窓の外は星の海 しかし首筋がじくじくと疼き出して、目が覚めてしまう。とっさに手のひらで押さえると、怯み上がるほどに冷たく冷え切っていた。塞がってはいるようだが、傷口とおぼしきふたつの盛り上がりがある。これは、どう考えても吸血鬼の咬み痕だろう。一族の誰かがあなたを吸血鬼に転化させたのでしょう、と彼は言った。
寒い。首が痛い。心臓が冷たい。どうしてなんだ。ついさっき彼があれほど丁重に温めて、いたわってくれたのに。あの優しくて世話好きな吸血鬼にも溶かすことができない、氷の棘が私の胸に埋まっている。
彼の一族の誰か。それは誰だ? 私は思い出さねばならない。若く美しい女性や、愛らしい見た目で年若く汚れなき少年少女ならまだ理解できなくもないが、さほど若くもなく容姿も凡庸な成人男性の私を、何故吸血鬼化させてまで生き永らえさせようとしたのか。だが200年近くに渡る時の流れに隔てられ、加えて常にまとわりつくまどろみのせいで、どうにもはっきりとは思い出せない。もういい、これ以上何も考えずに眠りたい。何故私は目を覚まさざるを得なかったのだ。誰が私の永遠の眠りを妨げたのか。その者は、居場所を失った私を迎えてくれるのか。
自分ひとりでは答えが出せるわけもない自問自答に疲れてしまって、怠惰であるとは知りながらも私はまた寝具にくるまって目を閉じようとする。ただただ眠りたい。夢すらも見たくないのに、奇妙な物語が瞼の裏で展開し始めた。
私は全身のいたるところから出血し、野外で仰向けに横たわっている。もう死ぬのだ。私は今生でできうることをし終えたのだろうか。正しいことをなし得たのだろうか。自分では判断できないまま、瞼を閉じようとした。その私に覆いかぶさる影がある。耳元に口を寄せ、説き伏せるような強い言い回しで囁きかけた。
「やり残したことはないのか。愛しいものはないのか。憎いものはいないのか。執着はないのか。一つでもあるなら、答えろ。生きたいのなら、答えるんだ。」
私は何と答えたのだったろうか。そもそもどうしてそんな事態に陥ったのか。何もかもがあやふやな記憶だったが、金髪の男性の姿が脳裏をよぎる。彼は飢えた私に食事を振舞ってくれた。見るからに優男だったのに、何を思ったか単身で夜更けの森に行ってしまって、凶暴な野犬に囲まれた。あれは一体誰だったのか。
悪魔祓いの杭も取り上げられ、ごくありふれた杖しか手にしていなかったのに、私はとっさに飛び出してしまった。逃げなさい、と叫んで、杖を振り回して野犬の群れに立ち向かった。優男ながらも足だけは速かったらしい彼の姿はすでになかった。私は、彼を助けることができたのだろうか。
杖だけで野犬の群れをただの人間が追い払えるはずもなく、全身を食いちぎられる激痛と出血に耐えられなかった。出血のせいか、春だったはずなのにとても寒かった。私はこのまま凍えて死ぬのだろう。それならそれでかまわない。神よ、私はもう疲れてしまいました。寒いのです。痛いのです。どうか眠らせてください。そう、天上に向けて最期の祈りを捧げたのだった。そのことだけははっきりと覚えている。
意識がもうろうとして力が尽きる間際に、目映い光が目を灼いた。追放された身ではあったが、最期は神の迎えが来てくれたのだろうか。私は何かを口走ったような気がする。
「受け取るがいい、クラージィ。」
誰かが耳元で私の名前を呼んだ。あの強くも甘い声は、一体誰のものだったのだろうか。酒場で言葉を交わした金髪の男は、もっと飄々としてのらりくらりと掴みどころのない話し方をしていたはずだ。
首筋に激痛が走った。ただでさえ失いかけていた意識が急速に遠のいて、私は深い眠りに落ちていった。これで終わりなのだと思いたかった。