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    r_elsl

    @r_elsl

    全て謎時空

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    狸のスレッタと狐の4号が女学校に通う話。
    ※獣が人間に化けている、女装、4スレ

    きつねのおまじない② 立てば芍薬、歩けば牡丹。歩く姿は百合の花。
     美しくなる為にはまず所作からというモットーを表すかのように学園内のあちこちに花が植えられ、どこにいても鮮やかな色彩と香りが視界を潤し鼻腔をくすぐります。特に今は春が訪れている為、晴れ渡る青空の下に様々な花が咲き誇っていました。
     動物故に嗅覚が敏感なエランは入学当初こそ煩わしく感じたものの、一年も経てば何も感じなくなりました。当然花に対しても何の興味も湧きません。
     今日は入学式。新入生が希望を持って新たな土地に足を踏み入れる日です。
     殆どの学生が体育館で出迎えてるにも関わらず、エランは保健室で本を読みふけっていました。入学式もまた彼にとっては退屈な時間でしかなく、であれば読書で過ごすほうがずっと有意義です。
     終わりを見計らって、保健室を静かに退出しました。次の時間は座学であり、卒業には出席日数も関わるため座学だけはきちんと受講しています。不良学生と言われても当然なのですが、病弱設定と優秀な成績(主に文系)のおかげで不問となっていました。
     管理棟から校舎棟に移動する為外に出たとき、ぴたりと足を止めます。顔を上げ、鼻でもう一度息を吸うと、周囲を見回しました。
     むせ返るような花の香りの中に、わずかに懐かしい匂いがしたのです。山で毎日のようにあった、けれどこの学園ではなく似つかわしくない──動物の匂いです。
     恐らく自分と同じように化けて入学してきたのだろう、とエランはすぐに察しました。自分がここにいるのだから、別の動物が来てもおかしくはありません。加えて生徒数の多い学園なのですから、お互い関わらずに過ごすのも難しくないでしょう。
     ですが、冷え切っていたエランの心に一つの感情が芽生えました。
     会って、どんな子か見てみたい──。
     ぽつんと生まれた興味という感情が、エランの足を体育館へ方向転換させるのにいくらもかかりませんでした。


