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    のあ(書庫)

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    ちょぎ則/時の政府捏造設定/

    #ちょぎ則

    Can't hold us政府から与えられた長義の部屋に真新しい黒のスーツが届けられていた。
    そのスーツの生地は細い糸で高密度に織り込まれていて光沢があり縫製もしっかりしていて、就活生が大手チェーンの紳士服店で購入する安物のリクルートのセットものではなくプレタポルテの部類に入る品に見える。当然だ。多少の個体差があれどこの監査課で勤務する『刀剣男士 山姥切長義』の服の採寸等時の政府が把握済みである。
    これは今夜の任務先がお偉いさん方政府関係者が多く集まるから変なものは着せられないとの考えなのだろう。
    もし戦闘等が無い保証もないし無かったとしてもこの一度きりの可能性も捨て切れず税金の無駄遣いとも取れなくもない。それに急に決まった任務とは言え仕立てが早すぎる。採寸が分かっていたとは言えこれは以前からこうなる事を多少想定していたのではと思う。
    箱に入った黒の革靴も新品だ。履きなれていない靴ではないと絶対に駄目と言う事はないが戦闘を想定したものではない。
    (全く大したものだな)
    そう思いながらも長義はシャツに袖を通しネクタイを手に取る。艶のある黒のそれもよくあるポリエステルではなくシルク100%である事を示す印がしてある。
    動く手が止まったのはその印を見ていたからではない。長義の戦闘装束はリボンタイだ。今迄戦闘装束を正装とする場面が多くネクタイ及びスーツを着用する機会が無かった事もある。
    昔政府内の講習があった事を思い出しつつ、部屋の中央付近にある姿見で手元を見ながらやってはみるが矢張り上手くいかない。
    (そうだあの時は・・・)
    「着替え終わったか?」
    かちゃりと部屋の出入り口から音がして則宗が室内に入って来た。彼の部屋は長義の右隣で、既に長義と同じデザインのスーツ一式を身に纏っていた。フォーマルな場所と言う事で今日は菊を模した癖のある髪を程よくワックスで纏め、後ろ髪は根本を黒のベルベットのリボンで留め右肩に流している。
    「勝手に入らないでくれないかな?」
    「いいじゃないか僕達の仲だろう・・おやネクタイ結えないのかい?」
    長義の首に掛かったままのネクタイを見た則宗がにまりと口角が上げる。
    「そう、だけど」
    「やってやろうか?」
    時間はまだあるがやって貰った方が確かに早い。
    則宗の伸ばした両手が長義の返事より先に動き、自分で着ける時と変わらぬ早さで結っていく。
    「昔もやったなぁ」
    「そうだね」
    則宗も同じ事を思い出していたらしい。
    刀剣男士顕現した時から日本の義務教育道徳知識等は備わっているがそれとは別に講習を受けさせられた。そのひとつがスーツ着用と海外のテーブルマナーだ。
    スクリーンに映し出されたHOW TO動画に手本となる人物が真向かいになった状態でありゆっくりした動作ではあるが分り難い。実際に自分でする違いに苦戦していれば、隣の席に座っていた則宗に今の様に結ったのだ。後から復習すればいいと思っていたがそんな機会も無く今日まで忘れていた。
    無論その時はこんな関係になるとは露とも思わなかったが。
    「懐かしいなぁ」
    「お陰で覚えてないけど。ありがとう」
    礼を言えば
    「どう致しまして。何だか新婚さんみたいだな♡よしダーリン行ってらっしゃいのキスをしてやろう」
    一度首元から離れた両手が今度は両頬に添えられそうになったのを長義は片手で払って制した。
    「やめろ!貴方も一緒だろう」
    「何だつまらん」
    むぅと則宗は唇を尖らせた。
    「はあ、これから任務なんだから気を引き締めろ」
    今回の任務、監査課の仕事では無いが人手もとい刀が足りないからと言う理由で政府要人の護衛任務を任された。それ相応の給料も出ると言うが気が進まない。“我々の仕事ではない”の一言に尽きる。
    「任務、なぁ。そのパーティーとやらには僕達もご馳走にありつけるのか」
    則宗も同じ考えでいるらしいが少しばかり楽観的だ。
    「無理だろう」
    あくまで『要人とその周辺の警護』で1秒たりとも気を抜く事は許されない。担当で無くても政府所属の刀は『命令』に従わなくてはならない。
    「ダンスとかやらされるか?習ったよなぁ」
    マナー講習かと思えばそんな事もやらされた。無駄に知識だけはある。その時だけで潜入調査で実際にした事は無いので上手く出来る保証は無いが。
    「やらないと思うけど」
    「無いとも言えんぞ・・・そうだ」
    閃いた様に一瞬目を輝かせ、則宗は勝手知ったると言わんばかりにすたすたと洗面化粧台のある方へと向かう。
    昨晩来た時何か忘れ物でもしていたのかと思いつつその間に長義はジャケットを羽織った。やや細身な作りの為窮屈かと思えば適度に肩が動きやすい作りになっており戦闘装束のものとそう変わらない様に感じる。値段など知った事ではないが裏地の素材が存外冷たく気が引き締まる。
    姿見の前で襟元を整えていればヘアワックスの容器を手にした則宗が戻って来た。
    先程まで着用していた革の手袋を無造作に胸ポケットに収め、空いた手の平に掬ったワックスを伸ばしている。
    「僕が髪整えてやろう♪」
    「いい、自分でやる」
    「いいじゃないか。前髪全部掻き上げる方がいいか?それとも・・」
    今度は頭に手が伸びてきた。先程と同様に振り払う事も出来たがそのままにしておけば則宗の指が長義の髪を撫でつけていく。
    「・・・」
    則宗の手が塞がっているので何時もの意趣返しをしてやろうと言う気持ちにもなったが、鼻歌と笑顔にその気も失せ何時もと違う髪型を眺める。
    「ねぇ、この髪誰がセットしたの?」
    「? 自分でしたぞ。リボンは用意して貰ったものだが」
    監査課担当のひとりである女性職員が思い出された。彼女は仕事とプライベートはきちんと別けていて上からの指示に従い刀剣男士と人間の境は弁えている人間だ。特に他意も無く他の職員達と一緒に選んだのだろう。
    「ふぅん・・・」
    「?」
    再度則宗が背伸びをする。そのまま黙っていれば頭頂部に先程まで無かった異様な気配がする。
    まだ終わらないのか。何の歌か分からない鼻歌は続いている。
    頭をなるべく動かさずに左側、自分と則宗が映し出された姿見の方を見れば両ハチ周りの毛を集め丸めている。動物の、一番近い所で猫耳を作ろうとしているらしい。長義の髪は柔らかく癖の付きにくい直毛で南泉の様にはいかないし、そもそもそこまで出来るホールド力はこのヘアワックスにはない。
    「・・・おい」
    「バレたか!」
    「ったく」
    うははと何時もの調子で笑い、髪を優しく撫でつけた。
    「よし男前の出来上がりだ♡」
    「はいはい行くよ、そのワックス手痒くなるんだろ?早く洗って来て」







