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    r_elsl

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    全て謎時空

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    狸のスレッタと狐の4号が女学校に通う話。
    ※獣が人間に化けている、女装、4スレ

    きみのあなたの我儘な恋心⑧ 触れたくないところには踏み込まない曖昧な距離のまま、スレッタとエランはたくさんの朝と夜を迎えていきます。
     仲直りできた女学生の繋がりでスレッタの交友関係が少しずつ広がったこと、また普段の学校生活の忙しさも相まって、目を逸らしたものは次第に意識の外へと追い出されていきました。
     
     季節の変わり目がやってくる頃、生徒達の学力習熟度を測る定期テストがこの女学校でも行われます。日々こつこつ頑張る者もいれば、一夜漬けで叩き込んで臨む者もいる――全ての生徒に平等に訪れる試験は、もろちんスレッタ・マーキュリーも例外ではありません。その後結果が出るまで不安を苛まれることも、答案用紙を返却されるときのドキドキ感も。
     そしてこの女学校には、もう一つの通知が別の日程に行われます。――学年順位です。
     各学年の上位百人を公開することで褒め称えると共にプレッシャーをかけていく方針で、既に各科目の点数を把握している中で自分の順位を確認しに行くのは相当の緊張感があります。
     ですが、友達や周囲の生徒と悲喜こもごもの感情を共有する時間は唯一無二であり、一種のイベントと化していました。
    「ひょえ……」
     試験結果の貼り出される廊下は、生徒達で埋め尽くされています。
     大勢の人間と一緒に授業を受けることにようやく慣れてきたばかりのスレッタにとって、人だかりの絶え間ないざわめきと密度は怖気づかせるのに十分でした。
     来るまでに抱いていた緊張とちょっとした興奮は何処かへと消えてしまいました。見に行けば終わると己を鼓舞しても、躊躇う足が動く気配はありません。そうして二の足を踏んでいる間にも、休み時間は刻一刻と、無為に過ぎていきます。
     どうしようと頭を抱えていたとき、肩をぽんと叩かれました。
    「うひい!」
     仰天して振り返ると、女学生に笑いかけられます。 
    「ごめんごめん。どうしたの、こんなところに突っ立って」
     本当のことを伝えても馬鹿にされたりしないだろうか――こみ上げてきた恐れを飲み込みます。
    「順位を見に行きたいんですけど、人がすごくて……」
     おどおどと打ち明ける様子と目の前の群衆をきょとんと見比べていましたが、合点がいった様子でスレッタの手を取りました。
    「大丈夫、一緒に行こ」
    「わ、わわ……!」
     迷いない足取りに引っ張られてつんのめりながら人込みを掻き分けていきます。あれこれ思い詰めていたよりも呆気なく順位表の前にたどり着いて、ほっと胸を撫で下ろしました。
     同時に追いやっていた緊張が蘇ってきて、俯いてしまいます。逆に見ていた女学生はあ、と声を上げました。
    「ほら、あそこ」
     指差す方向にあった文字に目を見開きました。自分の名前が、九十番台にあったのです。
     嬉しさが心の底から湧き上がって、胸がいっぱいになります。
     両親や姉たちへの手紙に書くことが、またひとつ増えました。きっと祝福してくれるに違いありません。
     返信の文面を想像すると顔のにやけが止まらなくなるくらい嬉しくて頬をおさえていると、隣の彼女も喜んでくれました。
    「おめでとう! 一緒に頑張った甲斐があったね」
     テストに備えて、放課後毎日勉強会を開いて頭を突き合わせていました。彼女も、スレッタよりも高い成績を残しています。
     己を他所にスレッタのことをあまりに褒めるので、照れ臭さを隠しつつ相手の結果を祝うと誇らしげに胸を張りました。
    「でも、もっとすごい人がいるよ〜。隣の二年生の二位」
     再び指が示す方向へ視線を動かして、固唾を飲みました。
     ――エラン・ケレス。どうしても分からないところがあったとき縋ったのですが、解説は明瞭簡潔で理解度が深いことは明らか、この結果も十分納得できるものでした。
    「エランさん……やっぱり頭いいんだ」
     口に出すと、また一つ彼のことを知れたことが実感できて頬が緩みます。幸せを噛み締めていると、隣の女学生が大きくため息を吐きました。
    「明日は休日だからお茶でもしてゆっくり遊びたかったけど、今日に限って嵐なんてついてないよね」
    「あら――し?」
     目を丸く赤毛の少女に、女学生は逆に驚きます。
    「先生言ってなかった? この時期は雷も雨も多くて、今夜は特に酷い嵐なんだって。怖いよねぇ」
     ぴしりと体が固まりったままの耳には、友人の嘆きは届きませんでした。――スレッタは、嵐が大の苦手なのです。


