一目惚れの魔法をかけて「これなんだ?」
「ふふふ、お土産だよ!」
ダウンタウンの大衆的なバーの店内。
ガヤガヤした騒がしさの中、テーブルに置かれた小さな飴玉のような何かは、明かりを受けて怪し気にキラリと光っていた。
お土産とやらを差し出してきた友人、ラシードはニヤニヤとした表情で頬杖をついている。
普段はナイシャールに滞在しているらしい我が友は、久々にメトロシティへと遊びに来ていたため、せっかくなのでということでこうして夕食を共にしていた。
丸くてつるりとした包み紙にくるまれたそれは、傍目から見るとどう見ても飴玉……もしくは包装されたビー玉のようである。
お土産と言うからには何か特別なものであると思われるが、一体何がどう特別なのかは全く判別がつかない。
「土産……にしてはただの飴にしか見えないけど……なんかのジョークグッズとかか?」
「おっいいね!当たらずとも遠からずって感じ!」
ラシードは笑ってそれをポンと俺の手のひらに乗せてきたが、触ってみてもやはりただの飴にしか見えない……。
ジョークグッズが当たらずとも遠からずってことは、何か面白い効果があるんだろうか。
「それね。惚れ薬なんだって」
「ブッ!」
片手で飲んでいたビールが、喉の奥ではぜた。
ゲホゲホと咳き込むと、ラシードは、あははと笑いながらナプキンを差し出してくる。
「惚れ薬だぁ!?」
「うんそうだよ!それを飲み込んでから初めて見た人を好きになるんだって!」
面白そうじゃない?と悪戯っぽく笑う友人の顔を横目に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
惚れ薬というシロモノは、古今東西あらゆる小説だとか映画だとかゲームなんかで幾度も見てきたものだが、さすがに20も過ぎた良い大人がそれを目の前に出されたところで鵜呑みにするなんてことはない、けど。
ただ、なんてことはないと捨て置くにはあまりにも魅力的すぎるものであるのも確かで……。
「そんなモン……あるわけないだろ。つーかどうやって手に入れたんだよコレ」
「ナイシャールの露店で買ったんだ~!なんか妙に怪し気な店でさあ、奥まった路地でひっそりと売ってたから本物っぽくて良いな~って!それに」
それはそれは楽しそうにツン、と俺の手のひらのソレをつついたラシードは、長い睫毛の奥の瞳を細めて、「ルークにピッタリでしょ」と囁いて来る。
俺にピッタリ、という言葉に馬鹿正直にうぐっと言葉を詰まらせると目の前でクツクツとさもおかしそうな笑い声が鼓膜を揺らす。
「ピッ……タリって……なんだよ」
「え~?悩めるルークには丁度いいと思って」
ドキッという心臓の音が、聞こえたかと思った。
再びチラリとお土産を見下ろすと、心なしかさっきよりも輝いて見えるような気がしてくるのが不思議だ。
惚れ薬なんか信じていないというのも嘘ではない。嘘ではないが……俺だって立派な成人男性であるので、その言葉から連想されるのは若干口には出し辛いというかなんというか……。
有体に言うと、いかがわしいアレやソレが浮かんでくるのは仕方ないことだろう。
それに、ラシードが言うように、もしも、もしも本当にコレが惚れ薬なら、確かに今の俺にはピッタリなお土産でもある。
なんでかっていうと、そりゃあもちろん……コレを使いたいと思うような人間がいるっていうかなんていうか……。
俺の想いを知るラシードは、それを知っているからこそ、ある種からかう目的もあってコレを買ってきたんだろう。
そんなことあるわけはないと思ってはいるが、一瞬にして脳内にはあられもない姿をしたアイツの姿が軽く5パターンは浮かんでくる。
俺に向かって、あの綺麗で悩ましいほどセクシーな瞳を潤ませて囁いてくる。いつだって俺をダメにする力を持っている腰と、あの声でもって頭の中がいっぱいになって、それで……。
いやいやいや、バカ野郎……!
「……アイツに飲ませられるわけねーだろッ!まずこんな怪しいモン簡単に飲むわけねーし、それに、もし身体に悪いものだったら……」
「ん~まあそうだよねぇ。一応毒とかではないっぽいってアザムに調べてもらったんだけど、詳しい成分までは分からなかったからさぁ。ま、ほんとに暇つぶしのジョークグッズって感じかな」
ちょっと面白かったし、その様子じゃあ良い感じの妄想も出来たでしょ?
