キスユー!ベイビー④理想のキスのシチュエーションは?:????
アラジンとジャスミンはバルコニーで、ジャックとローズは船の上で、フランクとレイチェルは飛行機から駆け下りた先で……
最近の俺の頭の中は、まるで浮ついた女子学生のようだった。
グレースマリーナでの例の告白劇から、しばらく。
知らぬうちに撮られていた動画はあっという間にSNSで拡散され、俺たちは一躍メトロシティの”時代の人”となった。
最初の頃は、照れやら何やらで怒ったジェイミーからしばらく避けられ、ゲッソリしていた俺だったが、それでも根気よく付きまとい、日夜口説きに口説きまくった結果、なんとか恋人の称号を得ることに成功した。
あのジェイミー・ショウと恋人になった!と当初はスキップでもしそうなくらい浮かれていて、周りの人全てに言いふらしたいほどだったのだが、言いふらす必要もないほどに動画がバズっていたため、報告したところで、最早まだ付き合っていなかったのかと驚かれたくらいであった。
ちなみにエナドリ集めで協力もしてくれていたラシードからは速攻で電話がかかってきて、「こんなに動画映えするなら、俺も連れてってくれれば良かったのに~!!」と散々文句を言われた。
そんなラシードには、ジェイミーからOKをもらった後すぐに、無事作戦が成功……はしていないが、恋人にはなれたと報告した際、優しい彼は大層喜んでくれて、「これからはイチャイチャしまくりだね!いいな~」と悪戯っぽく言われたのだが……。
喜んでくれた友人には言えなかった。イチャイチャなんて程遠く、彼とはまだ手を握っただけなんだと……。
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メトロシティ市民は割とオープンな人が多い。
海辺で愛を語り合うカップルや、手をつないで歩く夫婦など、周りの目なんてなんのそので、堂々とイチャつく人たちを見かけることも多々ある。
それなのに……それなのに、純然たるメトロシティ市民の恋人同士である俺たちは、なんでこうなってしまっているんだ?
「……よう。待たせたな」
夜の公園で熱いキスを交わすカップルを横目で見ていると、待ち人は相変わらずふらりと気だるげに現れた。
ジェイミーと恋人になってから早3か月。
念願叶って付き合いだしたと言うのに、正直付き合う前と付き合った後で変わったことは何かと聞かれると即答できない自分がいる。
少しだけ連絡を取る頻度は多くなったような気もするが、やることと言えばファイト、酒、ファイト、ファイト、たまに散歩。
完全にちょっと仲の良い喧嘩友達のままである。
もちろんコレだって楽しいし、正直俺の隣で笑うジェイミーを見るだけで満足ではあるのだが、両想いになったのだからそれっぽいことだってもちろんしたい。
目下の目標はもちろんまずはキスである。
今時、ティーンの若者だってこんなことは言わないし、良い大人が2人して何をしてるんだと思わないでもないが……俺にとっては真剣なのだ。
牛歩のあゆみでもってして、ゆるーりと進むのだって悪くないけど…やっぱり想像してしまう。
あの綺麗で猫のような吊り上がった瞳が俺の前で伏せられる様はどんなに夢のようだろう。俺より薄く、形のいいあの唇に触れたらどんな心地だろう。目を開いた彼はどんな風に笑ってくれるだろう。
……とまあ、こんな風に。
アイツといると、俺はまるで恋に夢見る学生時代に戻ったような心地になる。
アイツにだけなんだ、こんなに頭を悩ませられるのも、慌てていろいろ考えすぎてから回ってしまうのも。全て彼にだけ。
だからこそ、ここ最近はなんとか良い雰囲気になろうと、夕暮れ時に公園を散歩したりだとか、いつもより近い距離で話してみたりだとか、涙ぐましい努力をしていたりするのだが、今のところそれが実る気配はない。
なので、今日こそは!と、日も落ちて大分たったこの時間に、ジェイミーを呼び出したのだった。
ジェイミーはいつもの私服を身にまとい、待ち合わせ時間ぴったりに現れた。
そして、俺が着る服を見とめると、ふわりと満足そうに微笑む。
「やっぱ似合うじゃん」
今日俺は以前ジェイミーに選んでもらったコーデを着てきていた。
いわゆる俺の勝負服というやつだ。
ジェイミーが選んだ服を着てるだけで元気が出てくるような気がするし、何よりアイツ好みの服を着た俺、というのが良い。
それに、これから連れていく店にも雰囲気が合いそうだしな。
「誰かさんが選んでくれた服だからな」
「へぇ~?誰なんだろうなぁ。そのセンスが良い奴」
