お題作品(ルウソ)「缶蹴りしようぜ!」
穏やかな航海中、やる事が無く暇を持て余したウソップが、チョッパーとルフィにそう提案すると、直ぐに二人はのってきた。
缶蹴りのルールは簡単だ。半径1メートルほど円を描き、その中心に缶を置き、鬼以外はみんな隠れる。見つけられれば鬼がその名前を呼んで缶を足で踏めば、見つかった人は捕虜となって円の中に入り仲間の救出を待つ。救出方法は、鬼が円の外に出て、まだ捕まえてない者を探している間に、缶を倒したら解放する事が出来、鬼はまた缶を中央に戻してやり直し。そんなルールだ。
ウソップはその遊びにさらに悪魔の実の能力を使ってもいい、というルールを付け加えた。
「いいのか? ウソップ。おれとルフィが能力使ったらお前が、不利になるんじゃねぇのか?」
遊ぶならば全力で、さらに楽しくなくちゃいけないが信条のウソップである。
「いいや。もう一つルールを付け加えるから大丈夫だぞ、チョッパー。お前達が能力を使うなら、おれもおれの得意技を使う!」
ニヤッとウソップが笑みを浮かべ、ゲームは始まった。
カーンッ!
青空の下、響き渡る音に、展望台に登っていたルフィは、ゴムの足を伸ばして一直線に円の中に戻った。だが、戻ってきてももう缶は倒された後だ。
「くそォ! ウソップにやられたァ」
せっかく捕まえていたチョッパーもいつものちんまりとした姿では無く、脚力強化の姿に変え、逃げて隠れてしまっている。
これで何回目だろうか。渋々飛ばされた缶を拾いに行く。
缶蹴りを始めてから、鬼になった回数はこれで3回目。7回やって、4回はチョッパーで、まだウソップは一度も鬼になっていない。
ブスッと膨れっ面になりながら、飛ばされたばかりの缶を円の中央に置いた。
さて、今度は何処から探そうか。もう先程パチンコを打った場所にはウソップはいないだろう。上から見れば、ウソップの場所がわかるかと、ちょっと缶から離れてゴムのバネで展望台まで飛んで行けば、あっという間に隙をつかれて、缶を撃ち抜かれてしまった。もう無闇に缶から離れられない。
悪魔の実の能力があっても、狙撃手には勝てないのだ。
「すげぇなアイツは」
いつの間にか後ろにトレーを持ったサンジが立っていた。その上には山盛りの焼き菓子だ。雑な盛り方からして、こっちは野郎用なのだろう。いつもなら我先にとお菓子に食い付くところだが、今は別の事に注意がいって、それには目に入って無かった。
「サンジ、ウソップしらねぇか?」
ギョロギョロと周囲を見渡すが、視界の範囲内にウソップの姿は無い。
「知ってても教えたらズリィだろ」
スパーっと、タバコを吸って空を見上げる相手をジロリと睨む。
「だって、全然捕まんねぇんだもん」
「そりゃあ、仕方ねぇだろ。逃げる、隠れる、狙撃するはアイツの十八番だろうが」
麦わら缶蹴りの追加ルール。狙撃手は、パチンコで缶を飛ばしても足と同じとみなす。
これが追加された為に、ウソップがほぼ無双だ。
何度かの鬼の交代だって、結局ウソップは捕まっていなくて、あらかじめ決められた時間が経過したから、最初に捕まった方が鬼を交代しているだけなのである。
面白いか面白く無いか、と言えば面白かった。チョッパーが、その獣並みの鼻と脚力を使ってウソップを追い詰めようとしても、ルフィがゴムゴムの能力で足を伸ばして缶からギリギリまで離れないようにしても、あの有能な狙撃手は隙をついて、隙が無ければ自らが作って、缶を撃ち抜いていくのだ。逆に次はどういう手で来るのか、鬼になったチョッパーも自分もワクワクしているのだ。
けれど、もう何時間もウソップに触れて無い。そろそろウソップ不足だ。
「おれのなのに、おれの船に乗ってんのに捕まらねぇなんてずりぃ」
「何言ってんだ、バカ」
ポンと帽子の上から軽く頭を叩かれるが、自分がバカな事を言ってるとは、思っていない。
だって、自分はこの麦わらの一味の船長なのだ。乗組員全員自分が気に入って自分が仲間に誘って、船に乗せているのだ。
自分が海賊王になるために、必要だから。いないと自分は何も出来ないから。
けれど、ウソップはちょっとだけ違うのだ。
ウソップを船に乗せたのは、彼自身が自分の為に何かをしてくれる、とか思ってなくて、ただ、ウソップ自身を気に入ったから、自分がウソップを手放したくなかったから、船に引き入れたのだ。
だから、ウソップだけは船に必要な仲間でもあるけど、自分にとっても、ちょっと特別な相手なのだ。
「ウソップがもうこの船にいねぇとか無いよな」
時折、ふと不安になる。自分がどれだけ気に入っていても、船に乗せていても、ウソップが船を降りると決めたなら、この一味にいる事をやめると決めたなら、自分の手など簡単に振り払って行ってしまうのでは無いかと。だって、ウソップは強いのだ。自分の事を弱いなんて直ぐ嘘付くけれど、実際はとんでも無く強くて、今みたいに簡単に自分を出し抜いてしまう知恵とか技を持っていて、だから、一度決めたならこちらがどんなに言っても聞いてもらえなくて、自分が決めた事を貫く強さを持っているのだ。
実際、ウォーターセブンではそうなった。結果的には戻って来てはくれたけれど、それもロビン失踪や市長襲撃という騒動があり、自分達がそれに巻き込まれたからで、何事も無く新しい船を手に入れていたら、きっとウソップとはそのまま別れることになっていただろう。