そう言って笑うラシードを、軽く睨んで見せるが、図星も図星なので何も言い返すことは出来ない。
……まあ、ウン。一瞬の夢は見れたかもしれない。
「ホラ、さすがにコレだけじゃなくて、お菓子とかも買ってきたからさ。許してよ」
「……おー、ありがとな」
懐から初めて見たスナック菓子を取り出してきたので、それを受け取ろうと手を伸ばすと、突然背後からにゅっと何かが伸びてきて、目の前で菓子が持ち上げられた。
「良いモン持ってんなぁ~!なにしてんだよぉ」
響いてきた声は、さっき脳内で甘いセリフを吐いていたのと同じもので……。
一瞬幻聴か!?と思ったが、想像よりもだいぶふわふわした話し方で、妄想ではないと理解する。
「はぁっ!?おま、何してんだよこんなとこで!」
「なんだようるせぇなあ。ここはバーなんだから酒を飲みに来たに決まってんだろぉ」
「ジェイミー!久しぶりだね!」
「お~ラシード~!こっち来てたのかぁ!」
あきらかに酔っていると分かる赤い顔でへらへら笑った俺のライバルは、どすんと空いた席に座ってくる。
すでに何杯か薬湯も酒も入れてきているようで、結ばれずに広がる長い髪から、スパイシーな香水の匂いが鼻腔をくすぐってきて、思わず頬が熱くなる。
ラシードの土産である菓子をしげしげ眺めているコイツは、果たしていつここに来たのだろうか、もしかして、さっきの会話を聞いていたり……。
「ジェイミーいつここに?ルークとお店に入った時は、気付かなかったけど」
「ついさっきだよ。元々ここの近くでゴロツキどもとファイトしてたんだけど、飲み足りねえから追加しようと思ってさぁ」
得意げにちゃぷんと瓢箪を揺らして見せるジェイミーに内心ホッとする。どうやら惚れ薬のくだりは聞かれていないみたいだ。
「てかこれなに?土産か?」
「うん、そうだよ。ナイシャールのお菓子」
「ん~?なんでオレには無いんだよぉ」
「ごめんごめん。ジェイミーのはホテルにあるんだ」
ラシードはあまり酒を飲まないのでシラフで平然と笑っているが、ジェイミーは明らかに酔っ払いである。
手の中のお菓子をプラプラさせながら「脳筋くんだけずるい」とかなんとか言っている。
「何がずるいだよ。ソレは俺のなんだから返せって」
「えぇ~ケチだなぁ。ちょっとくらい分けろよぉ」
「だーめーだ!お前のは別にあるってラシードも言ってんだろ!」
「んだよ……じゃあ、そっちでいいよ」
ジェイミーの手から菓子を取り上げると、ふてくされたような顔をした色男は、テーブルの上にあった別の何かをパッと手に取った。
それはもちろん先ほどひとまずテーブルに置いていた……そう、さっきの『アレ』であって……。
「あっバカ!それは!」
「へへーん!早い者勝ちぃ!」
焦って取り返そうとするが、あっという間にジェイミーは包みを開けるとパクリと中のものを口へ放り込んだ。
その満足そうな顔に慌てた俺は、ガバリと目の前の黄色い肩を両手で掴むと、ジェイミーはびっくりしたように目を丸くした。
「アホ!それ、惚れ薬なんだぞ!?」
「……はぁ?」
「だから!ソレ、ラシードが買ってきた惚れ薬なの!食べて初めて見た人を好きになるっつーヤツで……」
そこまで言うと、ジェイミーはその切れ長の瞳をパチパチと瞬いてゆっくりゆっくり状況を咀嚼していたようだったが、やがてかくんと頭が下げられ、項垂れる。
ヤバイ!なんかまずい作用でも起きたのか……!?
