消えない灯火 ーースレッタ・マーキュリーとの決闘後。
ファラクトは稼働不可、エアリアルは推進ユニットを破壊され、お互いに疑似宇宙空間を漂うしかなかったが、決闘委員会の宇宙艇でようやく戦術試験区域から離脱することが出来た。
宇宙艇から降りて、ヘルメットを外して一息つく。新鮮な空気、重力で地につく足。宇宙空間にはない安心感が滲む。
見上げれば、2機が決闘委員会の機体によって回収され始めていた。特にファラクトはほぼ破壊されており、辺りに部品が浮かんでいる。パイロットである自分の敗北という事実を再認識するが、感情は何も湧き上がってこない。穏やかな波のように凪いでいる。
「エランさん!」
ぼんやりと眺めていると、少し間を置いて降りてきたスレッタに声をかけられた。慌ててヘルメットを外すと深呼吸し、意を決したような面持ちで拳を握り締めた。
「あ、あの!明日良かったらデ、デートしませんか!?」
「……明日?」
「は、はい。明日は休みですし、前は……あ、あんな事になっちゃったので、また出来たらな、と」
最初のデートはペイル社からの指示でエアリアルの情報収集の為にこちらから誘った。エアリアルの機体性能に感情が昂ぶり、そしてーー。彼女のあの表情が脳裏に浮かび、少し胸が痛む。
「あの時は酷いことを言って君を傷つけた。ごめん」
「いえいえ!私も誕生日を聞いてしまいましたし…」
言いにくそうに目線が下を向いたが、すぐに再度視線を合わせてきた。
「だから明日の10時に、一緒にどうでしょうか!?」
確かに今日はもう遅い。門限が近付いている。
だが明日となればペイル社から呼びつけられるだろう。理由は明らか、連れて行かれ自分の身に何が起きるかも理解している。それでもーー。
「うん、分かった。あの時計台の前のベンチでいいかな」
「……はい!」
今は当たり前のように明日の日常を楽しみにしていたい。会社の指示でも何でもない、自らの意志で彼女と過ごす時間を夢見たい。こんなにも嬉しそうにする笑顔を汚したくない。
自分に聞きたいこと、行きたいところ。満面の笑顔で話す彼女に、こちらも自然と顔が綻んでいく。
会社の機密を知った者は即死扱いとなる。明日待ち受けていることは決して話せず、恐らく自分の死も伝わらないかもしれない。約束を反故にしたとして、また傷つけてしまうかもしれない。それでもいつか、スレッタとのデートを楽しみにしていたという気持ちが伝われば十分報われる。
それだけのものを彼女から貰った。
『エラン・ケレス』でもなく『強化人士4号』でもなく、一人の自分として処刑台に存在することができる。
苦しみしかないと思っていた暗闇の世界を、ケーキに立てられた一本のろうそくがいつまでも照らしてくれる。
「ハッピバースデートゥーユー……」
‹了›
20221108