サマーシーズン到来!!「二人とも楽しんでいるか?」
「ドクター、こっち来れたのか」
「正確に言うと追い出された。私がいると彼らの仕事が終わらないと」
バベルという名を抱く組織が束の間のバカンスを過ごせることになったのはケルシーのおかげだった。彼女の”知り合い”はありとあらゆる国と組織に跨っており、その中にとある湖の周辺で短い夏を満喫するための事業を行っている者がいたのだ。どういう手を使ったのかは不明だがシーズン直前のこの時期に、一帯の整備や掃除を手伝うという名目で貸し切りでのバカンスを実現させたケルシーの組織内評価はうなぎのぼりだった。中には涙を流して崇め奉り始めた者さえいたほどだったが、というのも様々な事情の生い立ちの人間を抱える傭兵集団、バカンスなどというものを過ごすのが初めてというメンバーも少なくなかったからである。Aceとともにチェアに寝そべるScoutもその中のひとりだった。
「君たちはもう泳いできたのか」
「ああ、きれいなもんだったぜ。小さいが鱗獣もいた」
初めてのバカンスらしいバカンスに、当然メンバーははしゃぎにはしゃいだ。用意された様々なレクリエーションを点検という名目で楽しみ倒し、ある者は釣りのために周囲の渓流へと連れ立って消え、またある者たちは砂浜でビーチバレーに興じ、Aceたちはといえば午前中からずっと湖の中にいて、ようやくさきほど休憩のために上がって来たところだった。
「アンタはいつものフードの恰好のまんまってことは泳がないのか?」
「ケルシーに止められた。といっても一応この下は水着なんだが」
チェアの横にしゃがんだ姿からはよく見えなかったが、フェイスガードを外した黒いコートの下、ドクターの足元はいつもの黒いズボンではなくひょろりとした細い素足が見えており、ペラペラのビーチサンダルがその足裏を守っていた。上半身と下半身のアンバランスさに思わず噴き出したAceに、男はいささかムッとした表情を返しつつ湖面からの眩しい反射光にゆっくりと目をすがめた。
「で、仕事場から追い出されたワーカホリックな指揮官殿のこれからのご予定は?」
「せっかくだから私も湖を見て回ろうと思う。あんまり私のようなのが顔を出したらみんな気まずいだろうから適当に人の少ないところをぶらぶらしようかと」
「なら護衛は俺が」
「大丈夫だよ、ここは貸し切りで私たちしかいないんだし」
「先月だけで二度暗殺されかけたのは一体目の前の誰のことだ?」
「Scout、私が最初に君たちに声をかけたのは護衛が欲しかったからじゃない。友人たちがゆっくりとバカンスを過ごしてもらえているか確かめたかったからだ」
「ドクター、気付いてやれよ。Scoutはアンタと二人っきりでデートしたいだけなんだ」
「Ace!!」
思わず叫び声をあげたサルカズに、ぽかんとあっけにとられた顔の指揮官。そんな対照的な二人を見て爆笑しながら、Aceはニヤニヤと肘でかたまったままの隣の同僚をつついた。
「あー、その、不甲斐ない恋人ですまない。本当にこういうことは駄目だな私は」
「アンタのことが心配なんだ。その、下心があることは否定しないが」
「うん、わかってるとも。では手をつないでもらっても?」
ぎくしゃくと今どき思春期のティーンでもしないような初心なカップル仕草を見せる二人をヒューヒュー囃し立てていると、くるりと振り向いた同僚にすこぶる睨まれた。
「Ace、わかっちゃいるだろうが」
「帰ったら一杯奢れよ」
「一晩私の奢りだ。好きなだけ飲んでくれていい」
「太っ腹な上司最高だな!」
「ではScoutを借りていく。あと数分もしたら君の力を必要とする人間が駆け込んでくるから、できれば参加してあげてくれ」
まるで予言者のような上司の言葉は、その後駆け込んできたブレイズの言葉で真実となり、やっぱりあの人は目が百個くらいあるんじゃねえかなとビーチバレーの臨時助っ人として引きずられて行きながらAceはしみじみとぼやいたのだった。
***
「で、デートは楽しめたか?」
「勿論だとも。森の中で首が三つもある空飛ぶサメが襲ってきたときには死ぬかと思ったが」
「なんで俺がいないときに限って楽しそうなことになってるんだよ! 畜生、やっぱり付いてきゃよかった!」