無題(ロリ化)その姿に長義はがこめかみがキンと痛くなるのを覚えた。則宗に振り回されるのはよくある事(加州達から言わせれば毎回いつも)なのだが。
「こりゃ面白い!!」
聞きなれた則宗の調子のいい笑い声が今日は随分と下から、ボーイソプラノの音調で聞こえてくる。
「あんまはしゃぐな」
長義が眉を顰めれば
「初めてなんだはしゃぎもするさ」
手も足も小さい、床が近い。何もかも大きく見えるなぁ!と則宗はあちこち必要もなく見上げたり背伸びしたり身体が軽いと廊下を走ってみたりして今の状況を半分、否それ以上に面白がっている。
刀のあった時代に合わせ本丸も総和風建築なのだが背の高い大太刀や槍が居るからと当時よりもさらに大きく造られているのもあるだろう。
それでいてもその姿はヒトで言う5~7歳位の子供の姿で刀剣男士で例えるなら小柄な方の短刀程度だろうか。何もかも大きく見えたり感じたりするだろう。
朝目覚めればこの本丸の複数の刀剣男士が子供の姿に変化していた。バグが発生した刀達に共通していたのは前日怪我を負って手入れに入った事だ。どうやらそれで何かしらの不具合が生じたらしい。今回は同室で長義の隣の布団で寝ていた則宗がその被害の一振りだった。
戦闘装束や内番服諸々一緒にその身に合うよう小さくなる都合の良さで本体(刀)はそのまま、記憶はある方で数日で戻るとの見解だ。ただその間の出陣や遠征は控え、内番も免除になっている。
畑仕事免除は羨ましい限りだが、元に戻れば代わりの日にやらされる上に長義自分に起きれば則宗に面白がられる事間違いなしなので出来ればならない方が良い。
バグが起き出陣内番等変更もあったがいつも通り則宗は加州や大和守と行動を共にしていた(手合わせは基本木刀を使用するがそれがあの姿で扱えるのか些か疑問ではある)
一方長義は演戦に出陣し、昼餉前には本丸に戻って来た。
昨晩残した事務仕事を終わらせたい。その前に着替えようと自分の部屋に向かい、その道中粟田口の大部屋の前を通り掛かった時だった。
空気の入れ替えなのか粟田口の部屋の障子戸がひとつ開かれたままであった。それをを不思議とも思わず素通りしようとするが視界の隅に入る刃(じん)物に目を奪われた。その畳の上に倒れていたのは矢鱈とボリュームのある白い布に覆われた則宗だ。一瞬どきりとするが
「疲れた・・・」
と小さく呟き虚ろな右目で天井を見上げているので全てを察した。
彼のお疲れの原因はその姿から想像して乱藤四郎だ。この本丸で初期刀の次に権限が与えられている初短刀様なのだが、彼の趣味のひとつはロリータ服や靴やバッグ、アクセサリー等を収集、着用する事だ。顕現して直ぐの頃に主の持っている雑誌の広告を見て一目惚れだったらしい。
所謂ロリータ服と言ってもその範囲は広い。乱が好むのは甘ロリや姫ロリと呼ばれる種類だが京極正宗の顕現もあり、彼の戦闘装束影響されたのかゴスロリの方にも興味が広がりつつある。
ここ最近では作る方にも力を入れていて偶に彼の兄弟もその犠牲?に遭っており今回は幼くなった則宗が着せ替え人形にされたらしい。
則宗が今着ている服もこれでもかと裾や袖口にフリルとレースがあしらわれ、パフスリーブに首元に大きなリボンのついたハイウエストの切り替えのある白のドレスだ。同じく白のタイツを履き、小さいリボンが均等についたハーフボンネットまで着けられてる。
その姿は日本刀の付喪神とは言われても俄かには信じられず、寧ろこれは『魂の吹き込まれたフランス人形です』でまかり通る姿である(あくまで大人しく黙っていればの話だが)
部屋の主達は皆出払っているらしくそこにいるのは則宗しか居ない。それと先程まで着ていた内番着。着せられたであろう衣類やアクセサリー小道具その他諸々。
「おぉ、山姥切」
気配を察したのか寝転がったまま視線を長義の方に向けた。
「随分と楽しんだようだね」
「これがそう見えるか?」
その疲れた様子から相当遊ばれたのだと想像出来るが犯人?である乱の姿が見当たらない。一期か主に呼ばれたのだろうか。
「断ればいいのに」
「僕は可愛いから何でも似合ってしまうから仕方ない」
「はいはい、言うと思った」
