晴れ、ときどき満月中秋の名月。
秋の夜空に浮かぶ、とても美しい満月を指す。
そもそも月を最後に見たのはいつだったか。
「それでスティンガー、私に見せたいというのはこれかい?」
アクアティックセクターに呼ばれたと思えば、油断したとはいえ間髪入れずに攻撃を食らってしまった。
目が覚めれば言わずもがな、彼の幻想の中。
一面に広がる夜空には綺麗な満月がぽっかりと浮かび、その月の光を反射して浜辺に打ち寄せる波がきらきらと輝いている。
「暦が私の数える通りであれば、今夜は一際綺麗な満月が見れるそうだ」
「長いことこの施設に居て、外にすら出られていないというのに?乙なものだね、クラゲにも四季を愛する心があるとは」
「貴様の減らず口は聞き飽きた、相手をする気にもならん」
普段なら間抜け顔だの浮かれパーティーハットだの、倍の悪口を返してくるスティンガーが、今日はため息を吐くだけで言い返してくることはなかった。
だが、これと言って今更驚くこともない。
彼は見た目以上に、ガラス細工と同じくらい繊細だ。
今日、彼をいじるのは止めておこう。
「それにしても、夜の海も綺麗なものじゃないか。仮初の景色だとしても、本物に勝るとも劣らない出来だと思うよ」
「…………」
フォローというものは本当に苦手だ。
どれが正解で、どれが地雷に当たるのか、全く見当がつかないから。
「…スティンガー、気を悪くしてしまったかい?謝るよ、君がそこまでナイーブな気分だとは思っていなかったん─────────」
「お前といつか此処を出て、夜の海で月を眺める事があったらと考えていた」
「……はは、何かの冗談かい?」
「月を前にして、想い人に気持ちを伝えるための言葉があるらしい」
『月が綺麗ですね』
嗚呼、本当にこのクラゲは。
無駄に博識なうえに、揶揄い上手だ。
「………死んでもいいよ」
「ふ、ただでさえ赤い顔が更に真っ赤になったな」
「うるさい、死ぬときは君も一緒だ」
「何を分かり切ったことを」
己の体を抱き寄せる彼の触手に素直に従い、月明かりで白い砂浜に伸びる二人分の影は、ゆっくりと一つになった。