Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    r_elsl

    @r_elsl

    全て謎時空

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 23

    r_elsl

    ☆quiet follow

    ワンライに投稿させて頂きました。お題はチョコレート。
    アリヤ、リリッケもいます

    想いを込めて「ばれん、たいん……?」
     就寝前の準備、地球寮の女子の寝室でふと出た話題だった。呆気に取られたスレッタにリリッケは大きく相槌を打つ。
    「アスティカシア学園の一大イベントですよ〜! 意中の相手にチョコレートを送るんです」
    「最近はお世話になった人や友人に送るのも多く見かけるな。あの日は学園中が大賑わいするんだ」
     ベッドに寝転がっていたアリヤが上半身だけ起こして会話に混ざる。
     お世話になった人。まず心に浮かんだのが、いつも一緒にいるミオリネや地球寮の面々ではなく黄緑色の静かな瞳を湛える彼なのが不思議だった。
     独房で孤独と空腹を抱えていた時。実習で困り果てていた時。いつも手を差し伸べてくれたからだと胸に灯った暖かさと共に納得する。それを意中の人と呼ぶことを、スレッタはまだ知らない。
    「中でも人気なのはやはり御三家ですよね〜。ジェターク寮には受付窓口ができますし、グラスレー寮もサビーネさん達が取り仕切っていますし」
    「あ、あの……!」
     声を上げたスレッタに二人の視線が集中する。
    「エエ、エランさんは……。ペイル寮はどうなんですか……」
     しん、と沈黙が訪れる。二人とも考え込んだりお互いに顔を見合わせたりしている。長い沈黙に耐え切れず話題を変えようとしたとき、アリヤが口を開いた。
    「彼が受け取ってるところをまず見たことがない」
    「ペイル寮が何かしてるというのも聞いたことがないですし。あんなに人気なのに、ここ最近話題にしてる人を聞いたことがありませんね……」
     記憶を掘り返すように、リリッケは顎に手を当てて宙を眺める。
    「1年生の時はあったような気がするんだが…去年は休んでいたな。余程嫌なのかもしれない」
     氷の君だし想像に難くないなとアリヤの呟きに思わず俯きたくなった顔が更に下を向く。あんなにも助けてもらった人に、嫌がられるようなことをしようとしているのかもしれない。贈り物が出来るかもとわくわくした気持ちが一筋の暗雲が差し込んでいた。


     だからと言って、何もしないまま当日迎えるスレッタではない。逃げれば一つ、進めば二つなのだ。放課後に待ち合わせを約束し、エランに思い切って尋ねた。
    「バババ、バレンタインの日はいつも何処にいますか……!!」
    「……会社にいる。色んな人に話しかけられるのが嫌だから」
     滅多に表情を動かさない眉が皺を寄せるほど歪んでいる。ここまで嫌悪を示すのはよっぽどの事なのだろう。スレッタの懸念が確信へと姿を変えていく。
    「そう、ですよね……嫌、ですよね……」
     不快にさせたいわけではなかった。話題に出さないほうが良かったかもしれない。
     彼の顔を見ることができない。暗澹たる気持ちで背中が丸くなっていった時、エランの顔が視界の端に映った。
    「……スレッタ・マーキュリー? どうしたの?」
    「ひょわあぁ!?」
     髪が顔に触れるほどのぞき込まれていて、スレッタは大きく仰け反った。唐突に目の前に彼の顔が現れた驚きと彼の瞳を間近で見てしまった高鳴りと。ばくばくと心臓の音がうるさい。
    「君を落ち込ませるような事を言ったかな。謝るから理由を教えてほしい」
     エランは悲しそうな憂いを帯びた表情を浮かべる。彼が悪いわけではないのに、と申し訳無い気持ちを何とか持ち上げて口をこじ開ける。
    「あ、あの……あの……」
     何と言ったらいいかわからず、言葉が出てこない。でもじっと待ってくれているのが伝わってきて、少しずつ気持ちが落ち着いてくるのがわかった。
    「エランさんにチョコレートを渡したいなって……でもエランさんが嫌なら、迷惑になるなら、渡さないほうが……」
    「学園に来るよ」
     言葉を連ねていくごとに落ち込んでどんどん目線が下になっていったが、即座の返答に思わず顔を上げた。真っ直ぐこちらを見据えている。まるで射抜くような真摯な表情だった。
    「面倒だから逃げてただけ。でも君から貰えるなら、僕は嬉しい」
     一言一句、丁寧に紡がれた言葉がスレッタの胸を打つ。いつも言葉少なに語るエランが力を込めて喋っている。
    「だから当日、僕と会ってくれる?」
    「……はい!」
     一気に晴れやかな気持ちになって、スレッタは満面の笑みを浮かべて頷いた。


