後の祭りあらすじ
人修羅にあれこれ雑用させる鳴海に、ライドウが釘をさす話。
饒舌な時はだいたい悪巧みや悪戯をしている十四代目。
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「人修羅ちゃん、コーヒー淹れてー」
「いいですよ」
「人修羅ちゃん、これも捨てといてー」
「分かりました」
「人修羅ちゃん───」
「鳴海さん」
人修羅が買い物に出掛けた数分後、読んでいた本を閉じたライドウがため息混じりに鳴海の名を呼んだ。
「どうした?」
「最近、人修羅に雑用させ過ぎじゃないですか?」
「えー、そうかな?」
所長机の椅子に腰掛けて寛いでいた鳴海が、とぼけた表情で返してくる。
しかし改めて思い返すと、去年までライドウの名を呼んでは珈琲やら買い物やらを頼んでいたそれが、何時の間にか人修羅に置き換わっていたのだ。
彼は『お人好し』な性格の上、居候という立場なので率先してやっているのだろうが、鳴海は些かそれに甘え過ぎている気がする。
いざと言う時は頼りになる男だが、それでも普段のこの怠けぶりは流石に見過ごせなかった。
「悪魔にお願いをする時は、代償が必要なのはご存知ですか?」
「え、そうなの?」
少し釘をさしておこうと述べた内容に、予想通り鳴海は興味を示す。
「悪魔の種類や願いの内容にもよりますが、人間界で力を使うにはそれなりのエネルギィが必要になります。なので、命令を実行する前に対価を支払わないといけないのです」
「例えば、どんな?」
そう尋ねられ、ライドウは少し思案する。
幾多の死線を乗り越えてきたこの男なら、代償が髪の毛や血の一滴程度では驚かないと思われるからだ。
「そうですね…買い物を頼むなら、山羊や羊を丸々一頭か高価な宝石を与えたりしますね」
「えー? うっそだァ」
ならばと挙げた一例に、対する鳴海の反応はごもっともだった。ライドウも幼い頃は、大袈裟すぎると思っていたのだから。
確かに低位の悪魔であれば、この程度の命令は代償すら不要な事の方が多い。
しかし、より高位の悪魔となると話は変わってくるのだ。
「悪魔にも階級が有るのですよ。ネビロスの配下グラシャ・ラボラスは総裁にして伯爵。七つの大罪『強欲』を司るアモンは侯爵といったようにね」
「へー。まるでお貴族様みたいだな」
呑気にそう言ってのけた鳴海に、ライドウが口の端を僅かに上げると設問の如く語り掛ける。
「では、そのお貴族様に鳴海さんは『珈琲を淹れろ』と命令出来ますか?」
その言葉に、さすがの鳴海も表情を強ばらせた。
「あ、いや…えーっと…」
しどろもどろに目を泳がせる姿に、ライドウは内心で大笑いしつつも真顔を装って相手を見つめる。
それを回答の催促と捉えたのか、鳴海が両手を落ち着きなく動かして口を開く。
「も、もしかして、人修羅ちゃんも爵位があったりするのかな!?」
若干裏返った声で尋ねられ、ライドウが即答した。
「当然です。人修羅の位は『王』。どの悪魔よりも偉い立場にあります」
魔界という組織の上下関係よりも個の主従を遵守する悪魔にとってライドウの発言には齟齬があったが、そこまで知識の無い鳴海には説明しなくていいだろう。
現に人修羅は『混沌王』と言う肩書きだけで、面識の無い悪魔にすら畏怖されているのだから。
「お、王様…」
衝撃の事実に鳴海は絶句し、そしてライドウは小さく嗤った。
「ただいまー…って、ん?」
片手に食材の入った買い物籠、もう片手に珈琲豆の紙袋を抱えて帰宅した人修羅は、所長机に両肘をついて項垂れている鳴海に首を傾げた。
「鳴海さん、どうしたの?」
事情を知っていそうなライドウに尋ねると、彼は読んでいる本から目を離さずに唇を動かす。
「これ迄の行いを反省しているだけだ」
気にするな。と素っ気ない態度で言われ、ますます訳が分からなくなる。
すると、こちらの帰宅に気付いた鳴海が勢いよく立ち上がると、どこか切羽詰まった表情でやって来た。
「お帰りなさい人修羅ちゃん! 荷物重かったでしょ? 後はやっとくからゆっくり休んでて!」
早口で捲し立てられ両手に持った荷物を奪われると、鳴海は急ぎ足で台所へ消えて行く。
一瞬の出来事になすがままだった人修羅は、その場で呆然と立ち尽くした後、我に返って叫んだ。
「…え、今の何!? ホント、何があったの!?」
その困惑ぶりに、ライドウはとうとう堪えきれずに笑い出す。
「ふっ…あはははは!」
「説明してよ、ライドウ!!」
人修羅が上下する肩を掴んで揺さぶるが、その口から溢れるのは笑い声だけ。
『はぁ…全く、この悪餓鬼は…』
全てを黙って見ていたゴウトがこれみよがしに大きな溜息を吐いたが、しかし誰の耳にも届いてなかった。