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    pesenka_pero

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    pesenka_pero

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    シンヨコにドンブラコされたクラさんをドラちゃんがかいがいしくお世話する話その5。にっぴきパートを挟みますが、多分次こそノスクラが始まる予定です。

    窓の外は星の海「……またいねえ。」

     深夜の事務所でロナルドウォー戦記を執筆中、ついうたた寝してしまった俺は、コーヒーと夜食を頼もうとして居住スペースに顔を出したら、ドラルクはいなかったし棺も空だった。もう夜が明けるのにどこ行ってんだ。冷蔵庫を開けてみると、あとはレンジでチンするだけの作り置きの惣菜と水出しのコーヒー、冷凍庫には冷凍のごはんがしっかりと用意されていて逆に腹が立つ。それはそれとして、空腹だったし味がいいのはわかりきっているので、作り置きの料理はレンチンしておいしく食べた。

     いやここロナルド吸血鬼退治事務所ですからね? 押しかけ居候のおっさんなんざいてもいなくてもどうでもいいんですけどね? とはいえ、専用の籠ベッドではなくドラルク不在の棺の蓋に腹ばいになって、アルマジロのジョンが寂しがって泣いているのだ。ここ最近、毎晩のように見ている光景だ。俺はさておき、ジョンを置いてまでどこで何やってんだあのクソ砂。落ち込んだジョンの甲羅をおそるおそる撫でてはみるが、ジョンは顔を伏せてしまってこちらを向いてもくれない。悲しいことに、俺ではジョンを慰めきれない。
     
    「……ジョン、明日決行だ。ドラルクを追うぞ。」
    「ヌ?」

     そう告げると、ジョンはやっと顔を上げてくれた。泣き腫らした目が痛々しい。

    「飯と家事のために一日一度は帰ってくるからな。どこ行ってんのか、尾行してやろうぜ。俺、今すぐ原稿終わらせるからさ!」

     ジョンを元気づけたいあまりに断言してしまったが、この真っ白の原稿ページを今から夜までにすべて埋めてフクマさんに提出できる気はまるでしなかった。しかしやるしかない。ジョンと約束したからにはやるしかないんだ。ドラルクが用意していったポットまるまる一杯分の水出しコーヒーは、うまいが苦い味がした。


     何時間かかっただろう。どうにか原稿を仕上げてメールでフクマさんに転送し、そのまま机に突っ伏して昏睡していたら、居住スペースからいい匂いが漂ってきて目が覚めた。窓の外は暗かった。ドラルクが帰ってきているのだ。

     よろよろと居住スペースに移動して、ダイニングテーブルにまた突っ伏す。しかしどうにか顔を上げて、エプロンを身につけてキッチンに立つドラルクの後ろ姿を注視した。

    「何をそんなに見てくるんだ。君はあっちで原稿でもやってろ。」
    「さっき提出した……」

     正直眠くて意識が飛びそうだったが、いつまた姿をくらますかもしれないドラルクから目を離せずに、彼がキッチンで料理を作るのをぼんやりと眺めていた。知ってたけどめちゃくちゃ手際がいいな。たんたんとリズミカルな包丁の音が気持ちよくて眠気を誘う。鍋からはミルクの甘い匂いが立ち上っていた。あれ何だっけ。前にも食ったな。うまかった。

    「ヌヌヌニャヌヌー。」

     寝ぼけた俺の横に寄り添ってくれたジョンが言った。そうだ、薄いシチューじゃなくてクラムチャウダーだ。一緒に食べような、ジョン。

     スープジャーというのだったか。背の低い水筒にそのクラムチャウダーをおたまで取り分けているのが見えた。何それ、お前自分じゃ食わないじゃん。俺とジョン以外の誰に食わせんの?