「お、おい大丈夫かよジェイミー!」
「……ルーク」
ぼそっと呟いたジェイミーを心配して、その顔を覗き込もうと頭を下げると、急にジェイミーの身体がふらりと傾いた。
慌てて支えようと、咄嗟に掴んだままの肩に力を込めると、そっとジェイミーの両腕が俺の首裏に回される。
「ル・ー・ク」
「……へっ?」
キラリと目を光らせたジェイミーが、こてんと首を傾げて見せる。
途端にふわりとむせかえるような色香に、目がチカチカするようだった。
「めっちゃイケメン」
「……え」
「カッコイイ。ほんと惚れ惚れする」
すりっとこちらにしながれかかってくるジェイミーに、その場でビシリと固まる俺は何も返すことが出来なかった。
妖艶な笑顔で俺の腕に頬ずりする彼の姿は、あまりにも刺激が強すぎたのだ。
「な、何言って……!」
「強いし、筋肉スゴイし、マジで最高」
いつもは憎まれ口しか叩かないジェイミーの薄い唇から吐かれる誉め言葉が、まるで麻薬のように脳内にじんわりと浸透していく。
それと同時に、まるで燃えるように顔がカァッと熱くなる。酒のせいではもちろんない。
まさか、まさか本当にさっきの薬で……!?
「え、ちょ、ジェ……」
「なあなあルーク~お前はオレのこと好きぃ?」
「いや、その……」
「なあってばぁ~」
まるで駄々をこねるように上目遣いでねだるジェイミーにくらりとする。
酔っているジェイミーは顔も赤いし目も潤んでいるし、何か……いやナニかを想像させてそれで……。
「い、いやジェイミー……!そういうのはこんなとこじゃなくてもっとちゃんと……!」
「……プッ」
ワタワタとしながら何が何やら分からないまま言い募ると、目の前のジェイミーの肩がぷるぷる震え出す。
え、と目を丸くしていると、やがてジェイミーが顔を上げて笑い出した。
「アッハハハハハ!!ばーか!」
「は、はぁっ!?」
「何焦ってんだよ!脳筋くん!」
腹を抱えて大笑いするジェイミーは涙さえ滲ませながら、ニヤニヤとした表情を浮かべている。
コイツ……!だましやがったな……!
「ジェイミー!この!やりやがったな!」
「惚れ薬なんてあるわけないだろ!まさか信じるなんて思わなかったぜ!」
未だケラケラと楽しそうに笑うジェイミーは、テーブルに置いていた俺の分のビールを勝手に一口ごくりと飲んだ。
いつも愛らしくも憎たらしい奴だけれど、今日は酔いも相まって更に憎たらしく感じる。
まあ、他の奴だったらさっきの小芝居も絶対信じてなんかないから、ここまで焦っちまったのは俺の個人的な感情によるものが大きいのだが。
「んも~ジェイミーってばー!あんまりルークをいじめないでよ」
「ハハハ。あの脳筋くんの焦った顔!見ものだったぜ」
「クソ……このタラシ野郎が……!」
「にゃははは!なんとでも言えよ!」
ラシードの呆れたような諫めの言葉にも、笑って返すジェイミーはやっぱり少し憎たらしい。
なんだよ……期待して損した……。
「まあ、そう怒るなって!お詫びにオレ様がもう一杯おごってやるからさ」
「さっき勝手に俺の酒一口飲んどいてよく言うぜ!」
「そう固いこと言うなって脳筋く……ん……」
と、その時だった。
ニヤニヤ機嫌よさそうに笑っていたジェイミーだったが突然言葉が途切れ、トロンとした顔になったかと思うと、ふらっと頭が傾いて、バタンとテーブルにつっぷした。
「え、おい、ジェイミー?」
「あれ、もしかして寝ちゃった?」
「あーかもな。コイツ酔っぱらうと突然寝るからなあ」
肩が動いているし、寝息も聞こえるので、命には別状ないだろう。
はーあ、と思わず大きなため息を吐きだすと、ラシードが俺の顔を見てくすくすと笑いを零す。
「残念だったねルーク!」
「……うるせ。結局騙されただけかよ……」
「まあまあ。お芝居だったとはいえ、カッコイイとか言われて嬉しかったでしょ?」
「……うっ。……まあ、な」
すやすや眠るジェイミーを見ながら、さっきの誉め言葉がちょっとだけ思い起こされる。
心からの言葉じゃないなら、別に舞い上がることもないけれど……まあちょっとは嬉しくもあるかもな。
ホントに、コイツは無邪気に弄んでくるっていうかなんていうか……。
