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    pesenka_pero

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    pesenka_pero

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    そのうちノスクラになるはずの吸血鬼転化後のクラさんをかいがいしくお世話するドラちゃん。

    窓の外は星の海 夜も更けた外は暗く、屋内は明るい。

     まるで星の海のようだ。かつての私には想像もつかないほどの高みから、新横浜という名称らしい町を窓ガラス越しに見下ろしている。夜も遅いのに、地上の一面がさまざまな色の眩い光に彩られていて、200年も前のひなびた村で暮らしていた私の知る夜ではなかった。

    「あの頃はせいぜい街灯ぐらいで、ネオンなんてありませんでしたからね。列車も車も。」

     背後に立った痩せた男が私に話しかける。振り向くと確かに彼はいる。血の気が失せた青白い肌色で、影のように細長い痩身、こけた頬、更には黒いマントをまとうといういかにも吸血鬼然とした風貌だが、骨ばっていて険のある顔つきとは打って変わって、こちらに笑いかけてくる表情は朗らかで人懐っこく、好感が持てる。彼が吸血鬼であろうと私は退治したいとは思えない。

     どう返事をすればいいのかわからないまま、また眼前の窓ガラスに向き直る。背後の吸血鬼の姿は映っていない。そして私自身もまた。外が暗いから鏡のように室内を映し出す窓ガラスだが、吸血鬼である彼の姿も、私の姿もそこにはなかった。

    「……私は、やはりもう人間ではないのか。」

     つい呟くと、吸血鬼は背後から私の肩に軽く手を乗せた。

    「そうまで悲嘆に暮れることですかねえ。私、生まれた時から吸血鬼やってますので、その気持ちちょっとよくわからなくて。まあ日中に出歩けたらタイムセールとか野外のテーマパークとか時間を気にせずに行けて便利だったのになあとは思いますが。でもごらんなさい。200年前は到底見られなかった夜景です。夜も決して悪いものじゃありませんよ。きらびやかで、まるで星の海だ。」

     タイムセールとか野外のテーマパークとかのフレーズは初耳なのでよくわからなかった。しかし星の海とは。彼の目にもそう見えるのか。改めて町を見下ろしたが、いかんせん高すぎてくらくらと眩暈がする。訊けばここは20階だと彼は答えた。教会や鐘楼など、ある程度高い建物があるにはあったが、基本的に平屋の民家を巡り歩いていた私にとっては驚異の階数だ。正直に言って怖い。窓ガラスに隔てられてはいるものの、足がふらついて前にのめってそのまま落下してしまいそうな錯覚に陥る。私は今どこにいるのだ? 何故ここにいるのだ? 本当にここにいるのか? 窓ガラスにすら映らないのだ。何もかもがあやふやで、夢の中をさまよっているかのようにおぼつかない。

    「新幹線が止まるだけの虚無駅とはいえ、この高さから見下ろせばなかなか乙なものですね。なんだかんだと何年もここで暮らしておりますが、私も泊まるのは初めてです。なんせ徒歩圏内ですから。ここは新横浜ヴリンスホテル。まあ言うても所詮ビジホなので、大浴場があったりするわけではないのですが。何か入用なものは、と聞くだけ無駄でしょうね。適当に見繕ってきますから、どうぞごゆっくりお過ごしください。」

     踵を返してドアに向かわんとする彼を慌てて引き留めた。
     
    「ま、待ってくれ! ここに泊まれというのか? 私は無一文だ、宿代など支払えない!」

     私としては必死の訴えのつもりだったのだが、振り向いた彼はきょとんとした顔で首を傾げた。
     
    「宿代? そんなものいりませんよ。だってドラドラちゃんけっこう稼いでますし~。クソゲーレビューとかスパチャとか。基本的に生活費は若造、いや同居人持ちなので、あまり使い道がないのですよ。あなたひとりくらい、何なら年単位で養えます。むしろ、あなたのようなバブちゃんをよりにもよってこの魔都シンヨコに放牧するほうが心配でいても立ってもいられません。ぶっちゃけた話、出るマンガ間違えてません?」

     クソゲーレビューとかスパチャとかバブちゃんとか、さっぱりわからないフレーズをどんどん盛り込んでくるのはやめてほしい。反論したくともどう反論すればいいのか皆目見当もつかなくて、口をつぐまざるを得なくなる。