     俺の夜食用に取り分けているのかと思いたかったが、ドラルクはそのスープジャーをエコバックに入れたのだった。ちょっとジョンさん、これは黙っていられませんね。追いますよ。俺も脱稿後の睡眠不足でテンションがおかしくなっていた。

    「寝るならちゃんと横になって寝なさいよ。疲れが取れないだろう? ごはん用意しておいたから、今食べないならあとで温め直して食べたまえ。」

     テーブルに突っ伏して寝たふりをする俺に声をかけ、髪をくしゃりと撫でると、ドラルクはエコバックを手に事務所を出て行った。俺は跳ね起きた。ジョンも待ってましたと言わんばかりの勢いで俺の頭に飛び乗ってくる。クラムチャウダーはあとで一緒に食べような、ジョン。

     ドラルクが向かったのは新横浜ヴリンスホテルだった。エントランスの手前からいそいそとカードキーを取り出した奴の首根っこをひっつかむと、当然のごとく一瞬で砂と化した。

    「な、若造!? ジョンも!? 何でここに!?」

    「何でも何もねえだろ。お前、毎晩何やってんの? ジョンが寂しがってヌーヌー泣いてんだぞ。」

     まだ再生しきれずに半砂状態のドラルクに埋もれていたカードキーを取り上げて、部屋番号を確かめる。ヴリンスホテルなんて所詮ビジネスホテルだし、事務所から徒歩圏内だ。わざわざ部屋を取って宿泊する理由はひとつ、誰かがいるのだ。

     カードキーを手にしてエレベーターに向かう俺をドラルクが呼び止めた。

    「待て、返せ! 余計な真似をするんじゃない! ああ! ジョン! やめて! 死んじゃう! 無限に死に続けちゃう!」

     一瞬振り返ると、ずっとほったらかしにされていた恨みを込めてドラルクの砂山に張り付いたジョンがヌーヌーと泣きながら小さな手でぽかぽか殴り続けていた。ドラルクは再生しようにもできなくて、砂山のまま地べたでのたうっている。時間稼ぎは完璧だ。俺は降りてきたエレベーターにひとり乗り込んで、カードキーに記された階数のボタンを押した。

     外観だけは毎日見るし、隣接したヴリンスぺぺには雑用でよく行くが、そういえばヴリンスホテルのフロアに入るのは初めてだった。カードキーの部屋番号の前にしばらく立ち尽くしていた。中に誰がいるのかはもちろん気になるが、尾行して、カードキーを奪ってまで、俺が同居人の秘密を暴いてもいいのか?

     しかしここまで来てはもう引き返せない。いずれドラルクがジョンを振り切ってでも追ってくるだろう。俺はカードキーを使って、ドアを開けた。室内は暗かった。

    「あの、その、すみません。ちょっとお邪魔しますよ。」

     おずおずと中に入り、カードキーをスロットに差し込んで灯りを点ける。さほど広くもないツインの部屋だったので、一目で見渡せた。ベッドのひとつの布団が盛り上がり、誰かが丸まって横たわっていた。長い黒髪が波打つように広がっている。

     眠っていたようだが、突然点された灯りに気付いてその人は起き上がる。見た目は三十代前後の男性だろうか。青白い肌色、尖った耳、眠たげに瞬きを繰り返す目の色は赤い。間違いない、彼は吸血鬼だ。

    「ドラルクサン?」

     目をこすりながらこちらを見た彼は、俺がドラルクではないと気付くなりベッドヘッドのほうに寄って布団を抱え込み、できるだけすみっこで縮こまってしまった。まるで怯えた猫のようだ。怯えさせているのは俺なのだ。改めて見ると、彼は吸血鬼にしても非常にやつれて、疲れた顔をしている。正直めちゃくちゃ帰りたくなった。これ、謝ったら許されるやつなのか?

