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    hakujoumae

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    hakujoumae

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    リオヌヴィ
    4.2迄のネタバレ多数
    捏造過多
    なんでも許せる人向け
    読んでも幸せな気持ちにはなりません

    私を愛し、そして私が愛した者の血肉が喉奥を熱く濡らす。両眼から溢れる涙と共にそれらを飲み下した。
    最後の一滴まで残さずに。

    「ヌヴィレット…」

    ステージで項垂れる私の背中に声がかかる。
    人払いをした歌劇場へ入って来れるのは、いまや麗しき"フォンテーヌ"の姓を持つ彼女くらいだろう。
    たから、振り返らずにいた。
    彼女はゆっくりとステージへの階段を上がってくると、私の背中に額を押し当てて静かに啜り泣き始めた。
    出会った頃のあどけなさはとうになく、私の服の裾をキツく握ったその手には深い皺が無数に刻まれている。
    しかし、彼女の美しさは全く色褪せず、人間として己の人生を謳歌した華々しさが一層引き立てるようだった。
    美しい彼女の存在が、今は、かつての穏やかだった日々を思い出させてより涙が溢れる。
    彼女も人が呪いを背負うという事がどんなものかを知っていたので、ただ黙って寄り添って泣いてくれている。
    こんなかたちで、ひとつになりたいと、願ったわけではなかったのに。


    メロピデ要塞。
    フォンテーヌの罪人の流刑地。
    リオセスリ公爵の管理する、罪人更生の地でもある。
    正義の国フォンテーヌから水神が退き水龍が国を治めるようになってもその役割は変わらなかった。
    管理者によってあらゆる顔を見せてきたその要塞は、彼がトップに立った事で長い間理想に近い運営がなされていた。
    そう、本当に長い間である。
    フォンテーヌの民たちは何故彼が公爵の爵位を与えられたのかも、何故彼が若いまま歳を取らないのかも、よく知らない。
    長命の種族なのか、水龍の眷属なのか。
    彼を取り巻くそれらの噂は半分が本当で半分がデタラメだった。
    彼は長命種ではなく、水龍の権能で生きながらえている人間なのだ。
    本人は祝福だなどと嘯いていたが、実際のところ彼の命を氷の中に閉ざしていたのは呪いである。

    人の身で呪いを背負うという事が、どんなに苛烈か。
    上位種が己の長い寿命を背負えるのは、人間とは価値観や精神の強度が根本的に異なるからだ。
    例えば人間は道を歩く時に己が踏み潰す虫の存在に意識を向けないが、踏み潰した命ひとつひとつの断末魔が鮮明に耳に響いていれば心を蝕まれるかもしれない。歩き方を変えようとも思うだろう。
    しかし実際はそんなもの聞こえないので誰も気にもとめないし、聴こえてきて欲しいとも思わなければ、虫に敬意を払いたいと思っている者もそういないだろう。
    そういった、存在規模の違いが人間と上位種には確かにある。鈍さとも傲慢さとも違う。
    その違いが長い生に耐えうるかどうかにも大きく影響するのだ。

    彼は長い間、本当によく耐えていた。
    もしかしたら、心から穏やかだった時間より、苦痛を押し殺していた時間の方が長がったのかもしれない。
    けれど、彼には愛するものが多くあったし、なにより自分の命が終わる時は最も愛する者の命も終わる時だと知っていた。
    だから長い時間を耐えた。
    だから──、決断してからが早かった。

    彼はまずメロピデ要塞を狂わせた。
    水の下の住人達。水の下に派遣された看守達。
    己が築いたシステムに亀裂を入れ、最も効果的な方法で彼らの人心を掌握し、自ら秩序を破壊する集団に仕立て上げた。
    それと同時、彼は水の上にも及ぶ自身のツテを使って下準備を施し、それらを一気に芽吹かせた。
    常に最短で、最良で、最悪の一手を選び続け、驚く程の速さで犯罪を国中に撒き散らし、瞬く間にフォンテーヌを混乱に陥れてみせたのである。

    決断した彼は、上位種の愛が己を包んで庇護するのを許さなかった。
    だから、言い逃れしようがない罪を途方のない高さまで積み上げて、法廷へ持ち込んだのだ。
    愛する者に裁かれる為に。
    そして、愛する者を裁く為に。

    "人間"がフォンテーヌへもたらした罪としては最悪に数えられる部類のものである。
    最早災害と言っても申し分ない。
    しかし短期間で発生したものである事も相待って、元凶を絶てば復興は難しくはない。
    これが長い時間を掛けて練られた犯罪で、フォンテーヌの隅々にまで痕跡が染み渡ってしまっていれば、取り返しがつかなかったかもしれない。
    それだけが幸いと言えるだろう。
    ともかく、フォンテーヌ史上二度目となる死刑判決が、公爵・リオセスリにくだされる事となった。
    そしてその罪を生み出した元凶であるとして、最高審判官である水龍にも同様の判決がくだされることとなった。

    こうして、とある番の数百年にも及ぶ治世は幕を閉じたのだ。

    緞帳は既に落ちた。
    照明すら落とされた暗い舞台に残るのは、刑をくだされた痕跡のみで、あとは静寂が横たわっている。
    折重なるようして息を引き取っているふたり。
    最高審判官であり水の龍王、そしてメロピデ要塞の砦である公爵。
    龍王のもたらした呪いによって、彼らの命はいわば一蓮托生の状態であった。
    死を迎える際は必ず共に。
    呪いを与える時、そして授かる時、ふたりはこんな結末を想像しただろうか?
    きっと、していたのだろう。
    幸福ばかりの道行ではない事を考えなかったはずがない。
    それでも……