    「それで、そんな恰好なの?」
     夕飯と入浴を済ませ、エランはTシャツとハーフパンツの寝間着に着替えていました。髪も変化の術の応用で伸ばした長さではなく、本来の短さに戻しています。
     不意の出来事に備えて女装でいるべきかもしれませんが、動きにくい服装に重い頭は窮屈に感じるのです。せめて寝ている間は楽な格好でいたいと思うのも無理はありません。
     彼に似つかわしくない少し呆れた視線は、目の前のスレッタに注がれていました。学校内の売店で買ってきたであろう耳栓を装着し、ブランケットに頭から包まっています。体は震え、見るからに怯えていました。
    「こ、こここれで、大丈夫なはず、です!」
     口先だけは強がっていましたが。
     嵐が苦手であるという話は、先程教えてもらいました。腑に落ちず聞きたいこともありますが、それよりも優先すべきこと。
    「それじゃ意味ないと思う」
    「え――?」
     続けて言おうとした途端、一瞬窓が光り、轟音が鳴り響きました。次に瞬いた時には、目の前の彼女はいなくなり、ベッドの上でうつ伏せに丸まっています。凄まじい速度で飛び移ったのが見えました。
     元が動物の場合変化していても聴覚が優れているので人間用の耳栓は効果がない――エランの忠告は遅かったようです。
     雷鳴を契機に雨足が激しくなり、びゅうびゅうと強い風も吹き始め、窓をぶつかるような音が聞こえてきました。
     嵐が近づいてきたのです。
     再度戸締まりを確認して、カーテンをしっかり閉めてから、スレッタに向き直りました。
    「どうしてそんなに苦手なの?」
     不思議だったのです。野外で暮らす動物であれば嵐に見舞われる日も珍しくありません。山で住んでいたのであれば尚更。
     縮こまる塊に近付いて覗き込むと、中の少女がブランケットの隙間から少しだけ顔を見せました。目尻は赤くありませんが、ブルーの丸い瞳は光っていて、濡れているようにも感じます。
    「エランさんは――何ともないんですか?」
    「僕は別に。影武者としてどんな環境でも暮らせるよう訓練したから」
    「そう、ですか……」
     もぞもぞと半身だけ起こすと、ベッドに尻をつけてぺたりと座り込みます。
     太い眉を下げて顔を曇らせたまま、小さな声で喋り始めました。少しでも音を聞こえなくするために、耳元がブランケットを覆うように首元をしっかり握って。
    「幼い頃みんなで遠い山へ旅行した時、私だけ遭難してしまって。誰も私を見つけられないまま迎えた夜は、酷い雷雨でした……」
     小さな洞窟を見つけて入り込んだ時には、体中の毛がすっかり濡れていました。身震いして雫を落とすと、これ以上雨に濡れて体温が奪われないように、体を可能な限り丸めます。外は、風が吹き荒れ、雷が鳴り響き、雨は全てを鈍色に覆っていました。
     きっとお母さんが、お姉ちゃんが見つけてくれると言い聞かせていましたが、この嵐では動物でも歩くことすらままならないのは分かっていました。
     いつ止むかわからない暴風の中、ひとりぼっちがさみしくて、怖くて、辛くて、泣き腫らすことしかできません。泣き疲れて一眠りした後も雨は止まず、出歩ける程度に落ち着いたのは翌日の昼過ぎでした。
     よろよろと洞窟から出て、疲れきった体を引き摺るように進んだ先でやっと家族と再開することができたのです。
    「落ちてるものが目新しくて、一人でどんどん奥に行ってはぐれてしまった私が悪いんです。けれど、嵐の日はどうしても――あの時の孤独を思い出してしまうんです……」
     そう語る目の前の少女は今も肩を震わせています。一度負ってしまったトラウマは簡単に覆すことができません。
    「大丈夫?」
    「はい……これでもまだ平気なほう、なんです。部屋の中ですし、何よりエランさんがいますから」
     じっと見つめる視線には強い色がありましたが、そう、と呟いて応えないまま淡々と見つめ返すだけです。いまいま彼にできることは何もありません。
    「じゃあ寝ようか」
     とリモコンを押そうとしたとき、スレッタから驚きの声がかかりました。
    「け、消しちゃうんですか!?」
     明らかに慌てふためく彼女に、躊躇いなく首肯します。
    「寝る時間だよ」
    「そ、そうですけど……えーと、えーと……こういった嵐の日は、皆さんどうされるんですか!?」
    「徹夜して好きなことをやる人もいるらしいけど」
    「夜更かし!? そんなことしたら、お、怒られちゃいます! 駄目です!」
    「まぁ、僕は寝れるから」
     先程自分が言ったことを思い出したようで、あからさまにショックを受けました。エランの返答に頭を抱えたまま、ぶんぶんと横に振りました。
    「こ、困ります……電気はつけたままでお願いします!」
