無題(先天性女体化)「ほら!加州の坊主!遅いぞ!」
「分かってるつーの!安定行くよ!」
「うんっ!」
木刀を撃ち合う力強い音が道場の外まで聞こえている。叱咤の声と共に板張りの床を踏み込む音は一対一では無く複数である事が分かる。
則宗を探して長義は道場の前の渡り廊下まで来ていた。
本丸敷地内北側にある道場には他のヒトが多く集まる部屋と違って冷暖房設備は無い。夏は戸を全部開ければ風通しも良く比較的涼しいが、冬は容赦無く冷気が体の芯まで染みてくる。然し動けば然程問題にする事では無いし、寒冷地の戦場なら足場が悪かったり任務が長期に渡る事もあると思えばそこまで苦にはならないだろう。
こちらに気付いても手を止める事は無さそうだが三振りに見えない位置で長義は道場の中を覗いた。
審神者が命じた手合わせではなく個刃でやっている手合わせはルールは何でもありだ。今日は実戦を想定していないただ本刃が言う“若い刀を鍛えるだけ”らしく内番着のままだ。
三者の口から白い息が途切れ途切れに吐いては直ぐに消えていく。
(則宗、息上がってる)
昼餉から2時間以上経過している。食後直ぐの運動は体調不良を起こすからと禁じられているのでこの手合わせは小休憩を入れて1時間程度しているだろうか。
「そろそろ終わりにするか」
則宗が壁に掛けられた時計を横目に一歩下がり木刀を振り下ろせば
「あ~また一本も取れなかった!」
悔しいと加州が天井を見上げて叫んだ。
「女の子でも則宗さん変わらず強い」
手拭いで首元の汗を拭いながら大和守が言った。
霊力異常なのか明確な理由は不明だがバグで則宗はこの本丸に顕現した時から女性の器だ。その以前から何振りかがこの状態で、他の本丸の事例もある上に数値も通常体と変わらないので出陣も内番も変わりなくやっている。
他と違う所と言えば女性体専用の棟がありそこに風呂や部屋等も設けられている事位で他は通常体と変わらず刃生を謳歌している。
「別に女だからって手抜いてる訳じゃないんだけど」
演戦で会った通常体と何か違うんだよな、木刀だからとかじゃなくて~と加州は首を傾げた。
「うはは!通常体より柔軟性があって可動域が広いせいかもな」
と則宗はくるりと手の中の木刀を回して見せた。
「すごい!適応させちゃってるんだ」
新選組の刀は皆通常体なので今迄そういう話を聞く機会が無かったのか大和守が目を輝かせる。
「政府の時は男だったから嫌だなとか思わないの?」
「思わんなぁ。寧ろ畑を免除して欲しい位だ」
「あはは無理だし!」
「だよなぁ」
「則宗?戻んないの?」
木刀を片付け、出入り口に向かう加州が則宗の背中に問う。
「ん、ちょっと」
「そ?先行ってるね~」
加州と大和守が道場を出ていった後則宗はその場に沈み込む。膝が床に着く直前で長義がその体を支えた。
「則宗、」
「・・・よう」
少し驚いた様だったが則宗は右の口角を上げた。ゆっくりと座らせれば小さく喉で笑った様だった。
「ったく貴女は・・」
長義が薄く開いた口を親指で拭えば口紅がよれ手袋と口の端に赤が移った。
「紅で顔色を足して隠してたつもり?」
「バレてたか」
何時もの豪快な笑い方ではないただ口角を横に延ばしただけの愛想も何も無い薄っぺらい笑顔。想像出来ないが相当痛みが強く辛いのだと分かった。
「それに裸足で」
「足袋を履いてたら床で滑って踏みにくい」
体育座りになりぺたぺたと床を踏み鳴らし則宗は訴える。
「単に履き替えるのが面倒くさかっただけだろ」