    「お金のことなどあなたが気にする必要はないのです。今後のことはさておき、今のところはとりあえずここにいてください。私はいったん席を外しますが、外には絶対に出ないでくださいね!? 初心者が魔都シンヨコをなめたらあかん! 死にはしませんが徹底的に尊厳破壊されますぞ! 身ぐるみはがされてマイクロビキニをまとわされ股間が乱れ咲き衆人環視の前でY談ぶちまける羽目に陥りますからね! では!」

     何を言われているのか本当に理解が追いつかなくて、マントを翻して立ち去る彼を私は呆然と見送るしかなかった。だが部屋を出た直後に彼はまたするりと戻ってきた。

    「手際のよさがRTAのごときことに定評のあるとっても器用なドラドラちゃんですが、買い物にはどうしても多少時間がかかりますので、先に入浴しておいていただけますか? 現代の風呂の使い方を教えておきますよ。」

     ドアの手前にある別のドアを開ける。中にはおそらく便器と浴槽のような装置があったが、全体的に真っ白で清潔すぎて、隙間風が多くて湿った木造建築に慣れ親しんできた私の知っている浴室とは程遠い。とまどっていると、彼は浴槽らしき長方形の白い桶に設置された円い筒を回した。蛇口の先から熱いお湯がすぐに出てきて驚いてしまう。あの頃は、汲んできた水を火にかけて一から沸かすしかなかった。

    「十分にお湯がたまったらこのノズルをこちらに回して、そうすれば止まります。寒いのでしょう。服を脱いで、ゆっくり浸かっていてください。あーそれにしてもあなたの服、ぼろぼろですねえ。これ、あとで捨てていいですか? このドラドラちゃんの天才的裁縫スキルをもってでもさすがに修復不可能ですよ。よほど思い入れがある服ならばもちろん配慮はしますが。吸血鬼はおのれの持ち物に執着するものですしね。しかし野球拳大好きTシャツ重ね着とかダッサ! うちのゴリラでもためらうファッションセンスですって! ……いや、今のは言いすぎでした。申し訳ありません。取り急ぎ、ちゃんと新しいのを買ってきますから。シンヨコにも服屋はありますので。ではそういうことで。またのちほど。」

     私に口を挟む余地を一切与えず、矢継ぎ早にまくし立てると彼は踵を返して今度こそ部屋を出て行った。私はひとり取り残された。
     
     彼は高等吸血鬼ドラルクと名乗った。私のことも、吸血鬼であると言い切った。

     私としても、今の自分が不潔で見苦しいのはわかっていたので、湯を準備してもらえたのはとてもありがたかった。甘えさせてもらってもいいのかためらいはあったが、誘惑には勝てない。ぼろぼろの衣類を脱ぐと、十分に湯がたまった浴槽に浸かる。彼が調節していったから適温なのだろうが、私のこの冷え切った体には火傷しそうに温かくて、情けないことに泣けてきた。

     私はずっと凍えていた。ひとりぼっちで寂しかった。どこにも行くあてがなかった。温かい浴槽の中で膝を抱え、誰にも届かないだろう声を殺しながらしばらく涙がとまらなかった。あの吸血鬼は、何故どこの誰ともつかない私にこうまでよくしてくれるのだろうか? 私はここにいてもいいのだろうか?
     
     自分の身に何が起こったのか、まるで理解できない。この地で目覚めてからというもの、どうにも眠くて頭が回らず、詳細は思い出せないのだが、確かに私は死ぬはずだったはずなのだ。暗い夜の森で野犬の群れに襲われた。手足を食いちぎられ、おそらく腹も裂かれてはらわたを引きずり出された。痛かった。寒かった。私の人生はこれでおしまいなのだと悟り、目を閉じようとした。その先がどうもいまいち思い出せない。ふと我に返ると、あとで教えてもらうことになるネオンとやらがやたら明るいこの町にいた。こんなにも眩い光景を私は知らない。夜ともなれば平屋の中で灯される蝋燭や暖炉の灯りが窓から漏れ出るばかりで、深夜の外出の際にはランタンやたいまつを手に掲げる、そんな時代を生きていたのだ。それが今、ここはどこもかしこも明るすぎて目が眩む。

     見慣れない服装で道行く人達の声に耳を澄ませるが、どうやら異国の言葉らしい。私にはひとことたりとも聴き取れない。どうするべきなのか本当にわからない。

     髪も髭も伸び放題で我ながらぼろぼろの見苦しい状態だったから、見慣れないでたちながらも小奇麗な人々に横目で見られてはひそひそと囁かれる。何を言っているかはわからないが、だいたい推測できる。何故私は異国の地に来てまで生き恥をさらさねばならないのか。私はそれほどの罪を犯したのか。もういい、もういいのに。
     