もう一度小さくため息を吐いてから、まったく起きる様子のないジェイミーの腕を首に回す。
「コイツ、もう起きそうにないから連れてくわ」
「えっ、まさかお持ち帰り?」
「ばーか。……まあでも、ある意味そうかもな。コイツファイト後とか飲んだ後大体寝ちまうから、いつも俺ん家に連れてくんだよ」
「あははははそうなんだ。分かった分かったジェイミーをよろしくね」
「ああ、悪いな。また今度改めて飲もうぜ」
ジェイミーを抱え上げたままそのまま店を出て、ナイシャールから来てくれた優しい友人と手を振り別れる。
そして、星が輝くメトロシティをジェイミーを引きずりながら進む。
この見慣れた我が家への道を、この肩にのしかかるライバルを引きずりながら歩くのももう何度目か。
先ほどの”カッコイイ”をちょっとだけ思い返しながらニヤつく顔を抑えつつ家まで到着すると、肩の重みを容赦なくボスンとベッドへ投げ下ろす。
こんな風に酔って寝こけるジェイミーはいつものことなので、遠慮なんてさらさらない。
俺のベッドの上でだらんと横になるジェイミーは、いつもだったらここらでうめき声でも上げるのだが今日はどうやら大人しい。
寝ている彼の姿は、いつもより一層美しさとセクシーさが際立っていて、すこーしだけ胸の底をチリリと焦がす。
「さーて俺はシャワーでもあびるか……」
起きる様子のないジェイミーを置いて、シャワールームへ向かい、軽く汗を流す。
普段は朝シャン派なのだが、さすがに好きな子が家にいるのにシャワーも浴びないのは少し気が引けた。
まあ、その肝心のお相手は薬湯と酒まみれでぐでぐでなんだけどな。
のそのそと寝室へ戻ると、さっきまでと変わらず穏やかに寝ているジェイミーの横へともぐりこむ。
初めは同じベッドで寝ることにドギマギもしていたのだが、酔っぱらったコイツを連れ帰るのが片手で数えられなくなったころからトキメキも消え失せた。
……しかし、あれだな。
さすがにここまで起きないのも珍しいな。
完全に覚醒はしないまでも、普段だったらそろそろふにゃふにゃ目を開け出すというのに。
もしかして、やっぱ体調悪いのか……?
「オイ、ジェイミー」
少しだけ心配になって、ゆさゆさジェイミーを揺らす。
目を開ける様子のない彼をもう一度強めに揺らすと、長い睫毛がふるりと震えて、とろんとした瞳が現れる。
「ジェイミー……?よかった、大丈夫か………?」
「……」
ジェイミーは虚ろなままぼんやりとしていたが、やがておもむろに俺の顔を見る。
そして、ぱちりと瞬きをした瞬間、ジェイミーの瞳に光が宿る。
「おい、ジェイミー……?」
「ルーク……」
ボソリと囁いた、ジェイミーがまるですがるように俺のTシャツの裾を掴む。
それに少しだけドキッとしていると、唐突にジェイミーがハッとした顔になる。
「わ!ちょ、ちけえって!」
「え、ええ!?」
さっきまで俺の服を掴んでいたのはコイツの方だというのに、すぐさまバッと後ずさったジェイミーはその褐色の肌をぶわりと赤く染めている。
酔うとすぐ赤くなるジェイミーであるが、いつものように全身が赤くなるのではなくて、頬だけがサッと染まるものだから、思わず目を見開いた。
「どうしたんだよ急に……」
「だ、だってココお前ん家だろ……!?それにルークのベッドの上なんだから、こんなに近づくはその……ダメだろ」
「はぁ!?いつもこのくらいの距離で寝てんだろーが」
うろうろと視線をさ迷わせるジェイミーは、ベッドのはしっこで薄い唇を噛んでいる。
なんか様子がおかしいな。
いつもだったらベッドの上だろうと距離が近かろうと気にも留めないのに。
「オイ、やっぱりどっか体調悪いんじゃ……」
「あ、あ、バカッ!」
ずりずりジェイミーのそばまで近寄ると、面白いほど狼狽する。
それに面食らいながらもひとまず晒された額にするっと手を当てた。
「うーん……熱はないみたいだな」
「ちょ、急に触るなって!」
そう言って額に乗せられた俺の手を両手ではがし、ぎゅっと握る。
その手はまるで燃えているように熱いし、触るなって言っても普段うんざりするほど触っている…というか殴る蹴るを繰り返しているというのに不思議なことを言うもんだ。
やっぱり何か体調不良でも起こしているのか……?
