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    hakujoumae

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    hakujoumae

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    リオヌヴィ

    人間ってかわいいよね。
    あちこち無邪気に駆け回ってたかと思えばあっという間に大きくなって。
    立派な服を着て、時々難しい事を喋ってみたり。あたし達には想像も出来ないような難しい作戦をうんうん考えて、それで大きくてなんだかすごいものや、小さくて便利な物を作れるんだ。
    でもね、体が大きくなってもやっぱりかわいいままなのは変わらないの。
    パレ・メルモニアの制服を着た女の人が誰も周りにいないのを見計らって、小さな声で「一度だけハグしてもいいですか?」って聞いてきた時はあんまりいじらしくって頷いちゃった。
    だって、小さい子供は、きゃ〜!って歓声を上げながら飛びついてきてぎゅうぎゅう抱きしめてくるなんて珍しくないんだよ。ほんの数年経っただけで、こんなに遠慮しなきゃいけないなんて!
    もしかして、大きくなったから我慢してるだけで、本当はあたし達を抱きしめたいと思ってる人間って他にも大勢いるのかな?
    この前はね、ヌヴィレット様と並んで海を見てたら、「ヌヴィレット様がずっと海を真剣に見つめてらっしゃる」「何か海で起きたんじゃない?」って勘違いした人間が大勢集まってきたの。
    けど直接聞いてこなくって、少し離れた場所でみんなこっちの様子をソワソワ伺ってるんだよ。子供だけじゃないよ、ほとんどが大人なの!すっごくかわいいでしょう?
    あたし、途中から海の向こうや今日の夕飯の事より人間が気になっちゃって、海を見つめてるフリしながら人間を観察してたの。ヌヴィレット様が立ち去った後、なんでもなかったのかもって気付いた人間達がそそくさいなくなって、それもとってもかわいかったんだ。
    それからね、会うなりあたしの尻尾をいつもギュ!と握ってはお母さんに叱られてるいたずらっ子がいたの。
    その子はなんと、警察隊に入ったんだよ!そう、警察隊は市民やあたし達を守ってくれるお仕事だよ。
    あんなにヤンチャだった子が警察隊の服を着て、あたし達とお揃いの制帽をかぶって、背筋をピン!と伸ばして真面目な顔でお仕事してるの…。
    けどね、ときどき、あたしの尻尾の方をチラチラ見るんだよ。バレないようにこっそりあたしの尻尾が揺れるのを見てるの。あの子、イタズラしたいんじゃなくって、ただ長くてカーブしてるあたしの尻尾が好きなだけだったんだ。
    今はその子の孫の孫…更にその孫だったかな?警察隊にいるよ。メリュジーヌの尻尾に興味があるかは聞いたことないけどね。

    人間って寿命が短いから…、次々にお別れをしなくちゃいけない。寂しいって思うけど、そういうところが綺麗だなって思うんだ。
    この気持ちって、どんな風に説明したらいいんだろう?
    夜の空気が冷たく澄んでて、夏がもう去ってしまうって少し名残惜しく思う時の感じかな?
    大切に育ててたレインボーローズの花がゆっくり色褪せて萎んでいくのを見守ってる時の気持ちかな?
    学校の先生をしてる人間が「卒業生を見送るのは毎年の事だけど寂しい。祝福すべき事だから嬉しい気持ちも嘘じゃないんですけどね」って前に話してたよ。そんな感じかな?
    人間だって、犬や猫やカモメがみんな何十年も生きればいいのになんて考えないでしょう?
    あたし達もそう。
    寂しいとも思うけど、短い寿命の中で人生を謳歌してる人間の姿が愛しいって思うんだよ。


