猫カフェナンパに続くはずのノスクラ1。 人里離れた地に居をかまえていてよかったと思う。人間のことなどどうでもいいが、屋敷の周辺では季節外れの吹雪が吹きすさんでいて、近隣に人が住んでいたらさすがに疑われ、また別の地に移り住まねばならないところだった。
二百年もの時を経ているのだ。私が唯一吸血鬼にしてまで生き永らえようとしたクラージィのことを忘れたわけではなかったが、彼の棺を安置した廃教会からは数十年足が遠のいていた。私の能力のひとつは吹雪だが、これだけ長期に渡って棺を氷漬けにしていられるとは思っていなかった。自分でも解除できなかったのだ。彼の顔を一目見たくとも、厚い氷に覆われた棺の蓋を開けることすら叶わなかった。
私は生粋の吸血鬼ではない。元はただの人間だったのに、悪魔の仔と呼ばれていた。たぐいまれな美貌で人心をたぶらかせる悪魔だと。その頃のことは振り返りたくもない。私の心はどんどん冷えていった。人を人とも思えなくなり、自分自身が人だとも思いたくなくなった。
その私を夜の世界に引き入れたのはドラウスだった。無慈悲で醜い人間どもが地べたで蔓延る昼よりも、夜目の利くようになったおかげで夜空の星が目映く輝く夜のほうが、よほど美しかった。ドラウスも、竜の一族の面々もみな私を歓迎し、吸血鬼としての心得やしきたりを一から丁寧に教えてくれた。こんなにも優しくて暖かい場所があるなんて私は知らなかった。
だから私は、教わったが使うことはないだろうと思っていた、人間を吸血鬼に転化させる方法を、死にかけていたクラージィに用いたのだった。彼も人間に迫害され、苦しまされてきた。私の手で、牙で、彼をこちら側に迎え入れたかった。
顔すらももうろくに思い出せないが、あの時口にしたクラージィの血の味は覚えている。放浪の末に衰弱していた彼の血は、決してうまいとは言えなかった。私の屋敷で初めて出会った時ならば、壮健で力強くて、成人男性だから多少くどかろうときっと美味だったのだろう。
ドラウスの血を受けて、竜の一族に招き入れてもらえたというのに、彼が目を開けることはなかった。所詮は元人間である私の力が及ばなかったのか、元聖職者である彼が死の間際までも吸血鬼の血を拒みきったのか。吸血鬼となった私に与えられた吹雪の能力が暴走し、氷漬けになった彼の体に私はひとり顔を伏せた。彼は目覚めなかった。私がしくじった。私では彼を救えなかった。