「なあ、何かあったのか?」
「べ、べ別になんもねーし!ルークに触られたからってそんな……」
顔色を伺うように視線を合わせると、ジェイミーの瞳が見開かれて、常とは違う、何か熱くてゆらゆらしたものが込められているのに気付く。
その目を見て、おぼろげだった違和感が唐突にはっきりしてきた。
これ、もしかして、さっきコイツが食べた……。
「ジェイミー」
「な、なんだよ」
「お前、俺のこと好きか?」
「はぁっ!?」
間違いない。
これはさっき食べた惚れ薬の作用だ。
急な焦り具合も、この不可思議な態度も、瞳の潤み具合も、全て惚れ薬のせいで俺に惚れているからなのだ。たぶん。
さっきまで単なるジョークグッズだと思っていたけれど、どうやらホンモノだったらしい。
問いかけられたジェイミーはというと、分かりやすく焦って声を上げ、絵具を垂らしたように頬の赤さがじわりと増す。
「な、何言ってんだ!このオレが!脳筋くんのことなんて好きなわけねーだろッ!お前なんてキライだバカ!」
テンプレのようなセリフを真っ赤な顔で吐いた目の前の彼は、まるでギャルゲのヒロインのようだと俺が思っていることを分かっているのだろうか。
いや、分かるわけない。だってギャルゲなんてコイツは知るわけないだろうし。
だからこそ、今の彼にとってはきっと嘘ではなくて、素のままの反応なんだろうな。
うーん……いやこれは明らかに『そう』なんだけどなぁ……。
果たしてどうしたものか……。
顎に手を当ててうんうん唸っていると、ふいにクンッと服が引っ張られる。
見ると、先ほどと同じように、ジェイミーが俺の服の裾をつまんでいて、泣きそうなほど水分を湛えた瞳でこちらを見上げていた。
そしてそのまましばらく口をパクパクさせながら、何かを言い淀んでいたのだが、やがて観念したように俺の目をじっと見つめてくる。
「……ゴメン、やっぱウソ……ほんとは……好き」
「ンングッ!?」
小さく小さく囁いてきたジェイミーの言葉に、脳内で爆弾のように何かが爆ぜた。
ドッカーンって音が聞こえたと思ったのは、多分俺だけである。
「……ジェ、ジェイミー……勘弁してくれ……」
「んなっ!?お前が聞いたんだろーが!」
「違う……違うそうじゃなくて……」
胸をおさえて震える俺に、ジェイミーがガバリと肩を掴んでくる。
破壊力が、破壊力がすごい。
たぶんペイルライダーの500倍はあると思う。
「だ、だって仕方ないだろ!……嫌いになれるわけねーし……こうやってベッドにわざわざ運んでくれるのも、いつもすごい嬉しかったし、一緒のベッドに寝るのも、ホントはいつもめちゃくちゃドキドキしてたし……」
「ジェイミー、ジェイミーまって。これ以上は俺が死ぬから」
次々と吐き出される爆弾が、確実に俺の中の柔らかい部分に被弾していく。
……ヤバイ、嬉しい。
分かっている。薬のせいだっていうのは分かっている。
だけど、まるで最初から俺のことが好きだったみたいな言い方してくれているのも、殊更グッときた。
脳内で神とラシードに感謝の祈りをささげていると、ジェイミーが不安げな顔をしながら再び口を開く。
「……お前は、多分オレのことなんて好きじゃないと思うけど、でも、それでも」
「え!」
「……な、なんだよ」
「そんなわけねーだろ!」
ガバリと身体を前のめりにすると、ジェイミーは目を白黒させる。
まさか、俺の気持ちとか全く伝わっていない?