    随分と久しぶりに水の上へ顔を出した。
    ここ最近は上も下も少々バタついていたし、直接出向いて話すような議題も無かったから、書類のやり取りも人を介して済ませていた。
    今日の仕事だって、別に俺じゃないと困るようなもんじゃあない。いくつかの書類を上に届けて、ヌヴィレットさんの承諾を得たら帰るだけ。
    けど、流石に根を詰めすぎだと看護師長からも言われてしまった。
    そんなわけで、休暇も兼ねて久々に上の空気を吸いに来た。半日ほどゆっくり過ごせるから「ヴァザーリ回廊でお茶を楽しんでからパレ・メルモニアへ向かいなさいね。すぐに戻って来ちゃダメなのよ!」とのこと。
    せっかくなんでパレ・メルモニアへの道すがら散歩しようと少し遠回りをする。
    上空を旋回するカモメ達の合唱を楽しみながらパレ・メルモニアの外周をなぞって、カーレス線の入り口へと差し掛かるとなんだか見覚えのある後ろ姿があった。
    「ヌヴィレットさん?」
    首をうんと曲げてメリュジーヌを見つめているのは、数刻先に顔を合わせるはずの最高審判官その人だった。
    「リオセスリ殿。すまない、探させてしまっただろうか。休憩中だったのだ。」
    「いいや?早く上がってこれたんで俺も休憩がてら散歩してたんだ。だからこれはただの偶然さ。」
    「ごきげんよう公爵様。今日は良い日だね。」
    ふたりに近寄ると、マレショーセファントムのマーナが手を振って挨拶をしてくれる。
    「ごきげんようマーナ。何か良いことでもあったのかい?」
    「ヌヴィレット様とお話が出来たし、公爵様にも会えたし、それにとっても良い天気!だから良い日ってことだよ。」
    マーナはミトンみたいな可愛らしい手で空を指さす。フォンテーヌ廷の今日の空は、雲ひとつない穏やかな快晴だ。
    「今の俺にとっちゃ空が見れるってだけで貴重な体験だが、確かに今日は随分と気持ちの良い天気だ。」
    ヌヴィレットさんもつられて、無言で空を見上げている。
    「風が気持ちいいでしょ?エピクレシス歌劇場やロマリタイムハーバーでは海岸から潮風が乗ってくるけど、フォンテーヌ廷はフォンテーヌの水に囲まれてるから、風もなんだか…純粋なフォンテーヌの風って感じがしてあたしは好きなんだ。」
    「確かにここの風は落ち着くな。」
    フォンテーヌ内でも他国と隣接する地域は風が違う。
    潮風のじっとりとした香りも刺激を感じて嫌いじゃあないが、散歩するにはやはりフォンテーヌ廷の穏やかな風がぴったりだろう。
    「こうも雲が無い日も珍しい。こんな空模様、あと何度お目にかかれるんだかな。」
    そもそも日差しと無縁の生活だ。
    たまにこうして水の上を訪れる事があっても、雨の日もあれば、雪の日もある。夏の日差しの中高く積み上がった雲も、羊みたいな雲がポカポカ浮かんでいる空も、濃い霧の中でフォンテーヌの誇る常夜灯だけがぼんやりと光ってるような光景だって嫌いじゃないが、やはり常に天井のある空間で生活している身としては、この遮るものが全く無い空模様に一番好感を覚えてしまう。
    「次に来る時は……」
    言いかけて、言葉を飲み込んでしまう。
    空を見ていたはずのヌヴィレットさんが、いつの間にか何とも言えない顔で俺を見つめていたからだ。
    驚き?いや、ショック、不安…。なんだ?ともかく、初めて見る表情だった。
    いつだったか、クロックワーク工房に立ち寄って店内を眺めていた時。壊れてしまったお気に入りのおもちゃを抱えて店主に修理出来るかと尋ねていた子供がこんな顔をしていた気がする。
    「ヌヴィレットさん?何かあったのか。」
    「いや、……。空を、あまり見れないのは……。」
    「あぁ、いや。水の下での生活に不満があるわけじゃない。俺は誰にも強制されてないし、最終的に自分の選択の結果だからな。」
    「…………。」
    空が見れない生活への不満に聞こえたんだろうか?
    彼は饒舌な方ではないが、かといって喋らせれば口下手なわけでもない。仕事柄もあってか、静かながらも堂々とした雰囲気で語るタイプである。そんな人がこうも言い淀むとあっては、やはり何かあったのではと首を傾げた。
    「リオセスリ殿…。」
    「うん?」
    ヌヴィレットさんは何かを探すみたいに視線を忙しなく動かしていたが、やがて飲み込んでしまった。
    「私は先に執務室に戻らせてもらう。予定の時間までは別の仕事を片付けているから、ゆっくりして来るといい。マーナ、ではまた。」
    そう言い残して、疑問を残したまま立ち去ってしまった。
    「……?なんだったんだ。」
    とはいえ、深追いすべき相手ではない事も承知している。そっとしとくべきなんだろう。
    「公爵様は犬を飼ったことはある?」
    並んでヌヴィレットさんを見送っていたマーナがふと声をかけてくる。
    今にして思えば、あのヌヴィレットさんが彼女への挨拶もそこそこに立ち去るなんてやはりかなり珍しい事のように思う。
    「ん?いや…。昔住んでた家に猫が居たことがあったが、俺が飼ってたってわけじゃなかったな。」
    「犬や猫が80年くらい生きたらいいのになって思う事は?」
    なんの話しだ。
    だが要塞へ遊びに来るメリュジーヌ達も脈絡のない話を持ち掛けてくる事は多いから、俺はあまり深く考えず返答する事にした。
    「犬や猫がもっと長生きだったら…。街に動物が溢れかえる事になるんじゃないか?いや、正直考えた事もない。そういう生き物だろう?」
    うんうんとマーナが頷いている。
    「だからもし、人間が猫にもっと長く生きて欲しいって思う事があるとしたら、その個体が特別ってことなんじゃないかしら?」
    「例えばペットとして長く可愛がった、とか。」
    「うんうん、そういうパターンもあるよね。」
    「……?」
    マーナはポテポテとスキップを踏むように水辺へ歩いて海を眺める。
    「『寂しいけど綺麗が』が『胸が張り裂けそうに苦しい』に変わったら、それは特別ってことなのかも!あたし、特別って素敵なものだって知ってるよ。ヌヴィレット様にも特別が増えたら嬉しいな。」
    「……ヌヴィレットさんとそんな話をしていたのか?」
    「ううん、そうじゃないけど。」
    振り返ったマーナは嬉しそうに笑っている。
    「やっぱりもう執務室に行った方がいいと思うよ。」
    「……そうだな、そうしよう。」
    釈然としなかったが、やはり先ほどのヌヴィレットさんの様子が気にかかる。「ほかの仕事」が急ぎというわけでもないだろう。
    せっかくの休暇なんだから、上司とゆっくり会話を楽しんでみるのも悪くないんじゃないか?
    マーナに挨拶を済ませ、パレ・メルモニアの執務室へと向かう。
    さぁ、どうやってあの人の口を割らせようか?
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