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    r_elsl

    @r_elsl

    全て謎時空

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    狸のスレッタと狐の4号が女学校に通う話。
    ※獣が人間に化けている、女装、4スレ

    きつねのおまじない④「真っ直ぐな背筋、優雅な仕草、落ち着いた佇まい──正に理想的な所作。加えて風に乗ってなびくオリーブ色の髪、整った目鼻立ち、氷を彷彿とさせるクールな表情……あの『氷の姫』と同室なんて羨ましいわ、スレッタさん!」
    「は、はぁ……」

     次の日のお昼休みの食堂で、スレッタは数人の生徒──恐らく先輩にあたる女生徒たちに囲まれていました。
     同室になったのは昨日の話だというのに、どこから聞きつけたのでしょう。漫画でたくさん見かけた女子の噂話は早いというのは事実だったのです。スレッタは咀嚼しながら、他人事のように目を輝かせました。
     しかし、言っていることの殆どは分かりません。それもそのはず、顔の美醜や所作の美しさについて、人間社会に来たばかりのスレッタに判断できるはずもないのですから。ただ、エランがどうやら好かれているらしい、ということだけ感じ取れました。
     今日のご飯は、ハンバーグにサラダ、パンと人間にとってはありふれた定食ですが、スレッタにとっては夢のような光景です。女生徒たちの会話も気になりますが、食事を優先してフォークとナイフを手に取りました。そんな彼女を他所に、女生徒たちは話を続けます。
    「いつも保健室で一人でいらっしゃるケレスさんが、誰かと一緒に歩いている様子を拝見できる日が来るとは。素晴らしいことですわ」
    「でもここまで話題になると、少し心配です。ほら、彼女を疎んでいるあの方々……」
    「ええ……でも氷の姫ファンクラブにとっては歴史に刻まれる日!」
    「ひっ!」
     スレッタが食事中であることを気にせず、ずい、と覗き込むと同時に手を掴みました。スレッタは驚きのあまり食器をテーブルに落としてしまいます。
    「もっと誇っても良いのですよ。何せ貴女は、あの氷の姫に『特別扱い』されているのですから!」
    「え……?」
     思いもよらぬ言葉に、スレッタは青い瞳を円く見開いて瞬かせます。
     姿勢を正して女生徒を見返しました。驚きと困惑がない混ぜになって飲み込めなかったそれは、口から転がり落ちます。
    「特別、扱い……?」
     声は揺れ、睫毛は所在なさげに震えていました。
     

     放課後のエランとの待ち合わせは、中庭の外れのベンチです。水をかけて動けなくなった際連れ出されたところとは異なりますが、とても似ていました。
     授業から解放された後は部活動や生徒たちの語らいでどこも賑わっているのに、エランが指定した場所はまるで異世界に来たかのよう。しんと静まり返る空気は、静謐さすら感じます。人気の少ない場所を知り尽くしているのかもしれません。
     花壇を通り過ぎて垣根を超えれば、ベンチに座って読書する彼の姿が見えました。
     オリーブ色の長い髪が顔にかかったまま足を組み片手で本を持って読み耽る様子は、なるほど、確かに目を奪われるような光景でした。これが人気の理由の一端なのでしょうか。
     声すらかけるのが憚られてそろりと歩みを進めましたが、草を踏み分けた音で気づかれて、彼は顔を上げました。足を組むのをやめ、勢い良く本を閉じ、視線を合わせます。
    「時間ぴったりだ。遠い場所で悪いね」
    「い、いえ! お待たせしました…!」
    「僕も今来たところだから気にしないで」
     どうぞ、と示された空いてるほうにそそくさと座ります。浮き立つ心が隠せず、にやけてしまう口を必死に押し隠しました。
     ひと悶着ありましたが、楽しみにしていた時間なのです。ぷらぷらと足を揺らしていると、どうぞと何かが二人の間に置かれます。先日と同じココアでした。
    「あの、こんなに何度も貰えないです」
    「気にしないで。仕送りといっても良くない事業で稼いだものだし」
    「よ、良くないとは……?」
    「非合法。美容系だったかな」
     知ってはいけなかったことを耳にしてしまった気がしてゴクリと喉の奥を鳴らすと、恐る恐るココアを手に取りました。まだ温かさが残っていて、両手で握ると心が落ち着きます。
    「大きなお山、だったんですね」
    「うん」
     動物や世帯の数、物流といった経済はスレッタのいた山とは比較にならないほど賑わっていて、聞いているだけで心は踊りました。田舎と都心ぐらい異なります。天と地の差です。
    「そんなに違うの?」
    「はい! 小さなところなんです。私、お手伝いのゴドイさん、姉のエリクト、お父さんにお母さん」
    「……そう」
     ぽつりと漏れた言葉はどこか落ち込んでいるように聞こえました。先程までスレッタを真っ直ぐ見ていた目も逸らされて、前方の虚空を見つめています。
     何か声をかけたほうがいいのかと次の言葉を探していましたが、それで、と相手の方が先に口を開きました。
    「どうしてわざわざ人間の学校に?」
    「えっと、漫画で憧れて、どうしても叶えたくなって」
     同年代と学んだり、ご飯を食べたり、勉強したり。人間から見れば些細な出来事の一つ一つが、スレッタにとっては夢でした。中々波瀾万丈なスタートでしたが、それでも学校に通っている事実が何よりも嬉しいのです。
     一通り聞き終えたエランは、押し黙ってしまいました。もう一度発したトーンは、やはり暗いものでした。
    「君には、家族も希望もあるんだね。……僕とは違う」
     否定。
     良くないことを言ってしまったのでしょうか。先程からの物憂げな顔は自分の故郷のことが原因のようですが、具体的な部分はよく分かりません。拒絶は重石のようにスレッタの心を圧迫していきます。
     でも、あの時のような逃げる素振りはないのも事実です。口調も淡々としていて、むしろ穏やかにさえ聞こえました。つまり、まだ会話する意志が、彼のことを知る機会があるということです。
     つとめて、口を大きく開きました。握りしめた時の爪が手のひらに刺さる痛みが、背中を後押しします。
    「どこが、違うんですか?」
    「……人間社会にいる動物は初めて見たから、興味が出たんだ。よほどの理由がないと無縁の場所だから。でも君は自分の願いだけでここに来た。命じられているだけの僕とは違う」
    「村に、ですか?どうして」
    「元々僕は影武者で、次期長老の身代わりだった。それが終わったら、今度は番を作って村に貢献しろと言われて」
    「つ、番、ですか!?」
     雄と雌。対になる存在。将来を誓い合う二人、つまり結婚相手です。
     それまでの陰鬱な空気も忘れて、きゃあ、と両手で頬を押さえて盛り上がってしまいました。ここは女学校なので恋話への期待は全くしていなかったのですが、興奮を抑えきれません。
     ですが相手の反応は眉を顰めた訝しげな顔つきで、期待を募らせたものとは真逆でした。
    「そんなに興奮すること?」
    「だ、だって、結婚相手ですよ? 夫婦として一緒に暮らして、愛し合って、子供を作って──」
    「興味ない」
    「え……」
     あまりに素っ気ない態度。はしゃぐ自分との落差に愕然としましたが、相手の表情は依然として淡々としています。
    「どうでも良いんだ。将来も、何もかも」
     平然と静かに語る横顔が寂しく見えて少し暗い気持ちになりましたが、でも、とこちらを見た表情は僅かに明るく映りました。
    「君と話すのは楽しいんだ。だから、もっと聞かせてほしい」
     言われたことを少しずつ咀嚼して、口元がふにゃふにゃになった、はにかんだ笑顔を浮かべました。将来にも興味を持てない彼が、自分に興味を持ち、会話を楽しいと言っているのです。
     確かに違うと言われたときや結婚への興味のなさといった価値観の差にショックは覚えました。それでも、最初に話しかけた動機とは異なるものの話したいと改めて言ってくれた気持ちは、自分にとってもとても嬉しいものでした。
    「はい! 私も、エランさんとお話したいです。たくさんお願いしますね!」