     どうしたらいいのかわからずに立ち尽くしていると、オートロックで鍵がかかったドアが外から激しく叩かれた。いや、一度叩くとしばらく間が空いてまた叩かれる。ドラルクが、反作用で死に続けながらもドアを叩いているのだ。

    「おい開けろ! 開けろっつってんだろうがバカ造! その人に手を上げるな! 絶対にだ! 傷ひとつでもつけてみろ。お前、確実に死ぬぞ! 私だって許さない!」
     
     俺が死ぬ? 誰が俺を殺すんだ? クソ雑魚砂のドラルクにその力はない。ならばこの、目の前で布団にくるまって震えている弱々しい吸血鬼なのか? しかし彼にもそんなことができるとは到底思えなかった。

    「話す。全部話すから、とにかく開けてくれ……」

     呆然と立ち尽くしていた俺だったが、ドア越しに切々と訴えてくるドラルクの声で我に返った。あのやたらと傲慢な男から、こんな声が出るのか。

     ドアを開けた瞬間、足をもつれさせながらドラルクが飛び込んできた。

    「クラージィさん!」

     ドラルクは躊躇なくベッドに飛び乗って、縮こまる彼を抱きしめた。しばらく動揺して固まっていた彼だったが、ドラルクに会って落ち着いてきたのか、ドラルクの肩に顔を埋めて抱き返した。

    「ゴメンナサイ、ウチノゴリラガトンダゴブレイヲ。ケッシテワルイヤツデハナイノデスガ、バカナノデサキバシルトコロガアリマシテ。」

     これはルーマニア語なのだろうか。ドラルクが何を言っているのか俺には全くわからなかったし、何やら罵倒されているような気もするが、同じベッドで抱き合う彼らを見させられるのは疎外感が半端なかった。お前ら、いやあなた方、俺の知らないところで何やってんの? どんな関係なんですか? 詳しくお話聞かせてもらえます?

     しかし話をする前に、きっと振り向いたドラルクは日本語ではっきりと俺を罵倒し始めた。

    「何見てんだゴリラ! いいからそのへんに正座でもしてろや! 前から思ってたけど、お前、圧が強いんだよ! お前にオラつかれたら歌舞伎町のヤクザだってションベンちびるわ! せめて相手見てからオラつけよ! どう見たってこの人弱りきってんだろうが! 労ってあげたいと思わないのか? ああなるほど、ゴリラは人の心すら失ってしまったんでしゅか-? 余計なことしかできねえなら今すぐ帰れ! 勝手に首突っ込むんじゃねえ!」

     ドラルクの口がどんどん悪くなっているのは知っていたが、ここまで一方的に罵られることは滅多になかった。さすがに傷ついた俺は言われるままに、ドアの前まで引き下がって正座してしまった。ドラルクと一緒に入室していたジョンが、ドラルクではなく俺のほうに寄ってきて膝にそっと前足を乗せてくれたのだけがせめてもの救いだった。

     急に押しかけた俺のせいで怯えさせたし、自分に対してではないとはいえどドラルクの怒号でますます縮こまってしまったその吸血鬼に、ドラルクは改めて向き直る。俺には聞き取れない言語でいろいろと囁きかけ、抱きしめてなだめるように髪や肩をさすり続け、やっと表情が柔らかくなった彼をドラルクはベッドに横たえた。

    「ジョォン!」
    「ヌ?」

     俺の足下でおろおろしていたジョンは、ドラルクに呼ばれるまま駆け寄った。そのジョンを抱き上げると、ドラルクは吸血鬼が横たわるベッドにそっと置いた。

    「カワイイデショウ? コノコ、ワタシノツカイマナノデスヨ。アルマジロノジョンデス。」

    「ほらジョン、一緒にいてあげて。寝かしつけてあげなさい。できるね?」

    「ヌ……」
     
    「後で全部話すから。きっと君は嫉妬してしまうだろうと思って、言えなくてごめんね。でもこの人は、疲れて、飢えて、凍えていて、言葉も通じない異国に突然放り出されたんだ。私とヒゲヒゲに関わってしまったせいで。さぞ心細かっただろうこの人を、暖かい場所で労わってあげたかったんだ。お願いだ、わかってくれ。」
     
    「……ヌ!」

     初対面の吸血鬼のベッドに乗せられて、最初は不安そうにドラルクを見上げていたジョンだったが、ドラルクの話を聞くときりりと勇ましい顔になった。自分から布団をめくってもぞもぞとその吸血鬼の懐に潜り込んでいく。