    「どうして?」
    「え、えと……」
     瞳が右往左往して、俯きました。言い辛いことなのか、目も合わせられずぼそぼそとした小声です。
    「嵐の中の暗闇が一番苦手なんです……」
    「――そう」
     訓練の中に電気がついていても寝るものがあった為、難しいことではありません。万が一、頭からブランケットを被ればいいだけです。それに、ここまで嫌がる彼女を見ると、無理強いするのは気が咎められました。
     思案して「いいよ」と頷いたその時。
     近くで激しい雷鳴が響き、一瞬の間をおいて
     ブツン!
    と音を立てて、部屋は闇に包まれてしまいました。ブレーカーが落ちたのだと悟ります。
     入口付近を確認しようと身を翻そうとして、くんと服に引っ張られました。ぎゅう、と強い力に意志を感じます。
    「スレッタ・マーキュリー?」
    「あ……」
     無意識だったのでしょう、僅かに力が緩まります。ですが、手が離れることはありませんでした。
    「い、行かないで、ください……」
     先程のほうが遥かに元気があったと思える程のか細い声。息すら荒くなっているようです。
     暗闇をここまで嫌がっているとは、エランは気付けていませんでした。彼女の緊迫した様子に、思わず息を呑みます。
     膝をついて、スレッタと目線を合わせました。夜目にはなれていませんが、心底怯えているのは震える声からでも分かります。
    「ブレーカーを確認しに行くだけだよ」
    「わ、我儘を言ってて、ごめんなさい。それでも――ここにいて」
     ください、という語尾は掻き消えて、吐息に溶けていきました。
     一人凍える洞窟の中。胸に去来したのは、孤独と、捨てられるという気持ちでした。
     親の言いつけを守れないどころか、はぐれて迷惑をかけるような役立たずは、いつ捨てられてもおかしくない――その恐怖が、今でもこびりついています。
     再会できた家族は、とても心配していたようで、何度も慰めてくれました。しかし、自己嫌悪の末に出来た烙印が消えることはありませんでした。
     独りにしないでほしい。側にいて欲しい。
     泣きじゃくる様子はまるで小さい女の子で、痛々しく響きました。
    「何かできることある?」
     エランは、つとめて穏やかに問いかけます。
    「……どんなことでも?」
    「できる範囲なら」
    「――添い寝、してください」
    「…………」
     流石のエランも、この提案には固まりましたし、躊躇しました。一緒のベッドで寝ているところを誰かに見られたらどうするか――懸念が脳裏に過ぎるくらいには、彼はズレていますが。
     しかしこうやって悩む時間も、今のスレッタには不安を増大させるだけです。すぐさま払拭して「立てる?」と聞くと、返答の代わりに体重を傾けてきます。
     スレッタの頭が肩に乗りました。ふわふわした髪の毛に鼻が入る格好となり、華やいだいい香りがします。シャンプーの匂いでしょうか。
     こみ上げる何かを無視して、体に巻かれたブランケットごと抱えると、慎重な足取りで己のベッドに向かいます。驚かせないようゆっくり降ろして横たえると、自分もベッドに腰を下ろしました。
     依然として雷は轟き、雨音は窓を叩いています。この様子だと、朝まで止むことはなさそうです。
    「じゃあ、おやすみ」
     自分のブランケットを手繰り寄せて横になった時、「あの」と声がかかります。
    「――握ってもらえませんか?」
     暗闇に慣れて夜目が利くようになったおかげで、おずおずと伸ばされたのが手だと分かります。エランのを重ねると、凍り付いたような冷たさが伝わってきました。
    「冷たいね」
    「はい……」
     ふふ、と微笑む顔もぎこちなさが残ります。頬にそっと触れれば、同様に冷え切っていました。
     少しでも暖かくなるよう撫でれば、心地よさそうに目を閉じます。
    「暖かいです……気持ちいい」
    「初めて言われたよ、そんなこと」
    「そうなんですか? エランさんは暖かいですよ、出会った時からずっと」
     マイペースなところもありますけど、と口を尖らせて戯けて言う様子は、肩の力が抜けてリラックスしているように見えます。
     ややあって、ぽつりぽつりと他愛のない話を始めました。テスト勉強を手伝ったお礼、難しかった問題、試験期間中に面白かった出来事――。
     訥々と話すスレッタに対してエランの反応は短いものでしたが、二人だけの空間が広がっていました。
     外の激しい音も二人には届きません。スレッタの顔に、怯えはどこにも見られません。
     静かで優しい時間は、二人を次第に穏やかな眠りへと誘うのでした。


