Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    r_elsl

    @r_elsl

    全て謎時空

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💚 ❤ 🍀 🎉
    POIPOI 40

    r_elsl

    ☆quiet follow

    狸のスレッタと狐の4号が女学校に通う話。
    ※獣が人間に化けている、女装、4スレ

    きみとあなたの我儘な恋心⑤ 一日の授業が鐘と共に終わりを告げてから、十分に時間が経った頃。
     多くの生徒が余暇、勉学、部活動とそれぞれの目標に向かって励んでいくのを、少しずつ傾いていく太陽が見守る中、少女が一人、下駄箱の前で一世一代の勇気を振り絞っていました。
     一点をじっと見据えて大きく深呼吸。震える手で恐る恐る取っ手を掴みます。中にあったのは上履きでした。下駄箱の持ち主は既に帰寮しているようです。
     ほっとして気が抜けそうになりましたが、用事はまだ終わっていません。深呼吸して気を取り直すと、もう片方の手で握っていた手紙を上履きの上へ乗せて、ゆっくりと閉めました。これで完了です。
     胸を撫で下ろすと、全身の緊張が解けて疲れがどっと押し寄せました。すっかり安堵していたので、後ろから近付いてきた人物にも気づかないほどに。
    「スレッタ・マーキュリー」
    「ひょわあ!! ――エ、エランさん!?」
     驚いて振り返ると、静かで穏やかな黄緑色の双眸を湛えた長髪の少女――もとい、女装した少年が立っていました。相手は黙ったままスレッタに近寄り、様子を窺うように全身を凝視しています。
     スレッタは人見知りの為、人の目を見て話すことも人から見られることもあまり得意ではありません。ましてや、こんな風に長く見つめられるのは以ての外。
     ですが、エランにそうされるのは嫌でないどころか、心が浮足立って、そわそわして落ち着かない気持ちになります。嬉しいとさえ思うのです。――不思議な、感覚でした。
     もじもじして両手の人差し指を捏ねたまま、上目遣いに見上げます。
    「あ、あの、どうしてここに?」
     会えたことの嬉しさも同時に、驚きもありました。
     ここは一年生の下駄箱です。ここに来ることはおろか、連絡もしていません。なのになぜ。
    「帰りが遅いから探しに来た」
    「あ……」
     予想していなかった返答に僅かに声が漏れました。
     気にかけて探しに来てくれた事実がじんわりとしみ入るような嬉しさと、心配させてしまったことが申し訳なさ、感謝と罪悪感が入り混じって胸が苦しくなりました。太い眉を下げて、目を伏せます。
    「……心配かけてすみません」
    「謝ることじゃない。何かあったの?」
     そう指摘されて、ぱちくりと見開きました。
     そう、そうです。手紙を出すことに必死で抜け落ちていました。肝心の悩みが、もう一つあったのです。
     手紙に書いた約束の日に向かって自分だけでは解決のしようがなく、かといって無しでは心もとないもの。ですが、優しいエランであれば協力してくれるかもしれません。
     小首を傾げて自分の反応を待つエランに、期待を込めて口を開きました。
    「あの、お願いしても、いいでしょうか」