     さすが手練れのジョンだ。万人を虜にする腹毛を惜しみなくその男にこすりつけ、胸の上に乗ってしまう。こうなってはもう誰も起き上がれない。

    「ア、アノ……」
    「イイカラオネムリナサイ。ココハアタタカイ。」

     胸元に乗ってヌンヌンと甘えるジョンと、ドラルクの優しい声と細い指になだめられ、その男の瞼は徐々に降りていく。ジョンを抱き込んだまま、静かな寝息を立て始めた。まるで子供のようだ。

     彼が眠りについたのを確認してから、俺とドラルクはもう一方のベッドに腰を下ろした。話をするなら場所を移動するべきかとも思ったし提案もしたが、ドラルクはこの部屋を離れたくなさそうだった。

    「聞こえたとしても、彼にはまだ日本語が通じないからな。」

     そう言ってから、ドラルクは話し始めた。

    「はーやれやれ。もっと落ち着いてから若造にも紹介してやるつもりだったのに。いいか? あの人に何かしたら私も許さんし、お前は確実に死ぬからな? ゴリラだろうとお前だって人間だ。竜の一族の逆鱗に触れたら一瞬で氷漬けにされる。」

     竜の一族で、かつ氷と聞いて思い出されるのはただひとりだ。

    「お師匠さんのことか?」

    「ああ、連絡したくないから確認はしていないが、どう考えてもあのヒゲヒゲがやらかした。悪魔祓いだったが純朴で善良な聖職者を、吸血鬼化させやがった。一族にも無断で。」
     
     あのクソヒゲがそんなことしたがるとは思わなかったな。筋金入りの人間嫌いのくせに。
     
     前に話しただろう? 私がいたいけな美少年で、クソヒゲの館に預けられていた頃、クソヒゲのご友人が訪ねてきたと。クソヒゲとふたりきりの生活でつまらなかったし、躾と称して叱られてばかりでいつもイライラしていたから、来客は新鮮だったし楽しかった。私は紅茶と手作りのクッキーでもてなした。私の話を彼はたくさん聞いてくれた。また来たら次は何を出してあげよう、何の話をしよう。心待ちにしていたのに、彼が来たのはその一度きり、もう二度と来なかった。ヒゲヒゲに問い詰めても、「彼は遠くに行った」としか答えなかった。

     人間の寿命は短い。とっくに亡くなってしまったのだろう。ほとんど忘れかけていたのだが、それなのについ先日、彼自らドラルクキャッスル2を訪ねてきたのだ。

    「いやロナルド吸血鬼退治事務所だわ。」
    「空気読めやバカ造。」

     最初は誰だかわからなかった。二百年近い時を経ていたし、あまりにもやつれて顔色も悪く、ぼろぼろで、何と言っても吸血鬼だったから。彼はもう人間でも聖職者でもなかった。

     しかし彼の生い立ちを聞くにつれ、彼が誰だったのか理解せざるを得なかった。悪魔祓いとしてすべての悪魔を退治するために悪魔の館に送り込まれたが、そこにいた無邪気でかわいくていたいけでクッキー作りがうまい美少年を手にかけられなかったこと、帰ってきた大人の悪魔にも情を感じてしまって杭を打てなかったこと、馬鹿正直に教会ですべてを白状し追放されたこと、その後は居場所を失い飢えながら流浪し続けたこと。

    「もう一度彼らに会ったなら、何か答えが出るかもと思った。答えが出るなら、そのまま野垂れ死んでもいい。」

     その一心で、彼はまた村に戻ってきた。しかしノースディンは、自身の老いることがない容姿と、まだ幼く人間と比べて外見の成長が遅い私が人の目には不自然に見えるから、定期的に住居を変えていた。屋敷はもぬけの殻だった。