    「はぁ~、どうせお偉いさん達はどこぞの高級ホテル最上階スイートルーム♡なんだろうなぁ」
    それに比べて僕達は安価なビジネスホテルだ。と則宗がやれやれと溜息を吐けば息が大分白い。
    一言で言ってしまえばパーティーは何事も無く終わった。あくまで自分達の『仕事』としてはかなり珍しい終わり方だ。
    会場内は人も多く暖房が効いていたせいもあって外の空気が実際の気温よりも冷たく身体に染みているが、仕事が終わった開放感で清々しくも感じる。
    「刀の姿にしない分は配慮がされてるんじゃない?」
    人権もとい刃権は“一応”最低限保たれている。“刀”の姿での移動はごく限られた地域や場所で単独行動する現世や現地視察、調査で過去に遡る時位だ。
    「そうは言ってももう寝るだけだしなぁ」
    お偉いさん方の深夜の警備は他の刀達に引き継がれ、この後は政府の職員が予約したと言うホテルに一泊して早朝に政府の施設に帰るだけである。この任務が終われば次の指示があるまで自由だと言われていたが、既に真夜中と言う事もあって無論遊びに行く時間帯ではない。担当職員にはまだ自分達は仕事が残っているからと言う理由で先にホテルに行く様に指示された。刀使いが荒いとよく言うが人側も万年人手不足もあり真面目な社畜気質が多い。
    「お前さん運転頼む」
    会場の近く、駐車場の一角に停めてある最新型の黒い高級セダン。それに近づけば先程職員が別れ際長義に手渡してきた車の鍵に反応し自動で開錠した。
    返事を待つよりも早く則宗は後部座席に自身の刀を置き、左側の助手席に流れるような動きで滑り込みシートベルトを着けた。これは『もう疲れた梃子でも動かないぞ』の態度だ。
    「別にいいけど」
    長義も続いて運転席側のドアを開ければシート等に使用している牛革と新車特有のにおいが出迎えた。これに芳香剤の類が使われていれば体調を悪くする所だった。そう言うものは使わない所がお堅い政府らしいく助かる部分でもある。
    運転席に体を預ければ普段乗り慣れている車に比べ大分車体が低いので身体が深く沈み込む感覚に陥る。
    「仮眠を取ったが・・眠い」
    と則宗は背もたれを少し後ろに下げた。
    長義はエンジンを掛けカーナビを操作し、予め登録されていたホテルまでの案内を開始させた。
    「そうだね。着くまで寝てていいよ」
    移動時間を含めた5時間程の政府の要人警護だったがずっと気を張らなければならない。場所も広く人も多い。緊張が溶けたせいもあるだろう。
    それに陰謀渦巻く界隈を潜り抜けてきた図太い神経を持ち合わせた猛者ばかりが揃う社交の場。彼らに刀剣男の存在は認知されている筈なのだがその人間離れした美貌故に声を掛ける猛者もおりその辺を適当に相手をしなけれならない。
    声を掛けられた人数を競うかと則宗が戯れに耳打ちして来たがそんなもの数えたくない。
    漸く緊張が溶けたのもある。普段の刀を向ける者達は『ひと』では無い。人外だ。偶に『敵』ではなかったり他所の神と呼ばれる存在だったりする。
    「いや、そこまではないが・・煙草でも吸いたい気分だな」
    すんと則宗は移り香が仄かにスーツに残っているなと袖口を嗅いだ。
    普段煙草は吸わないが気持ちは分かる。あの煌びやかな会場の婦人方の着け過ぎた香水や、出された料理のにおいも幾重にも混ざり合い表現しがたいにおいが衣類や髪に移っている。
    長義自身は一刻も早くスーツを脱いでシャワーを浴びたい。帰りは同じスーツを着たくなかったので別なものを手配済みだ。煙草では上書きは寧ろマイナスだろう。
    「車内は禁煙だから」
    「今持って来てない。コンビニに寄ってくれ」
    則宗は気分的に吸いたいらしい。近くにコンビニは何処にあるかとポケットからスマートフォンを取り出し検索し始めた。カーナビでも探せるが以前やらかした事があるので一切触るなと職員達に注意を受けている。