恐らく最初は本刃もノリノリで楽しんでいたとは思うが。
則宗は急にむくりと予備動作無しに起き上がり
「僕も部屋に戻る」
と脱いだ内番服と扇子を拾い集め長義の元に駆けて来た。戻ると言うより“逃げる”に近い。
「なぁ、抱っこしてくれ」
長義を見上げて則宗が両手を上げた。
「嫌だ」
「疲れた。それに服が重たい」
「こら、捲るな」
ふわっとさせる為に中に“ぱにえ”とやらを着るんだと則宗はそのふわふわした裾を捲り上げたので長義はすかさず諌めた。さっきそれなりに素早く動いていたじゃないか。
「なぁ、一回だけ。この姿なら軽いぞ?」
「そう言う事じゃないんだけど」
どんな状況を楽しんでしまう刀だと知っていた筈だったが。
「? いつもだと筋肉があって重いだろう?」
「その言い方だと普段から抱っこして欲しいと思ってたの?」
「う~ん、有事あれば?」
有事なんて縁起でもない。戦場でも滅多に重傷を負う事のない刀だ。
このままだと駄々を捏ねられ、他刃の部屋の前でいちゃつくなと通りかかった刀に言われるに違いない。
「・・・仕方ないな」
両脇の下に手を入れ、左腕で支える形横抱きの形に抱き抱える。今廊下にひと通りはないがこのまま行けば道すがら誰かに会う事は確実だ。
「うはは、顔が近い」
にこにこと笑みを浮かべて首に腕を回してきた。
確かに今朝からずっと下に顔があった。その顔も随分と小さい。両手で全部包み込めそうな位だ。つくりは変わらないが目は大きいままで口も顎も一回り分は小さい。体温もいつもより高く感じる。
通常の姿をこうやって抱き抱える事が無いので比べようも無いが大分軽い。心配になるレベルだ。
布のごわごわとした感覚。本人の言う服が重いなんて嘘に決まっているが布の量が多過ぎるのでは実用性に欠ける完全に見た目重視の服だと思う。
「脱がせにくそうな服だな」
率直な感想だったが直後に勘違いし兼ねない言葉だったと奥歯を嚙み締めれば
「うん?そうでもないぞ?チャックは脇の下にあって」
則宗はそのままの意味で受け取ったのか左腕に掛けた内番服を掻き分け左脇腹を差し顔を上げる。そして長義のしまったと言わんばかりの顔を見て
「あぁ、そっちの方か」
察してにやりと口角を上げた。幼い姿に不釣り合いな顔だ。
「何も言ってないだろ」
「折角明日休みなのにこの姿じゃ出来ないなぁ」
「おい」
「まぁ素股位なら」
くすくすと笑いながらこっそりと耳打ちする。
「やめろ」
直ぐそう言う事に繋げようとする。ひとを何だと思ってるんだ。確かに二振り揃って非番なのは2週間ぶりで期待はしていたが流石にこの姿でやろうとは思わない。
「ちょうどよかった、山姥切」
「げ、偽物くん」
このタイミングの悪さで現れたのは山姥切国広だ。さっきの会話を聞かれてはなかったかひやりとする。
「さっきの演戦での反省点を・・」
タブレット端末を手にした国広の視線が長義の抱き抱えた則宗に移り、その頭の先から足先までぐるりと見渡す。
「よう、初期刀殿」
則宗が閉じた扇子を振る。時折やる仕草だがこの姿だと扇子が随分と大きく誰かから借りた物の様に見える。
「・・・山姥切の趣味が“ろりこん”でも俺の本科はアンタだけだからな」
至極真面目な顔をしたと思えば。
「俺の趣味じゃない!!乱の趣味だって事位知ってるだろうが!」
「??好きなのは則宗の方だろう?」
大きな疑問符を頭上に浮かべ国広は表情を変えずに返す。
「そ、うだけど」
率直に言われると恥ずかしい。本人の前で。更に写しに言われると。
「おやおや、お揃いで」
廊下の向こう側からやって来たのはにっかり青江と京極だ。
「ふふっ。そうしていると王子様と騎士そしてお姫様みたいだねえ」
青江が口元に指を当てて薄っすらと笑う。
「?どちらとも『王子様』ではないのですか?」
京極ははてと小さく首を傾げ青江を見上げ大きな目をぱちぱちとさせた。
青江は則宗の格好が『姫ロリ』だと理解しているらしくそう例えてきただけだろう。双方同じ階級?で言わないいるのは現世遠征で使う不本意な『兄弟設定』に配慮しているらしい。
「さあ、どうしてだろうね」
ふふふと青江はまた意味深に微笑んだ。