窓の外は星の海 ドラルクはツインで新横浜ヴリンスホテルの部屋を取っていたので、二枚あるカードキーの一枚を共有する形で交互に彼の様子を伺いに行く生活が始まった。宿泊しているクラージィ本人にもカードキーを与えられているが、外出している気配はまったくない。俺が訪ねる時はだいたい日が落ちる前だが、ドラルクが黒い布で目張りした窓の中で、彼はほぼずっと眠っている。ルーマニア語は日本からすればマイナーな言語なので、おそらくドラルクがじじい経由で取り寄せただろう語学書で日本語の勉強をしていることもある。俺が顔を出すと、眠たげな顔で笑いかけてくれる。
「イラッシャイマセ、ロナルドサン。」
「こんにちは、でいいですよ。」
昼間には外出できないドラルクに託されたスープジャーのホットミルクを差し出して、彼の日本語勉強に、俺のできる限りではあるが少しだけ手伝う。正直俺よりもひらがなを綺麗に書けるようになってきたな。真面目な人なのだろう。そのうちシンヨコ案内してあげたいとは思うのだが、案内できるとこあったっけ? 横アリのコンサートとか? いや、いきなりそんなとこ連れてったら確実に卒倒するな。ジョンと一緒にわるとあんでるさんに並ぶか。この人、いや吸血鬼は、ごはんも食べられるタイプだから。現代のおいしいものをたくさん食べさせてあげたい。
わりといい関係が築けてきていると思っていたが、ある夜ドラルクは、事務所のテーブルで頭を抱えていた。
「くうぅ、この私のお世話スキルを持ってしても彼は弱ったままだ……さすがに血を与えるしかないのか……。」
それは俺も思っていた。ホテルの部屋内でなら彼はだんだんゆったりと過ごせるようになってきているようだったが、まだ外には出したくないというのが正直な気持ちだ。明らかに栄養が足りなくて弱っていて、シンヨコに蔓延る変態吸血鬼や人間どもに立ち向かえる気がしない。
「与えりゃいいんじゃねえの? 退治人の俺が言うのも何なんだけど、うち、山崎ボトルあるし。親父さんがこないだ高級ボトル送ってきたじゃん。元人間だからそりゃ本人には抵抗感はあるだろうが、直接は無理でもお前みたいに牛乳割りとかにすれば飲みやすいんじゃね?」
「はーやれやれ。吸血鬼が自分の意思で人間を吸血鬼化させようとするのは、なかなか重大なことなのだよ。どちらかといえば薄情な我々だが、親近者には甘い。餌としてではなく、親族として転化させるために吸血したのであれば、その後の吸血鬼生に責任を取るしかない。それが吸血鬼の執着だ。
転化目的で吸血されたなら、その人間は吸血した吸血鬼と疑似親子関係を結んだことになる。親となった吸血鬼の血を飲まなければ、その関係は解消されないのだ。
まあつまり何が言いたいかって言うと、人間にとってはお食い初めみたいなもので、初めての吸血は親でなければならないのだよ。私がそこまで勝手にお膳立てしてよその男の血を飲ませようものなら、めっちゃ怒られるし最悪シンヨコが永久凍土と化す。」
「てめーら師弟のいざこざにシンヨコを巻き込むんじゃねえ! 今すぐお師匠さんに連絡取れや!」
吸血鬼の感性マジわかんねえんだよ。またキレた俺を横見しながら、ドラルクはいかにもいやそうにスマホの通話ボタンを押した。即つながった。
「あーもしもし? ちょっとあんた、モジャモジャのおじさんのこと覚えてます? 忘れたとは言わせませんよ。あんたが吸血鬼化させたんでしょう? ねぇ、氷笑卿ノースディン?」
数秒の沈黙ののち、ドラルクの向かいのソファーに座っていた俺にも聞こえるほどの声量で受話器の先が騒ぎ出した。電話の相手は本当にあの気障ったらしくて澄ました態度を貫くノースティンなのか?
「ど、どういうことだ!? お前は知らないはずだろう!」
「何の因果か知りませんが、あの人今シンヨコにいるんですよ。可哀想に、時代も違うし当然言葉も通じないからとても困っています。保護はしていますが、吸血したのは私じゃないから私がしてあげられることには限界があるんです。あんたがやったことなんだからさっさと責任取りやがれくださいよ。とても見てられません。」