薬のせいでおかしくなっているとは言え、この発言に黙っているわけにはいかない。
「言っとくけどな。俺はお前よりずっと前からお前のこと好きだったんだからな」
思わずといった調子で口に出すと、ジェイミーは面食らった様子だったが、すぐに意味を理解して眉をキッと吊り上げる。
「まてまて、お前がオレより先に好きだった?バカ言うなよ脳筋!」
「いや、そうだろ。お前薬のせいでこうなってるし……」
「ちげーって!だからオレだってずっとお前のこと好きだったんだって!」
「いやだから!俺の方がずっと前だったんだよ!」
そこまで勢いに任せたところでジェイミーと視線がかちあい、2人してピタリと動きを止める。
やめよう。冷静になるとまるっきりバカップルの会話である。
しばし妙な沈黙が2人の間に流れていたが、やがてポツリとジェイミーが喋り出した。
「……分かった。つまりお前もオレのこと好きだってことなんだよな……」
「だからそうなんだってば!ジェイミーのことが一番好きなの!」
「……ほんとに?」
チロリと期待を込められた視線がこちらへ寄越される。
その伺うような囁き声に、ハッとして思わずツバを飲み込んだ。
そして今更ながらここがベッドの上だということに気付いて、じわりと手の平に汗が滲んできた。
まさかまさか、これって千載一遇のチャンスなんじゃないか?
俺のことを好きだと言ってくれている想い人と2人、ベッドの上。これってやっぱり……。
「嬉しい、ルーク」
「あ、えと、ハイ……」
ジェイミーがにこりと微笑むのに、くらりと目眩がするようだ。
「な、なあ、ルーク……」
熱っぽい眼差しと共に、今度は服じゃなくて、俺の手がぎゅっと握られたので、思わずピクリと肩が跳ねた。
確かな期待が込められたその目を見つめながらこの後を考える。
ここで、ジェイミーの肩を掴んで、そんでキスをしたとしたら。
そのまま押し倒して、それから、それから……?
頭の中で、さっき妄想したジェイミーの艶っぽい顔と、目の前で嬉しそうに笑う顔と、それから、普段の得意げに蹴りを繰り出してくる顔が浮かんでは消える。
そのどれもが俺の中で一等星みたいに輝いていて、人知れず胸がギュッと締め付けられた。
ああ、これが絶好のチャンスだと分かっている。
二度とこんなことないかもしれない。
……けど。
「ダメだ」
「え?」
「ここでお前に手を出すわけにはいかない」
キッパリと言うと、ジェイミーは驚いたような顔をしてから、それから何かを飲み込むようにきゅっと口をつぐんだ。
好きだ。ジェイミーのことが。
ここで手を出すのは簡単だし、さぞや素敵な夜になるだろう。
きっと今の彼もそれを望んでいる。
だけど、本当に俺が欲しいのは、そうじゃなくて……。
「薬で俺のことを好きなお前じゃダメなんだ。きちんと普段のお前が俺を好きになってくれなきゃあ、意味がない。だから……ごめん」
「……」
ジェイミーは俺の言葉をゆっくりゆっくり咀嚼しているようだったが、やがて不満そうに、だけどちょっと嬉しそうな変な表情を浮かべた後、諦めたように目を伏せた。
そして、小さく口を開けてぼそりと囁く。
「……覚えてろよルーク」
呟いて、こちらを軽く睨んできたジェイミーだったが、次の瞬間、さっきのバーの時と同じようにふっと意識が飛んで、バタンとベッドに倒れこんだ。
「え!?オイジェイミー!」
慌てて彼の顔を覗き込むが、すぅすぅという穏やかな寝息が聞こえてきて、ほっと胸を撫でおろした。
多分だけど、薬の効果が切れたんだろう。
ほーっと息を吐き出してから、後頭部をガシガシかく。
それから、すやすや眠る想い人を抱えてゆっくりと枕の上へとおろし、自らも隣に寝転んだ。
恐らくだが、きっと明日の朝にはすっかりいつも通りのジェイミーになっているだろう。
生意気で、自信たっぷりで、酔いやすくて、意外と面倒見がよくて、それから優しい、そんなジェイミーに。
……やっぱりちょっともったいなかったかも、なんて思ってしまうのは許してほしい。
「……次はいつものお前の口から、言わせてみせるからな」
誰に聞かせるでもなく囁くと、そっと彼の髪を撫でる。
つやつやの絹糸のような髪を撫でていると段々とまぶたが閉じてきて……。
とろとろと落ちていく意識に身を委ねながら、眠りの海へと潜っていくのを感じる。
また明日な。
……おやすみ、色男くん。
そうして目覚めた次の日の朝。
ジェイミーは昨夜の全ての記憶が残っていたし、あの薬は惚れ薬という名前だが、その実、恋心を増長させる薬だったらしいし、俺の好きな子は、ギャルゲのキャラよりもずーっとツンデレだったらしいと知ることになるのだが、まあ、それはまた別の話。