無題(誤解編)審神者に何かあったのかストレスなのか知らないがバグが“悪化”したらしい。それが南泉に起きたと則宗に告げてきたのは今日の近侍の陸奥守吉行だった。
則宗が寛いでいた新選組の刀が集まる大部屋から主の部屋に駆けつければ山鳥毛の腕に抱き抱えられたのは南泉一文字だった。勿論その姿は成人男性でもほぼ常套と化した5、6歳位の幼児姿でも無い。
「こりゃ傑作!赤ん坊だ」
悪化とは被害の数が“増えた”では無く状態の“悪化”だったらしい。退化とも言う。慣れないと言った面持ちの山鳥毛の腕の中で赤ん坊の南泉は大人しく抱かれている。
則宗が覗き込み頬を優しく指で突けばにこにこと笑う。愛想がいい。目の前にいる刃(じん)物が“誰か”位は認識している様だ。
「笑い事ではありませんよ、御前」
山鳥毛の左隣に立つ日光が目尻を立てる。
「で、何で僕が呼ばれたんだ?」
一文字のあれこれからは手を引いているし同派は勿論他の刀派もその事を知っている。山鳥毛と日光がいるのにわざわざ呼ばれたのは則宗が一番可愛がっている孫の様な存在の南泉の一大事だからなのだろうか。
「私が今から出陣なんだ」
主の部屋と言っても本人自体は不在であり何時もリモートかメールで近侍に今日の任務を伝える。机の上に置かれたパソコンのモニターは真っ黒だ。主には報告済みで後は適材適所各々で対処と言う事らしく山鳥毛が則宗の疑問に答える様に言う。
「日光は残るだろう?」
同派や縁者の刀が世話をするのは決定事項だ。日光の予定は午後からの2時間の単騎遠征位で内番にも振り当てられていなかった筈だ。それ以外であれば大体本丸の事務の仕事の手伝いか葡萄の世話をしている。則宗は完全に非番で暇だと思われているからなのかと思っていれば
「俺ではちょっと世話しかねます・・」
眼鏡のブリッジを押し上げ日光は口ごもった。何時もその生真面目な性格故はきはきした喋り方をするのに珍しい。
「お前さん子供は嫌いか?」
「いえ、俺ではどら猫が嫌がるので」
「うはは!!どれ抱っこしてみろ!」
山鳥毛から南泉を抱き上げ、ほれと則宗は日光の目の前に差し出す。渋々と言った様子で日光は優しく下から受け取る。壊れ物を扱う様な抱き方は山鳥毛と変わらないが南泉がまるで借りてきた猫の様に体を強張らせた。
「うはは!黒目が真ん丸だ!」
大方日光の兄貴に自分の世話をさせる手を煩わせるなどと思っているのだろう。
そして日光も弟分であるこの小さい命に戸惑っている。ハムスターなんか乗せたらもっと反応しそうだがこれでは双方が気の毒である。
「だから申し上げたでしょう・・・」
日光ははぁと溜息を吐き、そっとだが突き返す様に則宗に差し出す。
「すまんすまん」
則宗が日光から南泉を受け取れば南泉は落ち着いたのかうにゃあと声を上げた。
「手間を掛けるが宜しく頼む則宗」
「御前、宜しくお願いします」
「なぁに気にするな」
「・・・先ずは加州の坊主らに見せるか♪」
則宗は赤ん坊の南泉を抱き直し加州の部屋へと足をの延ばした。
「則宗、おやつもってきたよ。きょうはぜんざいだよ」
焦げ茶色のお盆の上に善哉とお茶が乗せた小豆長光が則宗の部屋にやってきた。
「わざわざありがとさん」
椀を覗けばこしあんの方だ。こしあんの方は御前しることも言うらしいと言う知識を披露したのは鶴丸の御仁だったか。彼もまだ幼い姿のままである。
「すこしはなしをしていいかな?」
「? いいぞ」
則宗が座布団を差し出せば
「さっきあさげのかたづけをしていたら長義がきてね・・」
小豆が座布団を受け取り則宗の左隣に座り話し始めた。毎日では無いが厨に立つ燭台切の手伝いをする彼の事だからてっきり南泉の食事をどうするかの相談かと思ったので少し拍子抜けだ。
「おお」
「燭台切のあしにしがみついてないてしまったんだ」
「何だ山姥切も泣く事があるのか」
それは見てみたかったが恋仲とは言え相手は幼く記憶が無い状態だ。後で拗れたりするかもだからあまり意地悪するなよと加州の警告も受けている。
「そうだね、きみがさっきあかんぼうの南泉を抱っこしてたのみたようだから」
「? 僕が面倒見てるからな」
戸を開けっ放しの加州の部屋の前を通ったのなら気付く筈だからそこに行くまでの道すがらで見掛けたのだろうか?然しいきなり何だろう。泣いた理由が見出せない。
「則宗と南泉はにているから」
「まぁそうだな?」
現顕現している一文字の刀の中でも金髪に癖のある毛を持つのはこの二振りだけで背も然程変わらない。
現世遠征でも第三者に訊かれた時用に“兄弟”(は若干無理がある気がするが)という“設定”にする事が多いがまだ話の糸が汲み取れない。則宗が善哉を掬う手を止めれば
「きみがこもちだとかんちがいしたみたいなんだ」
「??!そうはならんだろう!」
僕が子持ち?確かに福岡一文字の頭は引退しても祖でありその後裔が子の様な存在である事に変わりはないが“産んだ”覚えは当然ない。
「長船と一文字の“祖”はちがうから」
「あぁ、勘違いしたんだな」
文字通り猫可愛がりしている昔馴染みの南泉が自分より幼くなってしまったのだ。先立ってお兄ちゃん面する姿を想像していただけに上手く説明出来るか則宗はやや心配になって来た。
「いまはなきつかれてねているのだけれども。せつめいどうしようか?」
「どうするかねぇ」
善哉に沈んだ白玉をひとつ口に含む。食べ終わるまでに分かりやすい説明は思い浮かぶだろうか。然し今はゆっくりと味わって食べるしかなさそうである。