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    pesenka_pero

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    pesenka_pero

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    そのうちノスクラになる予定の、ドちゃんにかいがいしくお世話されるクラさん続き。

    「アウト! セーフ! よよいのよい!」

     旅の途中で力尽きて野垂れ死んだような覚えがあるのだが、ふと我に返ると何故かまだ死んでいなくて、頭と口回りに布を巻いた男に謎の勝負を挑まれていた。ルールもよくわからないまま、操られるように人差し指と中指だけを突き出すと、五指すべてを広げていた男がぷるぷると震えながら服を脱ぎ出した。なんで脱ぐんだ。意味がわからない。

     しかし突然異国の地で目覚め、道行く人達が発する異国の言葉がまるでわからず誰とも会話すらできずに心細かった私だったが、その謎の男にはどうにか通じたのだった。お互い片言ではあったが、とにかく私は必死で窮状を伝えた。
     
    「男を脱がす趣味はねえが、さすがにその恰好はいただけねえな。ボロボロで腹まで見えてんじゃねえか。いくらシンヨコったっても職務質問待ったなしだぜ。とりあえずこれ着ておけや。」

     別れ際にその男は、前面に異国の言葉が記されたシャツをくれた。新品で清潔な衣服など久しく手に取る機会がなかったので、純粋にありがたかったし嬉しかったが、謎の勝負で勝手に脱いでいって、尻まで剥き出しにしながら小脇に衣服を抱えて立ち去って行く彼を、どんな顔で見送ればいいのか非常に悩ましかった。まあ多分いい人なのだろう。

    「しかし寒いな……」
     
     どうしてこんなにも寒いのだろう。町の人々を横目で窺うが、上半身はせいぜい長袖一枚だったり半袖の人もいる。絶対に冬ではなさそうなのに、何故か私だけが氷の杭を打ち込まれたかのように体の芯から凍えている。このまま路地裏などで眠ってしまえば凍死できるのかもしれない。どうせ行くあてもないし、言葉も通じない地でこの先どうやって生きていけばいいのかもわからないのだ。永眠できるならばそれが一番いいとも思えてしまう。

     破門されたとはいえ聖職者だった身だ。自分の手で自分の命を絶つことは許されない。しかし寒くて、疲弊して、暗いところに行きたがる私を、衣服を恵んでくれた親切な御仁の言葉が引き留める。

    「この町で困ったことがあるならとりあえずあの場所へ行け。」

     教会から追放され、どことも知れない国に迷い込み、言葉も通じない私を今更導ける者がいるのだろうか。


     そこで私を迎え入れたのは、痩身で髪を二本のツノのように尖らせた吸血鬼だった。初対面であるはずだったが、その特徴的な髪形に何故か見覚えがある気がする。

     異国語でしばらく話しかけてくれてから、彼は私に言葉が通じていないと察したか、突然流暢なルーマニア語で話し出した。

    「どうもあなたは私の血族の一員だと思えてならないのですが、これなら伝わりますかな?」

     私の故郷の言語だ。おそらくは高貴な生まれなのだろう。発音が美しくて耳に快かった。あまりにも懐かしくて、情けない話ではあるが思わず涙がこぼれた。そうだ。私はずっと、寂しかった。教会から追放されて寄る辺もなくさまよい続け、自分の境遇を知られると嫌悪の目で見られて、また別の地に移動する他はなかった。誰かに話を聞いてほしかったのだ。

     そして私は、おぼろげでもつれた記憶から、自分が悪魔祓いだったこと、しかし悪魔の親子、いや子供とその子を庇う男に杭を打つことができずに破門されたこと、長らくさまよったのちに酒場で食事を振舞ってくれた男が吸血鬼だったこと、野犬に襲われそうになった彼をとっさに庇ったこと、死んだはずなのに何故か今、この夜でも眩い異国の街に流れ着いていて、どうすればいいのかわからないことを話した。

     私の話を聞くにつれ、にこやかだった彼から笑顔が消えていった。

    「ちょっと失礼します。」

     ローテーブル越しのソファーに座っていた彼が、おもむろに立ち上がって私のすぐ隣に腰を下ろした。肩が触れるほど近い。

    「あの、ご覧のとおり汚れていますし臭いもあるでしょうから、できれば離れていただきたく……」

     しかし彼は、私のせいで白手袋が汚れてしまうだろうに一切かまわず、私の頬を両手で包んで自分のほうに向かわせた。その手と指で伸びた髪と髭をかき分けながら、至近距離から私の顔を凝視する。私はあまりにもいたたまれなくて目を伏せた。