     どこにも行く場所がなくなった彼は、流浪の末にたまたま出くわした吸血鬼を追ったが、野犬の群れに襲われかけたその吸血鬼を身を挺して庇い、自分は死にかけたそうだ。

     そこまで聞いた俺は、たまりかねて涙目になりながらタイムをかけた。
     
    「んだよそれ……めちゃくちゃいい人じゃん……」
    「そうだよ! めちゃくちゃいい人なんだよ!」

     私があの日彼を館に迎え入れなければ、もしくはまだ幼かった私を彼が躊躇なく粛清できていたならば、彼はこれほどまでの受難を背負うことはなかったのだろうな。消え入りそうな声でそう呟いたドラルクに、かける言葉など思いつかなかった。何が売れっ子作家だ。聞いて呆れる。

    「その彼の、人としての今際の際に、誰かが話しかけてきたそうだ。」

     やり残したことはないのか。愛しいものはないのか。憎いものはいないのか。執着はないのか。執着はないのか。一つでもあるなら、答えろ。生きたいなら、答えるんだ。
     
    「この気障ったらしくて逃げ場を塞ぐいやらしい言い回し! ヒゲヒゲしかねえじゃねえか! あいつ死にかけて内臓まろび出た人に圧迫面接してんじゃねえよ! しかも即時転化に失敗しやがって! ダッサ! マジダッサ!!! その上、人として埋葬もしてもらえずに、ずっと氷漬けにされて二百年も眠り続けていたそうだ。おかげですっかり冷え性と化して、冬でもないのに寒がって凍えている! おまけに着の身着のままで突然言葉も通じない異国で目覚させられたんだぞ!? そんな人、君は見捨てられるのか!?」

    「無理ですね! めっちゃ保護するわ! 何ならホテル代半分出すし、今からで悪いが着る毛布とか差し入れしちゃっていいっすか?」

    「わかったならよろしい! あと、着る毛布はもう購入済みだから大丈夫だ! ホテル代もいらん、私が払う!」

    「ウェエエン俺の出番ないじゃん!」

    「湯浴みをさせて体を確認したから、我々悪魔こと吸血鬼を見逃したせいで異端審問にかけられて拷問などはされていないと思いたい。だが、追放はされて長くさまよったと聞いた。さぞ苦しんだことだろう。ドラルクキャッスル2を訪れた彼は、飢えてやつれきって、死を渇望していた。人間にとって、死は救済のひとつなのかもしれない。だがその道を、ノースディンが奪ったんだ。何が吹雪の悪魔だあのクソヒゲヒゲ! マジで悪魔の所業じゃねえか! おまけに何の因果か魔都シンヨコに迷い込んでしまったんだそ! お世話のひとつやふたつどころか少なく見積もっても百くらいしたくもなるわ!」

    「てめ―の師匠は今どうしてんだ? まさかほったらかしか? だったらさすがに最低だぞ? 一発殴りに行っていいか?」
    「いや、まだ言ってない。」
    「……は?」

     素っ頓狂な声が出てしまった。確かに、「連絡したくないから報告していない」とドラルクは言った。

    「ほらヒゲヒゲ、人間嫌いのスケコマシのくせに変なところで世話焼きだから、自分が二百年も前に吸血鬼化させてまで生き永らえさせようとした人が、実は転化成功していて路頭に迷ってると知ったら喜んで一からお世話したがるだろうなって。

     くっくっく……生涯で唯一転化に踏み切ったであろう人が、さんざ見下してきやがった弟子に手厚く保護されお手入れされてキレイキレイになってからこの先の吸血鬼生を歩むことになるとはな……手柄取られてヒゲヒゲが歯噛みする顔が目に浮かぶわ……愉快愉快!」

     ドラルクのこの言い分にはさすがに絶句した。お前、さっきまで感動長編大作のいい話してなかったか?