    「制服はこれしかないのに、どうしてくれるのよ!」
     胸から膝にかけてずぶ濡れの少女の泣き喚く声に、スレッタはびくりと肩を震わせて身を縮めます。
     謝罪の言葉を述べたいのに、舌が固まってしまいうまく動きません。相手の剣幕と己のした所業への恐怖が、脳内でぐるぐると渦巻いています。
     教師から運ぶよう頼まれた花瓶を持ちながら慣れない石畳の通路を歩いていた際転んでしまい、その拍子に隣にいた同級生にぶつけてしまったのです。
     割れた花瓶自体は同級生やスレッタを傷つけはしませんでしたが、宙を舞った花瓶の水は彼女に降りかかり、制服を濡らしてしまいました。入学式を待ち遠しく思いながら準備していた制服だったというのも相まって同級生はショックのあまり半泣きで怒鳴り、スレッタも呆然と立ち尽くすばかり。他の生徒もおろおろと右往左往する中、一つの靴音が迷い無く近づいてきました。低めの静かな声が凛と響きます。
    「どうしたの」
     現れたのは長身の少女でした。腰にかかるほど長いオリーブ色の髪と両耳のピアスに取り付けられたタッセルをなびかせて二人を見下ろす様子は、優雅な印象と同時に威圧感がありました。ざわついていた場を一声だけで鎮める程の存在感は皆の注目を集めましたが、意に介していないようです。
     感情の色が灯っていないイエローグリーンの瞳は、びっくりして泣きやんだ同級生、呆気にとられて見上げるスレッタ、床の割れた花瓶を見て事態を把握したようです。
     ポケットから取り出したハンカチを、目を丸くする同級生に差し出しました。
    「これ使って。職員室に行って代わりの服と花瓶の報告を」
    「は、はい!」
     弾かれるように立ち上がって手早く拭き走り出す同級生の背には目もくれず、長身の少女はスレッタを覗き込みます。
    「事情を聞きたいんだけど、ここじゃ話しにくいだろうから。立てる?」
     そこでようやく自分が尻もちをついていることに気づきました。突然の乱入に、緊張の糸が解けて腰が抜けてしまったようです。現状衆目に晒されていて引っ込み思案なスレッタが話すのは確かに難しいのですが、それ以前に立ち上がることすらままなりません。
    「あ、あの、私……」
     二の句が告げないでいると、相手は「ごめん」とだけ呟き、屈んでスレッタの腕を引っ張りました。驚愕で固まる彼女を他所に、肩を抱くように引き寄せると同時に浮いた膝裏を空いた手が掬うように持ち上げます。
     そう、お姫様抱っこです。少女漫画でたくさん出てきて、自分がされるとしたらどんなロマンチックな場面だろうと何度も妄想した、あの。実際はかけ離れたものでしたが、軽々と持ち上げられた浮遊感に驚き、またよく分からないけどお姫様抱っこされたという事実に興奮して素っ頓狂な声が出ました。
    「ひえぇえぇぇええ」
    「静かにして」
     ぴしゃりと言われて、即座に両手で口を覆い、次に来るであろう怒号に身をすくめました。しかし、長身の少女はそれっきり何も言いません。横目で恐る恐る様子を覗き見ると、前だけを見て真っ直ぐ進んでいます。視線を辿れば、少し先にテラスがありました。
     設置されたベンチにスレッタを下ろすと、「待ってて」とだけ言い残しその場から去ってしまいました。
     どこに行ったのだろうという疑問は心の片隅で湧きましたが、認識する前に泡のように消えます。
     水をかけて同級生を傷つけ、花瓶を割り教師に頼まれたこともできず、初日にして失敗続き。夢にまで見た学園生活とは全くかけ離れた、幸先が悪いものです。
     何故かここで座っていることもいまだ飲み込めていません。呆然とする自分を気遣ってなのかなと、ぼんやりしつつも置かれた状況に思考が回り始めた頃、声がかかりました。先程の長身の少女です。
    「ねえ」
    「ひゃ、ひゃい!」
    「甘いのがいいと思ったんだけど、飲める?」
     渡されたボトルは手のひらサイズで、ココアと書かれています。困惑して隣に座った彼女を見ると、コーヒーの缶を開けて飲み始めました。
     少女につられるように、スレッタも蓋を緩めて口をつけます。カカオ、ミルクや砂糖が程よく混じったほろ苦さが、喉を潤し胃を温めていきました。縮こまった体や心が、やんわりと解けていきます。
    「話せる?」
     事情を聞かせてほしいというのが長身の少女の頼みでした。
     同級生のこと、花瓶のこと。覚束ない口を開いて行われるスレッタのたどたどしい説明は、少女の質問によって分かりやすい内容になっていきました。
     納得したように一つ頷くと、少女は立ち上がります。
    「君からも報告する必要がある。落ち着いたなら職員室に行こう」
    「ま、待って、ください……」
     当事者である同級生だけでなく、スレッタからもする必要があるのは分かります。それとは別に、一つ心配事がありました。
     水をかけてしまった同級生は、寮の同室でもあったのです。田舎から(正しくは山から)上京してきたスレッタに優しく声をかけ、気遣ってもくれました。それなのに恩を仇で返すような行為をしてしまい、顔も見られません。相手も同様でしょう。今は寮の部屋に戻れる気がしませんでした。
     気落ちする余り言葉が落ちていきます。
    「……どうしたらいいんだろう……」
    「僕の部屋に来る?」
     降ってわいた提案にびっくりして、少女の顔をまじまじと見つめます。先程と変わらず表情は殆ど動いておらず、さも当然のことを言ったかのように澄ましていましたが、言葉はスレッタの悩みを一気に解消するものでした。
    「い、いいんですか!?」
    「一人分空いてるから、報告するついでに荷物の運び出しをお願いしよう。それでいい?」
     こくこくと何度も頷くと、ようやく気力が湧いてきて、足腰に力を入れてベンチから立ち上がりました。先行きが暗いものにしか見えなかった学校生活も、これで何とかなるかもしれません。水をかけてしまった同級生に対しても、落ち着いたら謝罪して仲直りできるかも、という希望も湧いてきます。
    「あ、あの、色々ありがとうございます。えっと……」
     ここまで話して、ようやく相手の名前すら知らないことに気付きました。何と呼べばいいか困っていると、長身の少女は合点がいったように数度瞬きしました。
    「僕はエラン・ケレス」
    「スレッタ・マーキュリー、です」
     差し出した手を握り返すエランの手は、スレッタよりも大きいものでした。
     普通の女子と並ぶとたいてい頭が飛び出てしまうスレッタよりも、頭の半分ほど背が高いからでしょうか。不思議に思って考えていると、ふわりと何かの匂いが鼻をくすぐります。
     エランに連れられ職員室に報告しに行った時も、運び出された荷物がエランの寮室に並べられていくのを見ている時も、その匂いはずっと付きまとっていました。
     本当は乱入してきた時からしていました。気が動転していたスレッタには気づく余裕がありませんでしたが、今なら分かります。
    (エランさんから、お母さんたちと同じ匂いがする……)

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