DAY 3悪夢に目を覚ますと全身にぐっしょりと汗をかき、地面を掴んで指は爪先まで泥塗れになっている。
ほんの少し、微睡んだだけなのに。
体感では、ものの数十分といったところだろう。
実際、巣籠もりの獣の穴ぐらのようなこの営倉の、扉もなく吹きっさらしの出入り口が切り取る夜空は、先ほど見たのとほとんど星の位置を変えていない。
夜が…夜がまた来る…
いや、来るのは「夜」だけではない。今晩もまた、あの人がやってくるかもしれない。そう気にしながらしばらくの間寝付けずにいたが、やはり留置3日めの身体は疲労に逆らえず、ある瞬間、完全に意識が飛んでしまった。
そこから倒れるように眠り込んで、今、どんな内容だったか目覚めると同時に忘れてしまったが、悪夢を見たことによる全身の緊張とぞくりと走る背筋の痺れに、背中を地面から少しも持ち上げることが出来ずに土壁の天井を見上げている。
今は一体、何時なのだろう?
夜だということは分かっても、ずっとここにいたら時間の感覚が無くなってくる。
それでも今夜が3日めの晩だと認識できるのは、あの鮮烈で狂気に満ちた出来事の回数が2度あったということに拠る。
そのものの回数で言えば別の場所での始まりの日を入れて3度になるが、ここに入ってやって来た夜の数で考えると、ふた晩続けてあの人は、俺を犯しに俺を訪ねた。
酷く身体が怠い。特に下半身に鈍痛があって、胸の鼓動に合わせてどくどくと疼く。後ろの穴の周囲だけ俺の脳から乖離したように、意思に関係なくぴくぴくと蠢くのでむず痒くて堪らない。
その後そのままにしていたから、弛んだそこからあの人の放った精がこぷこぷと流れ出て来やしないかと、時々意識的に引き締めるも気が落ち着かない。
かといって、それが俺の体内に吸収されていくのかと思うと、ぞっとして奥歯を噛み締めた。
「…気色悪…」
あんなことがあったから、あんなことをされたから…俺はこんな暗くて寒い地獄のような場所にいて、あの人のことをばかり考えてしまう。
何故、俺なのか?
---いや、そうでなくて、他に手篭めにされた隊員も居るのでは?
でもあの人は「私は変態になってしまった…」と、まるで俺のせいかのように言った。
---それも相手に対する常套句なのでは?
では、あの人が俺を抱いたのは、手慰みにつまみ食いをした数ある中のひとりと言うこと?
---そうだ、特別な訳じゃない
分からない、考えれば考えるほど、真意が理解できない。単に身体が目的だと分かっていても、わざわざこんなところまでやって来て俺を抱くのは、俺への執心からではないのか?
---そうだったら良いと、思っているのか?
そんなわけ無いだろう。
階級も歳も上で、これまで上官だとしか認識していなかったあの人に、そんな風に想われていると思っただけでそれこそ
「……気色悪い」
そんな馬鹿なことを少しでも考えた俺自身もそうだ。
俺だけは狂ってはいけない。気が触れて、おかしな考えに陥ってはいけない。
目を凝らすと、天井に小さな白い点がもぞもぞと動いているのが見える。
昨日指で弾いた芋虫。
そうか、アイツは壁伝いに這ってあんなところまで行ったのか。
どうだ、そこからの眺めは?
お前は俺の一部始終を見ていたか?
俺の無様に蹂躙される姿を?
それでそんな高いところから、俺をせせら嗤っているのか?
おい、虫ケラ、何とか言ってみろ?
まるで俺の頭の中の呼び掛けに呼応するかのように、不意に天井を離れたソイツが俺の顔面めがけてぼとりと落ちてきた。
「…っ!気色悪い!」
驚いて思いきり頭を揺すって振り落とすと、ソイツはまた明後日の方向へ這い進んで行ってしまった。
思考は依然、堂々巡り。
俺はいつまで、眠れずにいたらいい?
あの人の提げた、ちゃりちゃりと鳴る錠の音は聞こえてこない。
坂ノ上少佐はまだ来ない。