    「お前マジで今も昔もクソガキだったんだな……。」

     しかし、話を終えてすっと立ち上がり、隣のベッド脇に膝をついて、ジョンを抱き込んですうすうと穏やかな寝息を立てるクラージィを眺め始めたドラルクの横顔はとても優しかった。お前たまにはその顔俺にも向けろや。そりの合わない元師匠に対する意趣返しというだけで、一度しか会ったことのない古い知人のために、自腹でホテルを取ってほぼ毎日通い詰めお世話し尽くすことなどできるわけがないだろう。

     情報量が多すぎてついていけない。そろそろ夜も明ける頃だしとりあえず事務所に帰って寝るぞ、と俺は促したが、ドラルクはクラージィのベッドから離れようとしなかった。

     ドラルクはクラージィの胸で眠るジョンの頬を撫でた。

    「よろしく頼むね、ジョン。今のこの人には安息が必要なんだ。優しくて芯が強く、一途で、君と似たところのある人だ。きっと仲よくなれるだろう。」
     
     ジョンに囁きかけてからドラルクは立ち上がろうとしたが、そこでジョンが眠たげに目をしばたたかせながら、クラージィの腕の中で何かを訴えかけた。
     
    「……うーん、だよねえ。わかった、やっぱり私も泊まるよ! ツインで取ってるからねね! じゃあそういうことなんで、若造は事務所に帰んなさい。冷蔵庫に作り置きあるから適当にあっためて食っとけ。じゃあお休み。」

    「えっ嘘、俺だけのけもの!? 泊ってっちゃダメなの!? 俺、床でも寝れるけど!」

    「いや予約はふたり分だけだから。ジョンはまあ見逃してもらうとして、成人男性プラスひとりはさすがにマナー違反でしょ。徒歩圏内なんだからさっさと帰りなさいよ。明日、日が落ちたら帰ってやるから。作り置きが足りなかったらヴァミマのチキンでも食っとけ。」

     俺のほうを振り向きもせずにそう雑な言葉を投げかけながら、ドラルクは床に膝をつき、すやすやと眠るその人とジョンを慈しむような目で見つめていた。何なのこれ。マジで俺だけのけものじゃねえか。

     俺は涙目で帰宅し、傷心の俺を出迎えておろおろとひとつ目の視線を行ったり来たりさせるメビヤツをぎゅっと抱きしめた。何故か発熱してほかほかと暖まってくるメビヤツが可愛い。メビヤツはいつだって俺の味方だ。

     帰宅したらこうやって無条件で出迎えてくれる存在がいてくれるのがこんなにありがたいとは知らなかった。俺は寂しくない。前はひとり暮らしだったが今は玄関先でメビヤツが待ってくれているし、ジョンとドラルクも、キンデメも死のゲームもいて騒がしいくらいだ。しかしあの人は、粛正せよと命じられた吸血鬼を殺すことができなかったばかりに、出迎えてくれる誰かも、帰る家さえも失ったのだ。
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    Replies from the creator

    pesenka_pero

    SPUR MEこちらの「密室( https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19509352 )」その後のノスクラ進捗です。私はとにかくこいつらをイチャイチャさせたい。
    密室その後 目が覚めると、私はそろそろ見慣れてしまったヴリンスホテルの一室のベッドに仰向けで横たわっていた。他の地のグループホテルのことは知らないが、ここ新横浜は吸血鬼が多いため、吸血鬼用に完全遮光仕様の部屋も数室用意されている。灯りの消えた室内は暗いが、今が夜なのか昼なのかよくわからない。

     私の上腕近くにはいつものように重みがあった。今更確認するまでもない。ノースディンが私の腕を枕にして眠っている。ああ、またやってしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいになって、私は彼に向き直るとその体を抱きしめた。普段よりもひんやりしていた。私のせいだ。


     私はクラージィ。人間だった頃は悪魔祓いとして教会に仕え、黒い杭のクラージィと呼ばれていたが、二百年の時を経てこの新横浜に吸血鬼として目覚め、私を吸血鬼化した氷笑卿ノースディンと再会し、「昏き夢」という新たな二つ名を与えられた。ある日突然発動した私の能力に由来するのだが、その時の私は意識がもうろうとしていたため、何をしでかしたのか正確には思い出せない。
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