全部一振りで持てるかって話なんだけど?」
「おお、そうだった」
取っ手の無い箱にケーキを入れ、それらを重ね外袋を付ければひとりで持てなくは無いが則宗の手元には既に大きめの紙袋を持っている。その袋から推測するにこの週末限定でしか買えない西側の方の区域にあるパン屋の高級食パンだ。
「連れは来てるの?」
見ていれば後にも先にも彼女一振りだ。この店は各本丸直帰のゲートが近いので待ち合わせ場所に指定したのだろうかと思い問えば
「ひとりだ」
と呑気気味に答えられた。
「はぁ?!」
万屋街は警備を職務とするの政府所属の刀や人間も居て表面上は安全だが特に女士の様な珍しいバグ個体や入手困難なレアな刀が一振りで出歩く程気安くない気がするのだが。
有事刀本体は瞬時に手元に呼び出せるが練度が上限でも、極でも相手が複数だったり妙な術式を使われたら手も足も出ないだろう。周囲の目線がある店内や大通りはいいだろうが人気の少ない奥の通りなんかは悪意のある審神者や政府の人間の恰好の的だ。
「一振りじゃ危ないだろうが」
彼女の本丸が余程新規か少数精鋭でない限り出陣遠征で出払う事があっても誰かしら一振り時間がある奴がいるだろう。
視界を隣に移せば既に長義のヘルプに来た同本丸の物吉貞宗がケーキを箱に詰め、レジで計算を始めている。
「そうか?日光の坊主が着いて来るって言ったんだがあいつ嵩張るんだよ。まぁケーキは持てないな、誰か呼ぼう」
(仮にも自分の後裔だろうが。何処のセレブ姉妹の台詞だよ)
長義が呆れていれば則宗はポケットからスマートフォンを取り出す。
「んん?充電が切れてしまった。支払いはカードで頼む」
操作していたと思えばそう言ってすいとスマホホルダーに挟みこまれていたカードを取り出す。その色は勿論?黒だ。
(支払いはいいが迎えを)
店主に話して彼女のスマートフォンを充電して貰おうと長義が裏方に向かおうとすれば
「あれ、山姥切さん休憩の時間じゃないですか?」
物吉が時計を確認しながらにこにこと笑顔で言った。
「・・・・・」
「すまんなぁ!休憩時間だと言うのに」
「いいえ、とんでもないです」
休憩なので着替える事も無く長義はケーキを持つ事になった。否長義自らそう望んだ。このまま放置する程非道では無いしこうやる方が早い。それにスマートだと言われる長船派の名に傷が付く。
対向を歩く周囲の視線が痛いのは隣で歩く女性体の則宗だけのせいでは無いだろう。
先程はショーケース越しで店内も甘い匂いが漂っていて分からなかったが、隣に歩けば則宗が着けている香水の香りが鼻孔を擽る。初夏の遠征先で咲いていたクリーム色の花の香りに似ている。何処から香ってくるのか探してしまう程の芳香であった。どうやらそれをメインにした香水の様だが花等の植物の種類は明るくないので名前までは分らない。
(面倒くさい刀だな)
以前店に来た則宗は加州と大和守を連れていたし演戦会場でもそんなに話す事も無かったが世話され慣れている三日月や鶯丸なんかに似ていて何処か抜けている。店外サービスはやっていないし今回は店主の許可も取ったし特別だ。
「悪かったな、一箱持って帰るかい?」
特別話す事も無く、けれども則宗が一方的に喋るので適当に相槌を打ちながら歩いていればそう提案された。
「いらないです。店で余ったものが貰えるので」
それに自分はそんなに甘いものは得意じゃない。本丸の刀達に渡すにしても、菓子を作っている小豆長光に何だか悪いし数もそう多くないので毎回争奪戦になってしまう。渡すならこっそり数が合うの時だけだ。
「チップは?」
「そういうの受け取らない様になってます」
(そもそも現金持ち合わせていないだろうが)
スマートフォンも充電切れであるし出来もしない事を言うなと長義が内心毒付けば
「借りた借りは返さないと気が済まん」
「また店に来て買ってくれれば」
歩合制では無いので自分の給料が増えたりしないが(然し男士が働いている時点で売り上げは爆上がりらしい)
「それはまた僕に会いたいって事かい?」
則宗が長い睫毛をぱちぱちとはためかせ首を傾げる。
「いいえ、借り返したいんでしょう?」
(やっぱり面倒くさい)
もう疲れて言い返す余力も残っていない。長義がはぁと溜息を吐けば
「則宗さん何処に行ってたんですか!」
門のある方角から堀川国広が駆けて来た。こちらもまた女性体だ。外に跳ねたショートカットヘアに上は極の通常体と変わらない戦闘装束だが下は縦の線が入ったミニスカートに黒のニーハイソックス、茶色のローファーだ。彼女が極と言う事は女性体だからと審神者が贔屓無く刀を戦に出している様で安心する。
「すまんパンが買いたくて」
「わぁ!限定の!明日の朝餉はサンドイッチにしましょうね。でもうひとりでの外出は駄目ですよ」
「分かった、詫びにその朝餉の作り僕も手伝おう」
「約束ですよぉもう」
話が途切れ堀川があっと長義に気付く。
「あっ長義さんすみません!」
「迎えが来て良かったよ。はいこれ」
ケーキの入った袋を渡せばまた甘味買ったんですか!?と堀川が則宗を叱る。この様子から彼女は則宗の世話兼教育係らしい。
「時間なので戻らないと」
お説教もそこそこと言った所で堀川が再度長義に礼を言う。
「ありがとう、山姥切の坊主。また買いに行くぞ」
返事をしようとすればふと右頬に柔らかい何かが掠めた。
それが相手の唇だった事に長義が気付く頃には則宗は3、4歩離れていた。
「は?」
一瞬ぽかんとひどく間抜けな顔をしてしまったに違いない。
「そう言う事してると勘違いされますよ~」
先を急ぐ堀川が則宗を呼ぶ。
「山姥切は真面目だからそんな事無いだろう」
則宗がストールを翻し、堀川の後に続く。
とんだ個体だ。自分の見た目を十二分に使い女性体を謳歌している。
二振りの姿が見えなくなった後も長義は門に続く道を眺めてしまった。周囲の視線を感じ今の格好を思い出す。
(早く店に戻ろう)
「お帰り~」
「お帰りなさ~い」
店に戻れば小竜と物吉に出迎えられた。気疲れして今直ぐに本丸に帰りたいけれどもまだ後2時間働かなければならない。
「どうだった?」
まだ休憩時間内に戻れたのでバックヤードに向かおうとする長義に小竜が尋ねる。
「どうって・・・何も無いよ」
「連絡先訊けば良かったのに・・ん?頬何かついてるよ」
小竜が長義の顔を覗き込み自身の右頬を指でとんとんと差した。
「?」
「ヒュ~♪」
頬についた正体に気付いた小竜が唇を響かせた。
「あ」
(さっきの)
気付かず門近くから店まで本当に荷物持ちをしただけで普通に歩いて来てしまったんだが。何人、何振り道すがら通った?誰に見られても恥ずかしいが特に他所の本丸の長船派の刀や写しに見られたら最悪だ。向こうからは見えてなかったと思うしかない。
「くそっ!!」
長義は奥歯を噛み締め頬を強く指で拭った。