もしそうなってたら、自分は本当にウソップを手放せてただろうか。別れを告げて船を出せただろうか。
暗くて重い嫌なら気持ちが湧き上がり、ルフィはブルブルと頭を振ってそれを霧散させる。きっとこの感情は、ウソップにぶつけるものではない。
ウソップに嫌われるのは嫌なのだ。
「何馬鹿な事言ってやがる。さっきこそ、缶を撃ち抜かれてただろうが」
「そうだけどさ。全然姿見せねぇし……」
ウソップが捕まらない。それだけで悶々としだした船長に、サンジはタバコをふかせながら、内心チッと舌打ちした。長っ鼻の奴は、また厄介な奴に好かれたもんだ。ルフィが過去に恋愛した事があるようには思えない。今持ってる感情がそうだとも自覚はあまり無いだろう。それでも独占欲だけはしっかりガッツリ持っているから厄介なのだ。
「おいおい、どうしたどうした。もうオヤツの時間か?」
サンジと話してばかりで、ルフィが探す様子も見せずにいれば、何かあったのかとウソップがヒョイっと顔を出す。その瞬間、ルフィは腕を伸ばして、ウソップの身体にぐるぐる巻きつけると引き寄せ抱き締めた。
「ウソップはおれのだぁーーーー!」
青空見上げて大声で宣言する。
「いや、ちげぇーよ」
即座に本人から、ズビシッと裏拳が入るが受け入れるつもりはない。絶対絶対そうなのだ。ルフィは、ようやく捕まえたウソップをぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「つーか、ちょっと腕緩めろ。腹苦しいって!」
腕の中で暴れ出すウソップをどうにか抑え込もうとすれば、その腕を痛いほど掴まれた。
「おい、こらルフィ。ウソップが苦しがってるだろうが、いい加減離しやがれ」
今まで甲板の隅で寝ていたゾロが、いつの間に起きたのか間に入ってくる。ルフィはそれに威嚇するように睨み付けた。
「……ゾロでもやんねぇよ」
知っているのだ、自分は。ゾロも自分と同じような感情をウソップに抱いていることを。今日だって、寝ているそぶりを見せていながらも、ウソップが缶を弾くたびに口元に楽しげな笑みを浮かべていた。
「ウソップはものじゃねぇよ」
「気に入ったのはおれが先だ」
譲る気は一歩も無い。
「……選ぶのはアイツだろ」
「違う! おれだ」
睨み合う二人の間に、バチバチと火花が散る。
一体何が彼らをそんなに熱くさせているのか。
「サンジ……助けて」
一歩離れた所で我関せずを貫いていれば、うるっと視線を潤ませて、ウソップがこっちに助けを求めてくる。
ヤメロ、おれまでとばっちりはゴメンだ、とは思うものの、助けを求められれば見捨てる事もできず、サンジは未だトレーの上の焼き菓子を二、三個掴み宙に放り投げた。
「ルフィ、オヤツだぞォ」
「食いもんだぁ!!」
即座にそれに反応してルフィが、首を伸ばして焼き菓子に食い付いていく。意識が焼き菓子に向けられ、絡んでいた腕が緩んだ隙に、ウソップは素早く脱出した。ウソップが逃げれば、ゾロもそれ以上ルフィには絡まない。
もう一度腕を絡められる前に素早くサンジの後ろに隠れれば、呑気にタバコを吸ってるコックが声をかけてきた。
「お前も災難だな。どっちかに決めたら楽になるぞ?」
「何言ってんだ? サンジ。おれはおれのもんだろ」
キョトンとした顔を、わざわざ自分の肩に顎を乗せてくる。距離が近い。お陰で、言い合いしていたはずの二人のギラついた視線が同時にこっちにやってきた。勘弁してくれ。自分はウソップに、そういった感情は一切持っていないのだ。まあ、女尊男卑な自分にしてはウソップのスキンシップには鷹揚だが、それはチョッパーに対しても同じ事で、弟分として可愛がってるだけである。だから、その弟分が泣くような展開にはなって欲しく無いから時には防波堤みたいな役割はしてやるが、本人が少しも全く気付いて無いのだから、二人も報われねぇ。鈍いにも程がある。まさか、気づいて無いとか嘘じゃねぇかと疑った時もあるのだが。
「……お前、この状況で本当に何にも分かってねぇのか?」
「んん? 何がだ? それよりおれにもオヤツくれよ」
トレーの上にある焼き菓子は、次々とルフィが伸ばした手に鷲掴みされて消えていっている。早くしなければ食いっぱぐれる。
ルフィもどうやらゾロとウソップの取り合いするより腹を満たす方へと変えたようである。賢明だ。本人がその気が全く無いのだから、毬藻相手に言い合いをやっても無駄なのだ。
「はぁー、お前大物になれるぞ」
「そりゃそうだろう! おれは勇敢なる海の戦士になる男だからな!!」
「ちげぇよ、バカ」
ビシッと親指を立てて宣言するウソップに、呆れた声で返してやる。
「まぁ、いいさ」
あの独占欲の塊の船長から逃げれるかどうかなんて普通のものなら難しいが、この男なら気持ち一つで簡単な事だろう。何せ逃げ足は天下一品、ついでに手を貸してやろう何て思う相手は、その人柄ゆえに数多にいるのだ。この船の乗組員だって、大概ウソップの味方だ。
愛され過ぎるのも大変なのだろうが。
ポンポンとウソップの頭を叩いて、トレーから焼き菓子を一つ手渡す。それを嬉しそうに頬張るウソップを眺めていれば、焼き菓子を綺麗に食べ終えたルフィが再び絡み始めてきたため、逃げ惑う弟分が自分の菓子を食べこぼす前に、サンジは船長相手に容赦なく凶悪な足を振り下ろして黙らせた。