「言ってろ……さて、それじゃそろそろ行くか」
挨拶代わりに軽口を言い合ってから、おもむろにジェイミーを連れて歩き出す。
今日のために、同僚から雰囲気の良いと評判の店を教えてもらったのだ。今度こそ絶対に成功させなければ。
「着いたぞ」
ニコリと得意げに笑って店の前まで来ると、ジェイミーは驚いたようにぽかんと口を開けた。
その店は、奥まった路地にあるバーで、ぼんやりとしたオレンジ色の光が重厚な扉を照らしていた。
「オイ、ここ……」
「たまにはこういうとこも良いだろ?さ、入るぞ」
扉を意気揚々と開けると、薄暗い店内を入口と同じようにオレンジ色の淡い光が照らしていて、店の中心には大きなカウンターが横たわり、隅には小さなピアノが置いてあるだけの、こじんまりとした店だった。
穏やかなジャズが響く店内を歩き、カウンターの隅っこに陣取ると、おずおずとジェイミーが隣に座って来た。
「ご注文は?」
「俺はラフロイグのロックで。お前は?」
「……じゃあオレも同じやつ」
そうして出てきたロックグラスを、カチンと合わせて一口含む。
すぐにスモーキーな香りが鼻を抜けて、ふは、と息を吐いた。
ちらりと隣を見ると、ジェイミーはグラスをくゆらせながら味わうように口内の酒を転がして、ごくりと飲み下した。
喉仏が上下に動く様を思わずじっと見つめてしまう。
ジェイミーは普段、薬湯を飲むか、2人で飯に行っても、紹興酒やらビールやらカクテルやらをいろいろ飲むため、もちろんウイスキーを飲むことだって見たことはあるが、ロックグラスを静かに傾けるのを見るのは初めてで、なんだか妙にドキドキする。
こうして勝負の場所をバーにしたのはもう1つ理由がある。
アルコールが入って少しばかり判断力が鈍ってくれないかな~という打算と、俺自身もアルコールに力を借りれないかというところだ。
こうして付き合ってからも、当たり前だがジェイミーは相変わらず強く、美しく、色気がある。
手を出すのを尻込みしているのも、実はこのへんも関係していて、まるで新雪に足跡を残す時にような、そんなほのかな罪悪感と優越感があるのだ。
「なに見てんだよ。金とるぞ」
「あ、ああスマン。お前がこんなロックグラスで酒飲むとこなんて初めて見たからさ」
「……お前が連れて来たんじゃねえか」
フンと息を吐き出すジェイミーの横顔は、薄く色づいている。
酒のせいか、そうじゃないのか判別がつかないが、さすがに1杯でそこまで酔うことはないだろうから多分照れてるんだろう。
恋人の欲目か、普段より艶やかに見えるその顔を堪能していたいが、当初の目的のためにはここで満足するわけにはいかない。
ジェイミーのグラスが空になったのを見計らって、更に注文を重ねる。
そのまま数杯おかわりを重ねて、2人とも酔いでほんのり頬が色づいてきたころ、カウンターに置いていたジェイミーの細くて綺麗な手をじっと見つめた。
「……なに、どうしたよ」
視線に気づいてこちらに目線を合わせてきたジェイミーは、図らずも上目遣いになっていて、その顔の赤さなども相まってすさまじい破壊力だ。
そのままぎゅっと恋人の手を握ると、ピシリと固まる。
「……ジェイミー」
光を受けて輝く黒曜石を熱く見つめながら、ゆっくりと顔を近付ける。
ジャズが流れるオシャレなバーのカウンター。まるで映画のワンシーンのよう、なはず。
そのまま彼の甘くてスパイシーな香水を感じながら、そっと目を閉じようとした時だった。
「むぐっ」
バッと彼の手が俺の口にふにりと当たる。
びっくりして目を見開くと、悔しそうな、恥ずかしそうな、それでいて何かを我慢しているような不思議な表情をしたジェイミーが唇を噛みしめていた。
俺のキスを阻止したジェイミーは、そのまま何かを言いたげに口を開くが、そのままぎゅっとまた閉じられる。
「……ジェイ、」
「……チクショウ」
名前を呼ぼうとしたその口を、また強く押さえられてぐむっと変な声が出る。
困惑する俺をそのままに、ジェイミーは素早く会計を済ませると、そのまま腕を掴まれて、店を後にする。
困惑しながらも引かれるままに、特徴的な三つ編みを眺めながらついていく。夜風が心地よく頬を撫でるが、掴まれた腕はまるで燃えているように熱かった。
そうして引っ張られるままに夜の街を進んでいき、ついたところは……。
「……俺の家?」
「いいからはよ鍵開けろ」
あまりにも見慣れたマンションの一室。俺の家だ。
過去喧嘩仲間だったころも併せて何回かジェイミーを連れてきたこともあるが……このタイミングで……?
