明日も君のとなりで※if世界線、本編その後
※設定改変、独自解釈
日の傾きによって、一日の終わりの到来が告げられる頃。
決して裕福ではなく自給自足がやっとであろうことが一目瞭然な小さな村でも、家々や草木は黄金に包まれていた。仕事を終えた村人達は各々の足取りで帰路につく。
だが、一人だけそんな素振りを見せない女性がいた。村の外れの丘に置かれた一つのベンチに座り、真剣な表情で端末を操作している。一心に思考を巡らせていた為、後ろから近づく足音にも気づかなかった。
「スレッタ・マーキュリー」
赤毛が揺れて、丸く青い瞳が彼を捉えた。安心したように緩む表情に、黄緑の瞳孔が静かに見返す。
「エランさん」
「もうすぐ門限だよ。帰ろう」
しかし微動だにしない彼女を不思議に思って、前へ回り込む。覗き込んだ端末には、あらゆる種類の椅子が表示されていた。
「これは?」
「カタログです。捲っても捲っても読み終えられなくて……こんなに沢山の種類の椅子があるなんて知りませんでした」
えへへ、と照れ臭そうに笑うが、少々疑問があった。二人が暮らす家に椅子は不足していない。破損もしておらず、辺鄙な村のため来客の足取りも遠い。必要性が見当たらなかったが、自分の思考が足らないだけかもしれない。
「何か欲しいものはあった?」
「えっと、買いたいわけではなくて……エランさんのイメージに合う椅子を、探していたんです」
「……僕の?」
ぽかんと口を開ければ、はい、と満面の笑顔を浮かべた。
曰く、彼女の心象風景では、彼女を囲むように関わった人々がそれぞれの椅子に座っているらしい。勿論その中にエランは含まれており、弁当を届けたあの時からずっと正面から見つめていた。だが、エランはかけがえのない存在としているものの、どういう椅子に座っているのかが想像つかないのだという。
右隣を空けてもらって、所在のなかった体を落ち着けたエランはこっそり息を吐いた。自分の思い至らなさとは関係がなかったようだ。
門限まで時間はまだあることを確認して、スレッタの話に耳を傾ける。
「最近は目の前というのもしっくり来なくなってしまって……ヒントを求めてカタログに頼ってみたんです」
「僕の椅子はわかりやすいと思うけど」
「え?」
迷い無く指を指したのは、端末に偶然表示されていた簡素な木組みの椅子。
「顔も身分も名前も何もない僕にはぴったりだよ」
「えと、あの、これ私の心の中の話であって」
「その人の持ち物も形作るものの一つだよ。君がくれた誕生日と、君との生活以外何もない」
抗いようのない事実だった。
ペイルから奪われたものは何も戻ってこない。悲観するわけではないが、直視しなければ見えてこないものもある。
「エランさんは何もないなんてことないです!それにエランさんがどう思ってても、私にとっては、優しくて、新設で、すごく──暖かい人なんです」
真っ向から否定されて面食らったが、それより気になる言葉があった。冷たいと散々言われたことはあるが。
余程変な顔をしていたのか、私のイメージの問題です、とスレッタはむうと頬を膨らませた。
「だから、塗装されて丸みのある、優しい印象の椅子を探していました。場所についても、エランさんのおかげで解決しましま」
空を思わせるような青い瞳が細められて、エランの手を取る。
「私の話を聞いてもらうことが、幸せな時間でした。だからきっと、エランさんの椅子はベンチです」
二人がけの、と恥ずかしそうに笑う彼女に、言いようのない感情がこみ上げてきた。何とか抑え込んで、どうにか口を開く。
「じゃあ、隣にいないとね」
「はい。ずっと、ずっと一緒にいてくださいね」
頬を染めた、夕日を浴びて黄金色に輝いた彼女の微笑みに目を奪われる。とうとう耐えきれなくなって、衝動に突き動かされるように肩を寄せて額を合わせる。
欲のこもった視線でじっと見つめれば、それは二人だけの合図。恥じらうように視線を彷徨わせ、青の瞳はそっと伏せられた。睫毛を震わせて口を差し出す。
スレッタの隣にずっといたい。互いに通じ合った、自分の中にある願いを確かめて、唇を押し当てた。
<了>
20231014