     私が犯した罪とは何なのだろう? 私は神に仕える悪魔祓いだった。人間に害をなす邪悪な悪魔を一匹残らず殲滅するのがお前の使命なのだと幼い頃から教え込まれ、悪魔を穿ちその命を絶つための杭を与えられた。私はクラージィ。黒い杭のクラージィ。

     だがあの日、粛清対象として追い求め、ついに突き止めた「吹雪の悪魔」の居城で私を迎え入れたのは、ころころと笑うお喋り好きの無邪気な少年だった。尖った耳と青白い肌はなるほど吸血鬼のものだったが、温かい紅茶と手作りの焼き菓子で私をもてなしてくれた。

     神よ、血で染まり黒ずんだ杭をこの子の胸につき立てろというのですか? そんなこと、できるわけがない。私にはとてもできなかった。

     孤児院出身の私では手に取るのもためらうような、見るからに高級品のカップにソーサーまでつけて、それまでに口にしたこともない上等のお茶をいただきながら、その少年が一方的にまくし立てる話を聞かされていると、突然激しい冷気に襲われた。荒れ狂う吹雪をまといながら窓を破壊せんばかりの勢いで乗り込んできたのは、まず間違いなく私が追い続けていた吹雪の悪魔、ノースディンだった。

     雛にも稀な、眉目秀麗の男だった。服装も上等で品がよく、一見した限りでは、気まぐれや道楽でわざわざ田舎の屋敷で余暇を過ごす貴族のようにしか見えないだろう。彼に礼儀正しく丁重に接されたなら、朴訥な村人が惑わされ、口々に「あの人は貴族なのに田舎者にも親切にしてくれる善い人だ」と持てはやすのも無理はない。しかし私は、どうやら実子ではないらしい、無邪気だが生意気でもある少年のために、なりふりかまわず決死の形相で駆けつけてきた彼にも目が覚める思いがした。

     神よ、改めて問いたい。見ず知らずのこの私を美味しい紅茶とクッキーでもてなしてたくさん話をしてくれた少年と、実の息子でもないらしいその少年を守らんとして自分が犠牲になることも辞さなかった男に、杭を打て、粛清せよと命じるのですか? できるわけがありません。私が掴んだ杭の先を男は自分の胸に押し当てたが、どうしても力が入らない。彼らをこの手で滅するくらいなら、私が異端とみなされて拷問の末に殺されるほうがまだましだった。

     人類に仇を成す悪魔は一体残らず塵と帰せ。杭を打て。その使命を果たせなかったばかりか、教会に直談判しに行った私は、当然のごとく破門され、追放の身となった。その処遇に不満を一切抱かなかったとは言いづらいが、決して後悔はない。彼らに杭を打たれて滅されるほどの罪があるとはどうしても思えなかったのだ。
     
     教会からは追放され、身を寄せる場を失ったが、異端者として即時処刑されなかっただけまだましだった。どこに行こうと教会の庇護を剝奪された破門の身として指を差され、空腹を抱えてさ迷い歩く、私の流浪の旅が始まった。
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    Replies from the creator

    pesenka_pero

    SPUR MEこちらの「密室( https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19509352 )」その後のノスクラ進捗です。私はとにかくこいつらをイチャイチャさせたい。
    密室その後 目が覚めると、私はそろそろ見慣れてしまったヴリンスホテルの一室のベッドに仰向けで横たわっていた。他の地のグループホテルのことは知らないが、ここ新横浜は吸血鬼が多いため、吸血鬼用に完全遮光仕様の部屋も数室用意されている。灯りの消えた室内は暗いが、今が夜なのか昼なのかよくわからない。

     私の上腕近くにはいつものように重みがあった。今更確認するまでもない。ノースディンが私の腕を枕にして眠っている。ああ、またやってしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいになって、私は彼に向き直るとその体を抱きしめた。普段よりもひんやりしていた。私のせいだ。


     私はクラージィ。人間だった頃は悪魔祓いとして教会に仕え、黒い杭のクラージィと呼ばれていたが、二百年の時を経てこの新横浜に吸血鬼として目覚め、私を吸血鬼化した氷笑卿ノースディンと再会し、「昏き夢」という新たな二つ名を与えられた。ある日突然発動した私の能力に由来するのだが、その時の私は意識がもうろうとしていたため、何をしでかしたのか正確には思い出せない。
    1820

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