    「あなたは、確かに私の一族です。近い血を感じます。生まれは人間であっても、一族の誰かがあなたを吸血鬼に転化させたのでしょう。どういった経緯だったのかまでは存じ上げませんが。」

     あえて目を背けようとしていたが、高等吸血鬼の彼に面と向かって直接言われては認めざるを得なかった。とっくの昔に死んだはずなのに、明らかに違う時代、違う国で突然目覚め、夜だというのに町のガラスには姿が映らない。私はもう人間ではないのだ。神に仕える身であったのに、退治対象だった吸血鬼として転生されられた。

     吸血鬼ならば、凍死を待たなくとも朝陽が射せば塵となれるのではないか? それがきっと一番いい。今の私には何もないのだから。そうですか、わかりました、ありがとうございます。呟いてふらりと立ち上がろうとした私の手を彼がそっと押さえた。
     
    「詳しいことはわからないものの、多分あなたは私の甥のような立ち位置ではないかと思えてならないのですよ。直属ではないとはいえ、私の血族の血が流れている。ならば捨て置くわけにはいきませんね。吸血鬼は他種族に対しては薄情ではありますが、血族との関係は深くて情に厚いのですよ。よし! このドラドラちゃんにお任せください! 衣食住すべて手配しましょう! お世話するのはお手のものですので!」
     
     唐突で思いも寄らなかった至れり尽くせりな提案に、私は喜ぶよりもただただ困惑した。見ず知らずの人間、いや吸血鬼に、衣食住すべてを提供しようなどと口走るとは、彼は一体何を考えているのだ?

    「あ、いえ、話を聞いていただけただけで十分ですので……報酬も支払えませんし……。」

     そう訴えてはみたが、彼は妙に浮かれた様子で、これまたよくわからない薄い長方形の板を取り出して指先でいじり始めた。

    「連泊予約取れたったー! できればあなたにこれ以上の負担はかけたくないんですが、ここはこれから騒がしくなって落ち着かなくなるので。今のうちに移動しましょう! 静かな方がいいでしょう?」

     うーん、でもその身なりではホテルには入りづらいかな、と付け足して、彼はクローゼットから黒いマントを取り出して私に羽織らせた。

    「とりあえずチェックインさえ済ませられたらこっちのものです。フロント前をしゃっとかいくぐってエレベーターに乗っちゃいましょう! 服とかはあとから私が何とかしますので。いざ行かん! 新横浜ヴリンスホテル!」

     そう高らかに豪語した彼だが、おろおろとうろたえるばかりの私を部屋の外に連れ出そうとしたか、私の手首を掴んで引いた途端にふっと動きが止まった。私達は向かい合って立ち尽くしたまま、しばらくお互い見つめ合った。朗らかで友好的な笑顔を見せてくれていた彼が、今はすっかり真顔だった。
     
    「……私に言えた話ではないのですが、どうしてこんな。なんて細い。やつれてしまって。さぞ苦労されたのでしょうね。」

     真っ向から見据えてくる彼の目線に耐えかねて、つい顔を背けてしまった私を彼はおもむろに抱きしめた。
     
    「ワタシトヒゲヒゲノセイナノデスネ。ナニモシラナカッタノデス。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ」

     何度も繰り返し、「ゴメンナサイ」と私の耳元で囁き続けた。異国の言葉だったので、かれが何を言っているのか私にはわからなかった。放浪の末に薄汚れた私が、清潔ないでたちの彼を汚しているようにしか思えなくて、とにかく離してほしかった。吸血鬼とは言えど彼は善良で優しい方だ。そんな彼に対して、突然現れた私は重荷であり迷惑でしかない。

     私はどこに行けばいいのだろう。私は何故ここにいるのだろう。

     親切な御仁に勧められたとはいえ、この事務所を訪れたことを早くも後悔していた。これまた親切な御仁に迷惑をかけてしまっている。

     彼の手を振り切って退出しようとした。ところがその途端、彼が「ウギャー反作用!」と叫んでいきなり一山の塵と化した。

     ……は?

     記憶はあやふやながらもこの塵山は忘れようがない。加えて特徴的な髪形、ころころ笑う愛嬌のある表情。やはり彼は、以前出会った悪魔の幼体の完全体、いや、成長後の姿なのではないか?

