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    sooya_main

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    前回の続きです
    経年やま(39)×みつ(38)
    大和が浮かれてます

     そうと決まればと早々にお開きになったレッスンの後、一度自宅へ戻った大和は急ぎ車を走らせ三月の家へと向かった。早朝や深夜の移動に備えて買った車だったが、これほどまでにあって良かったと思ったことは無い。安全運転に努めて三十分、ようやく見えてきたマンション前の道路に駐車し、慣れない手つきでオートロックに部屋番号を打ち込む。
    「別に迎えに来ないでもよかったのに」
    大きなボストンバッグを片手に出てきた三月に本当は気が進まなかったのではないかと不安になるが、細めた目の端がほんのりと色づいているところを見ると照れ隠しのようだ。ひっそりと安堵の息を吐き、慎重に車を発進させる。ほとんど仕事用にしか使ってこなかった愛車の助手席には、今まで紡や個人のマネージャーくらいしか乗せたことがない。隣にいる相手が違うとこんなにも心持が違うのかと半ば感心しつつ帰路を辿る。適当に合わせたラジオが午後六時を知らせており、そういえばと大和は思い立った。
    「今日の飯、どうしようか。なんか買ってく?」
    大和の家の近くは繁華街が近いこともあり、深夜まで営業しているスーパーの他、コンビニや洒落た総菜店など食事の調達には困らない。さすがに引っ越し初日がコンビニ飯では味気ないので帰り道にあるデパートの地下にでも寄って行こうかと提案すると、僅かに首を傾げた三月が問いかけた。
    「大和さん、今家になんかある? 良ければオレ作るよ」
    「いや、でも……」
    三月を休ませるという名目で無理やり同居を決めさせたというのに、立ち働かせては意味がないだろう。そんな大和の心境を読んだように小さく笑った三月は歌うように続ける。
    「いいよ、最近料理できてなかったし。気分転換にもなるからさ。大和さんが嫌じゃなきゃ、作らせて」
    そんな風に言われて大和が断れるわけがなかった。三月の料理が嫌なことなど万に一つもない。不本意ながらも伝えれば三月はまた嬉しそうに微笑む。
    「卵と、大根となすはあったと思う。肉とかはあんまないかも」
    「ん。じゃあスーパーだけ寄らして」
    はいよ、と返事を返しつつ大和は次の交差点を曲がるべく車線を一つ跨いだ。
     それなりに大きなスーパーで肉類や足りない野菜、好きな銘柄のビールなどを買い込み今度こそ大和の自宅へと向かう。会計時どちらが出すのかというところで若干揉めかけたのは余談だ。ひとまず大和が支払いの権利を得たが、帰ったら相談なとジト目の三月に睨まれてしまった。世話になるのだからという三月の気持ちは分かるものの、好きな相手には格好つけていたい男の性分。どう言いくるめようかと考えている内に見慣れた建物が視界に入る。地下にある駐車場に車を入れ、それなりの量になってしまった荷物を抱えて部屋まで上がった。
    「へえ、きれいにしてんじゃん」
     部屋に入り一通り案内された三月は感心したように声を上げる。玄関から伸びる廊下の左手にトイレ、ひとつ奥に洗面と風呂。突き当りのダイニングキッチンからは大和の自室の他にもう一部屋繋がっている。
    「こっち、好きに使って。一応客用の布団はあるけど、マットレスとかあった方良ければ……」
    「いいよ、十分。世話になります」
    困ったように眉を下げる三月を見ながら大和は先に用意をしていなかったことを悔いた。溜まった資料の置き場兼客間として使っている部屋はとりあえず人の泊れる設備は整っているが、長期間の滞在にはあまり向いていない。いっそ大和のベッドを使わせるか、それでは三月が納得しないか。うだうだと悩んでいる家主を他所に三月は少ない荷物の荷解きを始める。
     大概の現場で衣装が用意されているため、私服は最小限にしたようだ。長袖のルームウェアと下着類、歯ブラシやスキンケア用品など次々取り出していく。見るともなしに眺めていた大和の視線に気づくと、三月はからかうように笑った。
    「何見てんだよ、大和さんのえっち」
    「あー、はは。悪い、ぼーっとしてたわ」