     あれやこれやとすっかり話し込んでしまい、気づいたときには最終下校時刻を知らせる鐘が鳴り響いていました。薄く棚引いた雲が、すっかり茜色に染まっています。
    「寮の門限も近いから帰ろう」
     最後に一つだけと息を大きく吸い込んで覚悟を決めると、立ち上がった背をきっと見据えました。
    「私は、エランさんの『特別』ですか!?」
    「……?」
     前振りのない話題転換に固まったのを見て、スレッタは慌てて言い繕います。少し唐突だったかもしれません。
    「先輩方が言っていたんです。エランさんと話すのは私ぐらいだって。それが『特別』なことなら、もしかしたら私達、し、ししし親友なんてしょうか!?」
     エランは熟考したのち、ゆっくりと口を開きます。
    「……さあ。僕にはそもそも親友の定義がわからないから、答えられない」
    「ううう……すみません……」
     思い上がりだったのでしょうか。しょげて落ち込む赤毛の少女の様子からもう少し時間を要することを察したのか、横に座り直して表情を窺います。
     両親のいないエランも特別扱いされたことはないものの、どういったものなのか知識としてあります。ですが、どうしてスレッタが拘るのか理解できませんでした。
    「『特別』は大事なことなの?」
    「大事、です。私にとっては……」
     恥ずかしいことを告白してるような気がして、やっとの思いで口に出すと相手の反応を待ちましたが、エランはじっと見つめて沈黙したままです。自分の言葉を待っていることが分かってますます顔から火が出る思いがしましたが、同時に嬉しくもありました。
    「お父さんもお母さんも病弱な姉にかかりっきりで、私は二の次で──ずっと寂しくて。だから、エランさんの『特別』になれたら嬉しいなって」
     誰かと本音を打ち明けて仲を深めたのは、エランが初めてでした。もしそれが彼にとっても同じ特別なことであれば、これ以上喜ばしいことはありません。
     当の本人は二度ぱちぱちと瞬きをすると、首を傾げました。
    「僕はそれでいいけど。実際にそうなっているし」
    「え!?」
     同室だったり、正体や性別を知っているからでしょうか。
    「でもそれは状況がそうなだけで、別に私が特別だからでは、ない、ですよね?」
    「うん。だから、君はどう『特別』扱いされたいのか、教えて欲しい」
     今度はスレッタが瞬きを繰り返す番でした。
    「い、いいんですか!?」
    「僕に叶えられることなら」
     後付けになるもののスレッタに特別なことをしてくれる、と言っているのです。しかしいきなり言われても、すぐに思いつくことができません。
     混乱する頭をひっくり返した結果、初日の悩みがぽんと出てきました。
    「べ、勉強を、教えてほしいです!」
    「座学だけになるけど、いいの?」
    「はい! すっごく嬉しいです!」
     周囲とのコミュニケーションもそうですが、勉強も何処をとっても不安の種しかありませんでした。同じ動物であるエランが、しかも特別に教えてくれるとなれば、こんなに悦ばしいことはありません。
     上機嫌になって頬を緩ませて体を揺らすスレッタを、緑色の瞳が不思議そうにじっと見つめていました。

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