     だとしたらちゃんと成人し、あの日の笑顔もそのままで、新たな地で生き生きと過ごせているのか。今のところ確証はなかったが、また涙がこぼれそうになった。私は塵山の前にひざまずき、胸を押さえてこうべを垂れた。
     
     あの日のようにナスナスと人の形をすんなり取り戻した彼は、項垂れる私の肩を掴んで顔を上げさせた。

    「ちょっ、何してるんですか? そういうのいらないんで! いくら私でも、あなたには畏怖欲満たしてほしいとかさすがに思えませんって! ひざまずかれて祈られるとかとかほんと無理なんです! 詳しい話はのちのちするとして、私は今、クッソズタボロなあなたをお世話したくて仕方ないんですよ。ジョンもだけどなんでそうなっちゃうんですか!? 私が魅力的すぎて魔性の存在だから!? とにかく移動しますよ! 残念ながらあなたに選択権はありません! いいから私についてきてください! ジョンと若造が帰ってきたらまたややこしくなる!」

     ジョンとは誰だ? 若造とは誰だ? もちろん気にはなるものの、眠くてぼんやりした私はただ彼に手を引かれるままに、夜なのに明るい町を歩き出した。

    「いや、ひとりで歩けるので、その」
    「駄目です! あなたはまだこの魔都シンヨコを知らない! 三歩歩けば変態に当たってうざ絡みされ身ぐるみはがされ尊厳を踏みにじられるゴッサムシティですぞ!? 私から離れないで!」
    「そこまで!? というかゴッサムシティって何!?」

     そうして連れてこられたのは、円形状の恐ろしく高くそびえたつ建物の前だった。なんだここは? さてはバベルの塔なのか。こんなもの、私は知らない。

     怯んでしまった私を気遣ってか、彼は路地裏に私を誘導した。

    「チェックインしたらすぐに戻ってきますので、絶対にここから動かないでくださいね?」

     必ず迎えに来ますから。彼はそう言って、私の汚れてこけた頬を両手で包み込み、何のためらいもなく額に軽く唇を触れさせた。

    「大丈夫、今は私があなたを守ります。」

    「だがしかし……私には何もお返しが……」

    「そういうのいいっつってんだろ話聞けや! あ、申し訳ありません。つい口調が。私はあなたをどうこうするつもりはありませんので。ただ、もてなしてさしあげたいだけなのです。せっかく、200年の時を経てまで甦ったのですから。この新横浜に来てくださったのから。あの頃とは比較にならないでしょう? さぞとまどわれているかと思います。あなたがこの後の生をつつがなく過ごせるよう、サポートさせてください。もちろんお代はいりません。私が好きでやっていることですから。」

    「とりあえず一か月、この部屋の連泊予約入れときましたから、どうぞごゆっくりおくつろぎください。入り用なものは……まあ聞くだけ無駄でしょうね。こちらで適当に見繕っておきます。何はともあれゆっくりと休んでください。お好きに過ごしてくださっていいのですが、但し! できるだけこまめに顔を出しますから、外に出る際は私にお声掛けくださいね! 御同行しますから! あなたおひとりで外出しようものなら、確実に変態の餌食となる……。」

     彼が何を言っているのか、言語としては理解できるのだが内容はいまいちよくわからない。しきりと繰り返される「変態」って何だ?
     
     時代も場所もよくわからなくて、自分は今夢を見ているのだろうと思う。だが、その夢の中で出会った彼は、私に対して異様なほど友好的で、常に笑顔で優しく、時に厳しく接してくれる。私は私にとって都合のいい夢を見ているのだろう。捨てられて行き場のないみなしごを受け入れて、無条件で衣食住を与えてくれる、そんな場所を夢見ていた。
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    Replies from the creator

    pesenka_pero

    SPUR MEこちらの「密室( https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19509352 )」その後のノスクラ進捗です。私はとにかくこいつらをイチャイチャさせたい。
    密室その後 目が覚めると、私はそろそろ見慣れてしまったヴリンスホテルの一室のベッドに仰向けで横たわっていた。他の地のグループホテルのことは知らないが、ここ新横浜は吸血鬼が多いため、吸血鬼用に完全遮光仕様の部屋も数室用意されている。灯りの消えた室内は暗いが、今が夜なのか昼なのかよくわからない。

     私の上腕近くにはいつものように重みがあった。今更確認するまでもない。ノースディンが私の腕を枕にして眠っている。ああ、またやってしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいになって、私は彼に向き直るとその体を抱きしめた。普段よりもひんやりしていた。私のせいだ。


     私はクラージィ。人間だった頃は悪魔祓いとして教会に仕え、黒い杭のクラージィと呼ばれていたが、二百年の時を経てこの新横浜に吸血鬼として目覚め、私を吸血鬼化した氷笑卿ノースディンと再会し、「昏き夢」という新たな二つ名を与えられた。ある日突然発動した私の能力に由来するのだが、その時の私は意識がもうろうとしていたため、何をしでかしたのか正確には思い出せない。
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