大きくて柔らかいのはいいと思う「……本当に、いいの?」
「ど、どどどど、どうぞ!!」
ペイル寮の一室では、部屋の主であるエランとスレッタがベッドに座ったまま向かい合っていた。
両手を広げて受け入れ体勢を取ってはいるものの、全身を強張らせ両目も固く瞑られている。顔は髪の色に負けず劣らず真っ赤だ。口とは真逆の様子に、エランは踏み込めずにいる。
始まりは「胸は疲れを取るらしい」というスレッタの提案だった。なんでもコミックで読んだらしいが、恋愛物だろうか。どんな内容か気になるので今度貸してもらうことにする。
確かに、自分も知識としては女性の胸部は柔らかいという認識はある。男性の体では得られない柔らかさで、好きな人なら格別に感じるということも。
でも本当に必要な行為なのだろうか。性欲はあることにはあるが、我慢できないほどではない。強化人士としての人体実験に比べれば尚更だ。それに性行為は女性への負担が大きく、加えてスレッタは恥ずかしがり屋、許可されてない限り踏み込んではいけない領域である。
はた、とそこで思考が一度止まる。
許可はされているのだ。口と姿勢だけだが。本当にされて嫌なことははっきりと拒否できる彼女がいいと、体全体で表現している。だからこれは、踏み込んでいい領域なのだ。影武者や強化人士は一切関係なく、一人の人間として、スレッタの恋人として。
進めば2つというがこの場合は──スレッタの胸を柔らかさを知り、関係を深めることができる。
「じゃあ、遠慮なく」
腕を伸ばして脇腹に触れると、震えがひときわ増した。羞恥に耐えながら待っていてくれたのだと思うと微笑ましい。
目元を緩ませながら背中に腕を回して、頬が制服に触れると、体がびくんと跳ねた。それでも嫌がろうとしない少女に感謝しながら深く顔を埋める。
制服の上からでは正直それほどではないだろうと思っていたそこは、ふわりとエランを迎え入れた。
「……?」
今までにない感触だった。
弾力がありつつも自分の頭の形に沿って沈む。優しく包まれるような感覚。しかもまだ触れた程度であり、恐らく普通よりも大きい彼女の胸はまだ進められる深さを持っていた。
思わず腕に力がこもる。顔を更に埋めると、スレッタが身じろぎした。
「んっ……」
「あ、ごめん」
「大丈夫、です」
体を離そうとしたが逆に抱き込まれる。このままでいいということだろうか。改めて許された気持ちになって、惜しげなく堪能することにした。
頬だけでなく鼻や口まで包まれると、柔らかさだけではなくスレッタの体温も感じられる。暖かさに身を委ねていると、まぶたが自然と重くなった。
どうやらだいぶ溜め込んでいたらしく、自覚すらできていなかった。見えないところに押し込まれていた、通常の授業や決闘委員会の業務、何よりペイルでの人体実験の疲労を引き出されて、体全体が沈んでいく。
スレッタに寄りかかっていた体は完全に体重を預ける形になり、ベッドに寝るスレッタに覆いかぶさる格好となった。
エランにとって、睡眠は決して気持ちのいいものではない。頻繁にうなされていて目覚めも良くないが、今日は違った。
「エラン、さん?」
スレッタに呼び掛けられるが、反応することも出来ない。微睡みの中で呼ばれたことを認識しつつも、意識を手放した。
呼びかけても答えることはなく、様子を窺っていると静かな寝息が聞こえてきた。
「え、えと。寝ちゃったの、かな……」
疲れを取るはずだったのだが、まさか睡眠効果があるとは。それだけ疲れていたのかもしれない。
そっと頭を撫でる。いつもは見下されるのに今だけは見下ろす側になっていて、見慣れないつむじや後頭部の跳ね具合が愛おしい。しばらく眺めて満足したあと体を動かそうとしたが──出来なかった。がっちりと抱き締められて、全体重を乗せられいる。それが男性一人分となれば、パイロットとして鍛えているスレッタであっても難しかった。
また、無理に体をずらそうとすれば、エランが起きてしまうかもしれない。こんなに気持ちよさそうに寝ているのに。自分の胸を枕にしている状況はとんでもなく恥ずかしいのだが、眠りを妨げることだけは避けたかった。
つまり、自分もこの体勢で居続けなければならないということ。羞恥極まる状況を、一人で、静かに、ずっと。
「……どうしよう……」
ぽつんと呟かれた言葉は誰にも拾われることなく、空中に消えた。
エランが設定した門限に戻るためのアラームが鳴るまで、あと2時間。
<了>
20230921