    その言葉にはメンバー同士のじゃれ合い程度の意味しか含まれていない。それを瞬時に理解できたからこそ、何とか取り繕うことが出来た。決してそのような目で見ていた訳ではないが、好きな相手に全く下心がないかと問われれば答えは否で。まだまだ若いなあと自身を誤魔化しつつその場を離れる。半ば逃げるように向かった先は風呂場だ。最近はシャワーだけで済ませることも多かったが、成人男性が足を伸ばして入れるほどの湯舟が備わっている。疲労の溜まっている時には入浴は大事だろう。スポンジを片手に空の湯舟にしゃがむと肩や腰が軋むような感覚を覚えたが、今日のレッスンで動きすぎたせいにしておいた。
     湯船から洗い場、小物を置いている棚まで風呂場全体を洗って出ると二十分近くかかってしまった。濡れた手足をタオルで拭いダイニングへ戻ると、こちらも作業を終えたらしい三月と目が合う。
    「おかえり。台所勝手に借りてるぞ」
    「はいはい、好きにどーぞ」
    三月がこの家に来たのは両手で数える程度だが、その前の長い寮生活のためか物に触られることへの抵抗はない。むしろあまり自炊をしない大和なので、キッチンなど三月の好きに置き場を弄ってもいいと思うくらいだ。それを伝えると相変わらずだなと呆れたような様子だったが、より遠慮はなくなったのか買ってきたものを仕分けだした。七人暮らしの時よりは小さな冷蔵庫へ手際よく食材たちが詰め込まれていく。今日の夕飯のために残されたのは大根、人参、しめじとえのきに鰤のアラが一パック、冷凍の剥き枝豆。タイミングが良かったこともあり、大和の好物であるぶり大根がメインの食卓になる予定だ。
     あまり見ていても三月もやりにくいかと惜しむ気持ちを抑えて大和は対面のカウンターを離れる。それでもやはり気にはなって、三人掛けのソファにかけるとカモフラージュのために今度の撮影用の台本を広げた。横目に見るキッチンでは三月が忙しなく、しかし楽しそうに立ち働いている。料理が気分転換になるというのは嘘ではないようだ。米を砥ぐ水音、火にかけられたやかんは鰤の下処理用だろうか。合間に野菜を切っているのかまな板を叩く包丁の音が響く。やがて漂ってきた出汁の香りに誘われ、大和は襲い来る睡魔へとその身を明け渡した。
    「大和さん、飯できたぞ」
     軽く肩を揺すられ目を開ければソファの脇に佇みこちらを見下ろす三月の姿。慣れないそれに寝起きの脳は一瞬混乱し、大和は数度目を瞬いた。
    「よく寝てたなぁ。オレよりあんたのが疲れてんじゃねえの?」
    からかうような口調で言われ、思い出す。またしばらく三月とともに暮らせることになったのだ。改めて喜びを噛み締めつつ立ち上がると、振り向いた食卓の上には更なる幸福が待ち構えていた。
    「うまそう」
    「そりゃよかった」
    思わず零れたひとり言に弾んだ声を返され頬が熱くなる。先にダイニングテーブルについた三月はそんな大和に気づいた様子もなく、早く食べようと呼びかけた。人参ときのこの味噌汁、枝豆ご飯にぶり大根。ほかほかと湯気を立てる献立はとても一時間弱で作られたとは思えない出来だ。いただきますと手を合わせるような食事も、自宅で食べるのはいつぶりだろう。ついそんな感想を漏らせば、三月は呆れたように眉を寄せた。
    「ったく、もうちょっと栄養とか考えろよな。もう若くないんだぜ、おっさん」
    結成当初から度々言われたその呼称を否定しなくなったのはいつからだっただろうか。大和は今三十九、次の誕生日がくれば四十の大台に乗る。まさかこの年までアイドルを続けているとは思わなかったが、愛してくれるファンが絶えないのは有難いことだ。
    「分かっちゃいるけどさ、一人だとどうも面倒なんだよな。ミツみたいに料理好きでもないし」
    箸を進めながら返すと、それならばせめて買ってくる総菜に野菜を多くしろとお小言が続く。手軽だからとついコンビニやロケ弁で済ませていることはバレバレだ。年々小言が多くなっているその姿は一織に似てきているのか親父臭さの現れか。指摘してやれば三月はむっと唇を尖らせた後小さく鼻を鳴らした。
    「まあ、分からなくはないけどな。オレも一緒に食べる奴がいた方が作り甲斐あるからさ」
    だから今日は久しぶりに楽しかったと照れくさそうに鼻を擦る三月に、つられて大和も破顔する。こんな穏やかな日々がいつまでも続けばいいと思う。同じ想いはなくとも数年ぶりの三月との同居は初日にして既に大和の心を潤した。本来の目的は三月の負担軽減なのだから自分ばかりが楽しんでいてはいけないと思うのだが、どうしても嬉しさを隠せない。せめて三月も同じくらいこの期間限定の同居を楽しんでくれますようにと祈りながらよく染みた鰤の切れ端を口に含んだ。
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