     幾日か経って、迎えた当日。
     エラン・ケレスが登校しているという事実は瞬く間に学園中に広まった。差し支えなく贈り物を渡せる日、しかも3年生という最後のチャンスを逃すわけにはいかないと目を光らせた女子学生は数知れず。
    「すごいことになってたよ、氷の君」
     教室でも廊下でも渡す為の行列が出来て、その度に無表情で断ったり逃げようとしたりしても行く先行く先で現れる。どんなにきっぱり断ってもそれがクールで格好いいということで、更に人気を集めるという当人にとって不本意な結果となっていた。
    「あれなら彼が嫌がっても仕方ないだろうね」
    「ひょえええ……」
     昼食を共にしたアリヤから教えてもらって、スレッタは大変なことをお願いしてしまったのでは、と少しずつ現実を理解していた。地球寮の女子たちから教えてもらって、すでに手作りチョコレートは鞄に忍ばせてある。隙間時間でいいから渡せないかとエランにメールしていたが、今は会えないからまた後で、という返答のみだった。
    「でもエラン先輩はスレッタ先輩の為に来てくれたんですよね?すっごいロマンチックですよねぇ〜」
    「ろろろろ、ロマンチックだなんてそんな……」
     リリッケの言葉を必死に否定しようとしたが、事実なので説得力がない。
     スレッタの為にエランが来てくれた。その1つの事実を確かめるごとに、顔が赤くなっていくのを感じる。
    「とりあえず、彼と君だけが会えるような場所があればね」
    「そんなところあるんですかねぇ。寮の自室にも押し掛けて来るって噂でしたよ?」
     彼にまだ会えていない。その事実もまた、スレッタを落ち込ませるものであった。
     こんなに迷惑をかけることになるとは思っていなかった。彼に会ってチョコレートを渡して、ありったけの感謝を伝えたい。その気持ちだけが、スレッタを今一番奮い立たせていた。


     放課後、意を決してエランに今会えますか、とメールを打つ。
     返事を待つ間、荷物を片付け、お手洗いも済ませた。チョコレートも潰れていないかもう一度確認した。だがそれでもメールは返ってきていない。
     何をして時間を潰そう、と沈んだ気持ちで考えようとしたとき、通知音が鳴った。慌てて生徒手帳を開くと
    「『地球寮にいる』……?」
     どうして、と思う前に鞄を掴んで走り出していた。今行きます、とだけ返信して生徒手帳をポケットにしまう。
     確かに地球寮なら他のスペーシアンの生徒は入ってこない。そもそもペイル寮の筆頭が地球寮にいるなんて思いつきもしないだろう。教室から地球寮への距離がいつも以上に遠く感じられて、スレッタは全速力で駆けた。
     

     波打った心臓を深呼吸で落ち着かせながらラウンジの扉のノブを掴むが、手が汗ばんでいてつるりと滑る。慌ててハンカチで拭ってから、もう一度掴んで押し開けた。
     散らかったように置かれたソファの1つに、灰色がかった緑髪の少年が座って読書していた。扉が開く音に本を閉じて顔を上げる。
    「スレッタ・マーキュリー」
    「エランさん……!!」
     駆け寄って姿を確認する。
     穏やかな黄緑色の瞳を近くで見つめると、ようやく会えた、良かったという気持ちがこみ上げてきた。同時にここにいるエランがどうしても馴染まなくて、疑問が湧いてくる。
    「どうして地球寮に……?」
    「外を歩いてたらミオリネ・レンブランに会って『人払いするからさっさと地球寮に来ること!』と鍵を渡された。流石に鍵は返さないといけないと思ってここで誰かを待ってた」
     人払い。そういえばいつもなら地球寮の面々がラウンジで遊んだり食事したりしている筈なのに誰もいない。ミオリネのおかげだろうか。後でお礼を伝えなければ。
    「でも、君に会えて良かった。もう難しいかもと思ってたから」
     はっと思い出して、スレッタは鞄の中から取り出したチョコレートを両手で差し出す。緊張で前が見えないが、腕は真っ直ぐエランのほうへ向けた。
    「あ、ああああ、あの!! う、受け取ってください!!」
    「うん。貰うね」
     ふっと手の中の重さが消えて顔を上げる。まるで眩しいものを見るように目を眇めて、少しだがしっかりと微笑んでいた。彼の珍しい笑顔にスレッタは嬉しさがこみ上げる。
    「今開けてもいい?」
    「ももも、勿論です!」
     スレッタに隣に座るよう促すと、エランも座って丁寧にリボンを解く。ビニール袋を開けて中のチョコレートをひとつ掴んだ。
    「味の好みが分からなかったのですが、甘いものを好きな印象も無かったのでカカオ多めに作ってみました……ど、どうでしょうか?」
     口に含んで咀嚼する様子を、スレッタは張り詰めた面持ちで見守る。ゆっくり味わって飲み込んでから、
    「美味しいよ」
    「……良かったです!!」
     言葉にならない気持ちを押し殺して、何とか絞り出す。
    「いつもエランさんにはお世話になっていて……その感謝を少しでも伝えたくて。でもこんなにご迷惑をおかけするとは思わなくて、本当に……」
     自分が言い出さなければここまでの事態にはならなかったのに。感謝を伝えるはずがいつの間にか謝罪を口にしようとしていたスレッタをエランは遮る。
    「今日来て良かった。君から贈り物を貰えてよかった」
     まじろぎもせず見つめる黄緑色の瞳に、スレッタは引き込まれるように固唾を呑んで見つめ返す。
    「本当にありがとう」
     目元が和らいで、口元が僅かに微笑んでいる。決闘の宇宙遊泳で垣間見た時の表情と同じ。彼の優しさがしっかりと表れていた。
     嬉しさのあまり花が咲きほころぶような笑顔を浮かべたスレッタはチョコレートに関する話題だけではなく、最近合った出来事を話し出した。それにじっと耳を傾けるエランはやはり微笑んでいて、氷の君とまで呼ばれた面影はどこにも無かった。
     しかし二人の無自覚ながらも甘い雰囲気で影で見守っていた地球寮の面々は出るに出られず、後で散々リリッケ達に根掘り葉掘り聞かれたのは別の話。

    <了>
    20230211
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💚❤💚❤💚❤💚❤💚❤💚❤💚☺❤☺💚☺💖💚❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works