     数日後、約束した当日――。
     二人は体育館裏に立っていました。
     癖の強い赤毛を揺らしながらそわそわきょろきょろ、明らかに動揺していますが、オリーブ色の長髪を携えたもう片方は対照的なまでに、彼女の様子を静かに見守っています。
    「エ、エランさん、あの……」
    「そろそろ来る頃合いだよ」
    「ひょ――」
     耐えかねた緊張をほぐしてもらおうというささやかな望みは、淡々と打ち砕かれてしまいました。エランとしては、自分で呼び出しておいて挙動不審になる理由が皆目分からなかったのですが。
     とはいえ追い打ちをかけなくても、と傷心を癒そうとしたそのとき、向こうから人影が現れました。
    「あ……」
     スレッタが誤って水をかけてしまった、あの女学生です。真っ直ぐこちらへと向かってきます。
     ですが姿を目にした途端、足が震えました。謝罪の言葉を必死に考え抜いて本日に臨んだにも関わらず、決意は逃げ出したい気持ちに容易く覆われてしまいます。
     一歩、二歩と後退りし、三歩を踏みかけたとき、両肩を強い力で押さえられました。あまりの力にちっとも動けません。びっくりして振り返ると、視界の端にエランの顔が映りました。
    「全部無駄になるけど、いいの?」
     これまでの努力も、これから築かれるかもしれない友情も、全部。
     静かな問いかけが、青い瞳の荒れた水面を鎮めていきます。
    「それは、ダメ、です」
     下げかけていた足を前へ。肩を掴んでいた手が離れました。
    「――行ってきます」
    「うん、頑張って」
     とん、と押された背中ごと体が軽くなって自然と足が動くようになり、駆けるようにして彼女のもとへと近寄りました。
    「あ、あの、私――」
    「ごめんなさい!」
     先に頭を下げたのは女学生でした。
     びっくりして固まるスレッタを他所に、平頭したまま言葉を続けます。
    「あのとき言い過ぎたのと、謝るのが遅くなったのと。お互いにもう少し落ち着いてからがいいかなと思ってたんだけど、まさか怒ってるとは思わなくて……」
    「え? ええ??」
     目を白黒させてうろたえるスレッタに、様子を見に来たエランが後ろから小さく声をかけました。
    「手紙になんて書いたの?」
    「これなんですけど」
     代わりに答えた女学生が、一枚の紙を差し出しました。
    『〇日〇時、体育館裏に来てください』
     白い便箋にぽつんと、一文だけ。
     説明を求める二人の視線を浴びたスレッタは、両手の人差し指の先をつけて、言いづらそうにぽつりぽつりと零しました。
    「たくさん、いっぱい考えて、悩んだんです。けど、段々何を書いたらいいかわからなくなってしまって……そしたらエランさんが、直接言ったほうが伝わるよとアドバイスをくれて……」
     丸めた便箋の山に埋もれながら悶々と悩み続けるスレッタに対して、人付き合いに関して全く興味ないため仲直りへのアドバイスなど全く思いつかないエランがようやくかけたアドバイスでした。しかし、まさかそれが誤解を招く原因になるとは思ってもみませんでした。
     女学生はまだ動揺を抑えきれないスレッタとの距離を詰めると、両手をがっちりと握りました。驚いて身を震わせる彼女の顔を覗き込みます。
    「……怒ってない、てこと?」
    「ももも、もちろんです!」
    「よ、良かった~……」
     半ば叫ぶような返事に、女学生は大きく脱力しました。へなへなと座り込みます。
    「あの、水、かけてしまってごめんなさい」
    「こちらこそ。おあいこってことで」
    「! ――はい!」
     初めて仲良くしようとしてくれた生徒と仲直りができて、ずっと溜め込んでいた心のつっかえが取れたせいか、涙さえ滲みます。
     スレッタの手を借りて立ち上がった女学生は、後方を見やって――目を丸くしました。
    「エラン先輩にも迷惑をかけてすみません――あれ、いない」
    「え、でもさっきまでそこに……」
     会話に混ざっていたはずなのにと振り返るも、確かに姿が忽然と消えていました。遠くまで目を凝らしても見つかりません。
    「い、いつの間に……」
    「体調悪かったのかな……」
    「体調、ですか?」
     食い入るように尋ねてしまって、女学生は仰け反りながら頷きました。
    「保健室登校してるって聞いたから。先輩からは?」
    「な、何も……」
     初耳でした。
     体のことは、本人から教えてもらったり相手が素振りを見せたりしなければ、わざわざこちらから聞くこともありません。でも、同室で過ごしているのですから、気付ける余地はあったのではないでしょうか。
     そもそもスレッタはエランがどんな学校生活を送っているか、全く知らないことに気付いて呆然としました。厭う雰囲気を感じ取って、無自覚に話題を避けていたのかもしれません。
     でも本人が言いたくないかもしれないことを、わざわざ聞くのもどうなのか――。堂々巡りの思考に頭を抱える横で、女学生は「後で謝ればいいかな」と呟くと、スレッタに向き直りました。
    「あのね、気になってるカフェがあって。仲直りできたら一緒に行きたいと思ってるんだけど――どう?」
     夢にまで見た、友達からのお誘いです。思わず目を輝かせましたが、エランのことが気になって後ろ髪を引かれる思いもありました。
     どこに、どうして行ってしまったのでしょう。
     学校内では携帯電話等は禁止されており、そもそもエランやスレッタは持っていない為、連絡手段はありません。ですが、今すぐはわからなくても寮室に戻れば会える――そして、ここまで手伝ってくれたお礼を伝えることができるはずです。
     一瞬躊躇いましたが、スレッタは大きく頷いて笑顔を浮かべました。
     「はい! ――是非!」
     後悔はなくすのはまた後で。今は友達の思いに応えて楽しむときです。
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works