とりあえず、と、急かされるままに、わたわたと鍵を開けると、ジェイミーの手によって扉が勢い良く開かれて、そのまま自分の家なのにぐいっと押し込まれる。
「ちょ、ジェイミー!?」
驚いて彼を振り返ったが、その勢いのまま背中がドンと壁に押し付けられて、扉が閉まる音と同時に何か熱いものが唇に触れる。
ふわふわとしていて、柔らかく、そして燃えるように熱い。
息を吐くために思わず口を開くと、待っていたかのようににゅるりとしたものが口内へ入り込む。
薄暗い玄関に水音が響き、どちらのものか分からない息遣いと、彼のオリエンタルな香りだけが支配する。
やっと目が暗闇に慣れた頃には、一通り口内を蹂躙され、やり返す暇もなく離れた彼の口と俺の口を繋ぐ糸に、ああ俺は今まさに念願のキスをしていたのだと知る。
「ばーか!!」
混乱する頭でジェイミーの名前を呼ぼうとすると、その前にジェイミーが大きな声を上げた。
暗闇の中でも彼の顔が赤いのが分かって、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ジェ、ジェイミー……?」
「このアホルーク!お前考えてること分かりやすいんだよ!」
「……え?」
なぜ罵倒されたか分からずぽかんと口を開けると、ジェイミーはそのまま何かに突き動かされるように声を上げ続ける。
「最近ずっとソワソワしやがって!その割に何も手出してこねえし!どーせゴチャゴチャ余計なこと考えてたんだろ!?」
「え、は……!?」
「つーかあの店この前雑誌で、カップルにおすすめとか何とか言って記事になってたし!やることなすこと分かりやすいんだよオマエ!」
次々浴びせられる言葉に目を白黒させていたが、とりあえずどうやらジェイミーに全てが筒抜けだったと知り、俺の顔にも熱が集まって来る。
それと同時に、先ほどジェイミーの方からしてくれたキスを思い出して、喜びと疑問でハッといきり立つ。
「え、ちょ、じゃあ俺がお前にキスしたがってたの気付いてたってことかよ!?じゃあもっと前に受け入れてくれたって良かったじゃねーか!」
「ばーーーか!あんなにソワソワされてちゃこっちも恥ずかしくてたまったもんじゃないってーの!」
「え、そんなソワソワしてたか……?俺……」
「してた!それに外でしようとすんな!俺は根っからのメトロシティ市民じゃねーの!外で乳繰り合うなんてそうそう出来ねーんだよ!」
可哀想なくらい赤くなるジェイミーの顔を見ながら、俺は何かがストンと腹の奥に落ちる気持ちになっていた。
……そっか。嫌なわけではなかったんだな、キス。
……よかった。
「……そ、それはゴメン」
「……おお」
はあはあと息を荒げながら、とりあえず謝ると、ジェイミーは粗方言い終わってスッキリしたのか、大人しく頷く。
大の男2人が明かりもつけない玄関で、キスして、わめきながら喧嘩する。
傍から見たらさぞ滑稽に映るだろう。
「……あと、ルーク、お前オレに遠慮してるだろ」
「……遠慮?」
「そう。オレが手出しちゃ泣き出す生娘だとでも思ってんだろ」
さすがにそこまでは……と言おうとするが、同じようなことを考えていたのは事実なので、口をつぐむ。
それを見たジェイミーは呆れたようにため息を吐いてから、俺の胸倉を掴み上げる。
そのままぐっと顔を近付けてその鋭い眼光に睨まれると、俺は途端に何も言えなくなった。
「あのな。オレだって男なんだよ。エロいことだって考えるし、人並みに俗っぽいことだって考えんの!変に遠慮とかすんじゃねえ!あんな背中がかゆくなるようなシチュエーションでキスとか、バカなこと考えんな!」
「そ、そっか……ウン。そう、だよな」
ジェイミーが紡ぐ言葉を一つ一つ噛みしめるようにうなずいた。
確かに。……そうだよな。
散々戦って、殴って、蹴って、張り飛ばして。
コイツがたくましい男だなんてこと、メトロシティ中で一番俺が分かっているはずなのに、どうしてか恋人という称号の基で、俺の頭は狂っちまっていたらしい。
これが、恋は盲目というやつなのか。
「ごめんって、ジェイミー。もうしない」
「……分かればいい」
すっと解放された胸元を正していると、ジェイミーがぷいと横を向く。
拗ねてしまった恋人を慰めるように、その肩を抱きしめると、すんなりと腕に収まった。
それに少なからず感動していると、そこでようやく沸騰した俺の頭が気付いた。
……誰にも見られる人はいない。2人きり。今は夜。明日は休み。それにここは俺の部屋。
これって……。
「オイ」
「え、あ、な、なんだよ」
呼びかけられて、思わず肩をはねさせると、腕の中から綺麗な切れ長の瞳が視線を合わせてくる。
暗闇に浮かぶ瞳は、先ほどまでとはまた違った熱を宿しているようにも見えた。
……俺の願望かもしれないけど。
「……これからどうしたらいいか分かるよな?脳筋くん」
悪戯っぽく笑うその顔を見て、俺はごくりと再び喉を鳴らした。
ああどうやら、彼を侮っていたのはやはり俺の方だったらしい。