     嵐が過ぎ去った翌朝は、一点の曇りもない晴天でした。
     一つのベッドに向かい合って寝る少女と少年の元へ、カーテンの隙間から光が差し込みます。遠くから鳥の囀りが届いて、赤毛の少女は睫毛を震わせました。おもむろに目を開いて、朝が訪れたことに気が付きます。
     嵐の夜を、こんなにも落ち着いて過ごせたのは初めてでした。眠れず苦しむことなく、寝付くまでにちょっと時間がかかったくらいのいつもの日常。
     心底安堵しつつ視線を上げると、少年は今もすうすうと寝息を立てていました。朝日が眩しいのか、眉間に皺が寄っています。
     口を真っ直ぐ引き結んだまま、寝苦しそうにする様子がなんだか面白くて、スレッタは飽くことなく眺めました。
     いくら恐怖に支配されていたからとはいえ、エランがどうしてあれ程我儘を言う自分を受け入れてくれたのか、分かりません。
     どうして優しくしてくれたのか、怒らないでくれたのか。もしかしたらと期待するところはありますが、それ以上に大切なこと。
     感謝の気持ち以上に、胸を埋め尽くす満ち足りた気持ち。相手を知りたい。側にいて欲しい。力になりたい。我儘を受け入れてもらいたい。
     その気持ちを「好き」と名付けると、スレッタは寝そべったままエランのほうへ体を寄せます。
     今日は休日のため、思う存分寝ていられます。それなら、好きな人といつまでも一緒に寝ていたい。側にいられる時間をできるだけ長く過ごしたい。
     エランの胸に顔を埋めて、寝息に耳をそばだてながら、もう一度微睡んでいきます。幸せな気持ちに包まれながら。
     
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