そうでなければ寒い!と言って普段はもこもことした靴下を着用している筈だ。
長義が則宗の両足の下に右腕を差し込めば察したのか
「ん、自分ひとりで歩ける」
と右手で肩を押し退けようとした。甘んじて受けると思っていたので珍しい反応だ。
「俺が横抱き出来ないとでも思ってる?」
「僕が通常体(男)でも思わないが・・その恥ずかしい」
「貴女にも羞恥心あったんだ」
大した抵抗ではなかったので構わずに腰にも腕を回し腹の位置まで持ち上げ、立ち上がれば則宗は大人しくそのまま歩き出せば支えやすい様にと肘を曲げ
「・・・あるさ、女の体だから」
と小さく呟き俯いた。視線の先は両手で覆った自身の下腹部だ。強くなった血のにおいにぐっと喉の奥に押し込める。
「実休に生理痛に効くハーブティーを貰ったから」
「えぇ?それ苦くないか?」
顔を上げむむっと則宗は眉間に皺を寄せた。女だからという理由では無く元々甘いものが好きで、苦いものは体に良くても出来るだけ口に入れたくないと本刃は言う。
(その我儘な言い訳に若しかして性差で味覚や好みが違うのでは?と南海太郎朝尊が興味津々だったが)
特に薬研の処方する粉薬は正しく良薬は口に苦しの不味さで一度は必ず拒否する。今度苺味のオブラートでも買って揶揄ってやろうかと思う。
「カモミールって聞いたけど」
他にも幾つかあると聞いたが体に合う合わないがあるだろうとまずはこれだとブレンドして貰っている。
「それ甘くないだろ」
キク科の知っている植物の名前だが口にする機会は無かったのでまた則宗はまだ眉を顰めたままだ。
「蜂蜜OKだって。それにビタミンB6が入ってて・・」
「ふぅん、お前さん僕の為にやってくれたんだな」
顔色は悪いままだが何時もの調子が出て来たのかいつも通り唇が弧を描く。
「そうだね。実休と話す機会が出来て良かったよ」
「おい、僕をダシに使うとはいい度胸だ。山姥切の坊主」
「わあ、騎士様みたい♡」
住居区の則宗の部屋に向かう道すがら、廊下の向こう側から歩いてきた乱藤四郎が声を黄色くさせた。
「僕の騎士様だからやれないぞ」
則宗が先程とは打って変わって首に両腕を絡めて抱き着いてきた。
「止めて苦しい」
「あははご馳走さま~、お布団敷くの手伝おうか?」
このままだ部屋に行っても一度畳の上に直に下ろす事になるのを気を遣ってか乱が提案してきた。
「お願いするよ」
と長義が提案に乗れば
「お気遣い嬉しいが、布団は敷きっぱなしなんだ」
しれっと則宗は言って退けた。
「は?」
今朝起きてそのままだったのか。それを注意する同性の刀がいないらしい。それでなくとも性差関係なく集団生活の為自立性を求められる。然し則宗の隣の部屋が鶯丸だったと思い出す。爺もとい婆刀だとそうなるかと一瞬で諦めがついた。
「そっかお大事ね、則宗さん」
気にしてないと言わんばかりに乱が笑いながら手を振り掛けて行った。
「貴女ねぇ・・・」
年上の刀なのだから手本を見せなければいけないだろう。とは言っても乱は兄弟が多くいる粟田口で本丸の最古参だが。
「直ぐお布団に入りたい日もあるだろう?」
僕は悪くない、お前さんもそうだろう?と同意を求めてきた。それは“眠たい時に直ぐお布団に入れるように”の言い方だ。
「貴女が横着しただけだろ?体調悪いなら寝てて」
「うむむ」
女性体の為に造られた棟は基本男子禁制だが緊急事態と恋刀がいる場合を除いては入室可能だ。
呆れながらも長義はその棟の廊下へと則宗を抱えて踏み込んだ。