ドラルクと何度か外出をし、カフェでの注文方法を教えてもらった。日本語はまだほとんどわからないが、メニュー表を指さしたり片言でも話しかければ、店員さんは頑張って理解しようとしてくれる。吸血鬼ではなくとも外国人が多いせいもあるのだろう。何でも、新幹線というすごい速い電車が止まるため、日本だけでなく世界中から多くの人が来るそうだ。
「栄えてるんですね。」
私は心底感心したのだが、ドラルクはけんもほろろだった。
「言うても所詮新幹線が止まるだけの虚無駅ですよ。」
これだけ人も建物も多い町を虚無と言われてしまったら、私がかつて住んでいた郊外の田舎町は何なのだろうか。
この町とこの時代に早く慣れたくて、極力ひとりで外出しようとする私を心配してドラルクは同行したがったが、私はやんわりと断った。稼ぎがないのでカフェの代金をその都度頂戴するしかないのは申し訳なかった。この町で私に就ける仕事が見つかればいいのだが。
新しい店にひとりで入る度胸はなかったので、駅の近くの同じカフェに何度も通っていた。駅前を見下ろせる窓際の席がお気に入りだ。外出用に買ってもらったオーディオプレーヤーとイヤホンで日本語音声を聞きながら、日本語学習に励む。開いた日本語学書の文字をノートに書き写していく。ちゃんと書けているのか、ビルに帰ったらドラルクに採点してもらおう。
たまにイヤホンを外して、店内の客の話し声に耳を傾ける。早口だとほとんど聞き取れない。言語も人々の容姿も服装も、時代もまるで違う国に私はいる。今の私は吸血鬼なので、窓の外が夜であろうと私の姿は映らない。しかし店内の誰ひとりとして不気味がったりはしない。新横浜は人間と吸血鬼が共存するという奇妙な地だが、いいところだとも思う。私はきっと、ここにならいても許される。
店内の喧噪に包まれながらぼんやりと窓の外を眺めていたら、ふたりがけのテーブルの向かい側に誰かが手を置いた。
「失礼します。ご一緒してもよろしいですか?」
私にはこの地に知り合いはほとんどいない。声をかけてきた男は当然初対面だった。背が高く細面で、三白眼の目つきは鋭いが笑顔は親しげだ。
「ダレデス?」
拙い日本語でどうにか聞き返す。
おや、と彼は言った。ゆっくりと丁寧な日本語で話しかけてくる。
「日本語はまだ不慣れ、いや難しいですか? 突然すみません。この町で新しい吸血鬼の方をお見かけするのは久しぶりでして。つい話しかけてしまいました。同席、いえ、一緒にお話ししていいですか?」
彼が何を言っているのか、すべては理解できなかったものの、何となく頷くと、彼は反対側の席に座った。私の母語で話してくれるノースディンとドラルクにはもちろん感謝しているが、ロナルドのように、日本語初心者の私でも聞き取りやすい簡単な言葉遣いで話しかけ、私のたどたどしい話に耳を傾け、言語の間違いをしばしば訂正しながら、長い時間をかけて話をしてくれた彼に好意を抱いた。初対面だし会話もままならない相手に対してこんなにも親切にしてくれる人がいるとは。新横浜、ほんといい町だな。
彼は三木と名乗った。またそのうちお会いしましょうね、と言って、連絡先とおぼしき数字とアルファベットが羅列されたメモ用紙を渡してきた。
「デモワタシ、レンラク、デキマセン。」
「おや、スマホをお持ちでないとは。ではまたここでお会いしましょう。」
あなたに興味が湧きました。そう言って、彼は私を残して立ち去った。キョウミ? 何を言われたのかわからない。あとでドラルクかノースディンに確認しよう。