    スモークガラス加工がされた車内は外の光を遮り、画面に照らされる横顔に長義は眉間に皺を寄せた。
    喫煙は昔担当だった男性職員が薦めてきて始めたものだ。
    その職員は反応が見たいと政府に所属する刀剣男士に炭酸入りのジュースや辛い、酸っぱい等の癖のある菓子などを有無言わずに渡してくる茶目っ気のある人間で、煙草もその延長線と言った体で渡してきた。
    無論無理矢理ではない。興味本位でその時の一回きりだけだろうと思っていたがその後も彼は度々喫煙室などで吸っていた。
    「早くホテルに行きたいんだけど」
    「そう急かすな・・うはは!何かエロく聞こえるな」
    「そう言う意味で言ったんじゃない」
    車内で則宗の笑い声が大きく響く。
    (チッ余計な事を教えて)
    件の職員の邪心ひとつない笑顔を思い出して長義は奥歯を噛んだ。
    イラついて運転を怠慢になる訳にもいかずに前方の信号が赤色になるのが見え、前の車に合わせ減速していけば則宗がおもむろにシートベルトを外す。途端に着用を訴えるアラームが響いた。
    何かあったのかと視線を外に向ければ15メートル程先左側の道路沿いにコンビニの看板が見える。まさかこのまま降りて向かおうとしているのか。
    とは言っても車線と歩道の間にはガードレールと植木があり、後方から自転車やバイクが走って来る場合もある。それらには気を付ければいいだけだが自分に一言言えばいいものを。
    長義が注意しようと口を開けば則宗がドアとは反対側、運転席の方にセンターコンソールを乗り超えてきた。
    「は・・?」
    予想外の行動に呆気に取られていれば、急にネクタイを引っ張られ、子供でもする様なただ唇押し当てるだけの味のない口づけをされた。もし深い口づけを交わした所で会場で飲んだミントのフレーバーのついた炭酸水の味などとうに消えているが。
    「煙草が吸いたいと言えば口が寂しいだろう♡」
    そんなもの見え透いた“嘘”だ。喫煙が幼少の口唇期と因果関係があると言われているが我々は『刀剣男士』でそんなものは存在しない。
    「危ないだろうが!」
    驚きはしたがブレーキはしっかり踏んでいて前方の信号はまだ赤のままだ。
    「なぁに大丈夫」
    そう言って則宗は席に座りシートベルトを着け直した。
    前方後方車の人間に見られていないか?じっと見ている人間なんて普段いないだろうが車種的に覆面パトカーだと思われている可能性がある。然しだからそれが何だと言うのだ。即思考が切り替わる。
    「・・で、寄るの?コンビニ」
    信号が青に変わる。それに合わせ前の車がゆっくりと進み始めた。
    「限定のダッツあったな。あれ食べたい」
    「寒いのに?」
    「寒いからこそ、だろう?」
    「はいはい分かった」
    「ゴムも」
    「買わない。要らない」
    何を言っているんだ。
    「大方呼ばれないと思うぞ。お偉いさん方のホテルから遠いし」
    確かに深夜の方が警備が硬いだろうし余程の事つまり襲撃がない限り呼ばれる確率はかなり低い。そもそも『歴史修正主義者等の検知が無く襲撃の可能性はほぼ0に近いが念には念を入れよ』の仕事ではあった。
    ただ自分達を政府の施設に帰らせない辺りが明日のお偉いさん方のわがままもとい動向次第で変更になるかもしれない事を窺わせたが、単に自分達を直帰させるには遅い時間だと思っただけの様に思える。
    この後の予定はホテルでシャワー浴びて寝る。それだけだ。
    「明日は午前休だと」
    ほらと則宗は職員から連絡がきたと画面を見せてきた。
    「ああそう、でも要らない」
    「そうは言っても寄ってはくれるんだろう」
    にんまりと則宗は微笑む。
    「・・・スイーツと水だけね」
    長義は溜息を吐きつつ左にウィンカーを出し車を徐々に歩道側に寄せて行った。


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