    「──我らは、夭逝した族の血をすすった。月と星の運行が潮汐を乱す時……」

    ふたりの血が混ざり、浮き上がって、私の手の中で渦巻く。

    大いなる力を抱えた生命が終焉を迎える時、内包していたエネルギーが飛散し、往々にしてそれらは災害を招くものだ。
    魔神の死であっても、周囲の人間を変質させて死に至らしめたり、土地に病を残したり、生き物を魔物に変質させたりしてしまう。
    魔神であってそれなのだ。太古の力を内包する元素龍では規模が違う。
    あのスメールで草龍アペプと魔神ブエルが互いの領地を主張しながらも睨み合いを続けている状態なのは何も相手を恐れているからではない。どちらかが死ねば、領地を奪還したとて災害が降り注ぐ。仮にアペプが死せば、大量の草元素エネルギーがスメールを覆い尽くして瞬く間に原初の森の姿へ還ってしまう。
    それは水龍でも同じこと。
    だから……

    「だから、その為に私がいるのだ」

    かつての水神フォカロルスが極刑を下された時、彼女の力がフォンテーヌに如何なる災厄をももたらさなかったのは、彼女の持っていた力を受け止める者がそこにいたから。
    水龍ヌヴィレット。
    彼と同じ姓を持つ者として、私はその役目を果たす。
    水龍が元素エネルギーを練り上げ、公爵の血と元素力を編み込んで生まれた後継者がこの私である。
    かつて龍族に伝わった風習。
    我らは逝去した同族の血を啜る。
    草龍アペプが魔神アモンの死後その遺体を食べて禁忌の知識を継承したように、私も水龍の後継者として、父の遺骸を飲み下す事でその力を我が身に納め、権能を完全に継承する事が出来る。
    ふたりの父の血が、肉が、骨が。
    私の口元を濡らし、喉に流れて、体の内側で力となるのを感じる。
    顎を伝う熱い液体が、血なのか涙なのか、もう判別がつかない。

    「ヌヴィレット…」

    歌劇場へ入ってきた私の友人が、静かに寄り添って、涙を溢している。
    彼女はかつての水神……いや、水神を演じた人間の末裔で、その痕跡を姓として継いでいる。かつて祖先が背負った呪いについても伝え聞いていた。
    フォンテーヌの内情を知る数少ない者で、我々は友人だった。

    「……これで私の役目は果たされた。父が私という個体を生み出したのも、このような事態を予見しての事だったのだろう。これより、最高審判官の地位を正式に引き継ぎ、職務を全うしてゆく」
    「ヌヴィレット、そんなことを言わないで……」

    彼女の声の方が、私よりよほど涙に濡れて震えている。

    「彼は責任感のあるお方だったから、きっと自分の死後にあなたが成すべき事を果たしてくれると考えたでしょう。けど、あなたの誕生は、別の話。願いと祝福に満ちたものだったとわかってるでしょう?国の道具とする為に生み出されたわけじゃないはずよ」

    まだ幼い私の髪をすく、細く長い優雅な指。微笑ましいものを眺める眼差し、柔らかな笑顔。
    髪を掻き乱して頭を撫でまわす、がっしりした頼もしい手。どれだけ大きくなっても軽々と抱えられて、幸福を味わうように黒髪の奥で目を細めて笑う笑顔──

    かつての情景が、脳裏に浮かぶ。
    眠りに落ちる間際、あやすように私の体を撫でながら繰り返し語られた言葉が思い出された。

    『彼が長らく願ったもの。あたたかな家族というものを私が与えられて本当に嬉しく思う。君が生まれてきてくれたからこそ、私達は本当の家族になれた。これほどに愛おしい者に巡り会えた。感謝してもしきれない』

    もう、声が抑えられなかった。

    「貴方は後継者としての責任を立派に果たした。だから、もう、今のあなたはふたりの愛おしい子供なの。失った人を想ってただ泣いていいのよ」

    友人が肩を抱いて泣いている。

    「う、あ、あぁ……」

    彼らが残した爪痕や、これから国を背負うという責任。
    それらを傍に置いて、今はただ彼らの子供という立場で泣いてもいいのか。
    どうして私を置いていくのかと憤っていいのか。
    かつて幼く無垢だった頃、早く力を手に入れて強くなりたいと口にしたが、こんな形で力を手に入れたかったわけではない。
    ただ、ふたりの横に並びたかっただけだったのに。

    「と、おさま……」

    目一杯の愛情を注がれた思い出が今は私の心を引き裂いて、それでも愛おしい。
    人の身というのは、これほど涙を溢れさせる事が出来るのか。
    近年の災難で民は疲弊しているとはいえ、長きに渡って正義、公平、平等、法律でもってフォンテーヌに平穏をもたらし続けた二柱への恩を忘れてはいない。
    きっと今夜くらい雨が降り続けても彼らは許してくれるだろう。
    かえって、慰めになるのかもしれない。

    明日はきっと晴れる。
    爽やかに、とはいかないだろうが。
    私にも果たすべき職務があり、共に歩む友人達がいる。
    フォンテーヌで新たな歴史の幕が上がるだろう。
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