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    岩藤美流

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    岩藤美流

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    蒼の誓約 8

    最終話です! ここまでお付き合いありがとうございました!

    ##パラレル

    魔法使いにいつもの日々が戻ってきました。不安げな顔をした双子のウツボが顔を出したので、彼は小言を少し漏らしましたが、彼らを罰することはありませんでした。契約で縛らなくても、彼らが自分を裏切ったり、ましてやかじったりしないことはとうにわかっていたのです。わかっていて、魔法使いはそれでも彼らを信じきることができていませんでした。けれど、こうして顔を出すことが、答えのようなものではありませんか。魔法使いは何故だか晴れた気分がしていました。まるで、解放されたのは魔法使いのほうだったような心地でした。
     魔法使いは、罪人が自分にかけ、自分が罪人にかけた心の癒しを、深く理解するところから始めました。その為に双子の心を覗きました。それで許されるならとしおらしい彼らの心は、自分や罪人に比べればとても明るく絡み合うものも少なくて、中で彼らは片割れと共に魔法使いを大切に抱いているのです。ああ、これが本来の人魚なのだと魔法使いは思いました。感情も執着も無い泡が肉を得たモノ、それが人魚なのですから。
     その魔法を手掛かりに、魔法使いは研究を続けました。ある程度の考えがまとまってきた頃、魔法使いは双子に言います。
     おまえたち、僕に泡となるまで着いてくる覚悟は有りますか?
     双子は顔を見合わせて、にっこりと笑いました。
     それはとても楽しそうだ、と。



     
     イデアが島に帰った時、家族達は泣きじゃくって迎えてくれた。弟の涙は本物だったと思う。その他の者がどうかは知らないけれど。ずっと以前に家督は弟が継ぐことに決まっているから、イデアがいなくなれば弟の寿命が削られていくことになる。それは家とこの世界全体にとっての損失だから、その為の涙かもしれない。そう考えてしまう自分が悲しくて、けれど恐らくそれは事実で、イデアは無事を喜ぶ弟の声だけを抱きしめた。
     弟には既に見たことも無い許嫁が決まっていて、成人の儀が終われば彼は次の世代を遺すことになる。そうして世界の為に奉仕するのが、呪われたシュラウド家の宿命だ。墓に入っているのは遺品ばかりで、骨も灰も残らない。それが、この家に生まれた時から決まっている事なのだ。
     だからそれを受け入れてきた。それで仕方ないのだと思っていた。夢を、外の世界を見なければ、悲しみも無いのだと信じてきた。喜びも残すものもない生で、それでいいのだと。
     けれど、イデアはあの時、手を取ってしまった。彼があんまり優しい笑みを浮かべるから。信じてしまったのだ。宿命など無い世界にいけるのかもしれないと。



     アズールと別れてどれほどの時間が経っただろう。幸いにも髪が伸びるようなことの起こらないまま過ごしていたイデアは、ふいにあの浜辺へ行きたくなった。辛い仕事が無くなるようにと苦心してくれていた彼のことを思い出したのだ。夜に行くと、また行方をくらますのではないかと心配されるから、その日は昼間に弟と一緒に浜へ向かった。
     白い砂浜に打ち寄せる波、そしてその砂浜で、真っ裸でのたうち回っている人間を見つけて、イデアは仰天したし、弟もまた同じだ。イデアは弟に、屋敷の従者へ知らせるように言い、自分は砂浜へと駆けた。
    「だ、大丈夫!? そこで何してるの……!」
     一人に駆け寄って、その顔を覗き込んでイデアは一瞬息を呑んだ。銀色の髪はそのままだけれど、肌の色が違う。何より脚は2本しかない、彼は完全に人間の姿をしているのだ。けれど、瞳が空の色をしていて、顔立ちが、あの優しくて純粋な魂が、彼だった。
    「……アズール……?」
     イデアの微かな声に、彼は微笑んで「はい」と頷いた。
    「アズール、ど、どうして、何、何してるの!?」
    「御覧の通り、人間の姿になる魔法を使って来たんですが……困ったものです、この脚というやつはどうも、動きにくくて……それに、服というやつは合成できませんで、きっと人間から見たらお見苦しい姿なのでしょうね」
    「アズールぅ! どうしたらいいのこれぇ!」
    「これは困りましたね、こちらが上でいいんでしょうか」
     声に見れば、双子のウツボと思わしき人間も波打ち際でのたうち回っている。イデアは困惑しながら、アズールの身体を抱き上げて座らせた。生まれたままの姿をしていたから、慌てて自分の上着を被せてやったけれど、あまり効果的とはいえなさそうだ。
    「ど、……どうして、人間の姿に……?」
    「それはもちろん、契約を果たすためですよイデアさん」
    「契約……」
    「簡単な話です。まず大前提として、あなたが人を殺めるから罪になるんでしょう、同族を手にかけるから。なら僕たちがやればいい。僕らは人間じゃありませんから、人間の命を奪うことに理由なんて必要有りませんし罪にもなりません。人間だって人魚を殺してもなんとも思わないでしょう?」
     とんでもない理屈だ。イデアは目を丸くした。イデアの代わりにアズール達が最後の手段を取ると言っているのだ。そんなことさせられない、と口を開きかけたが、その唇をアズールの指が押さえたものだから、言葉は飲み込まなければならなかった。
    「もちろん、この僕がそんな妥協案で満足するわけはありません。いいですか、陸には陸の知識が有る。海には海の知識がある。僕は海の全てを知っています。そんな僕が、陸の知識を身に着ければ、この世界の全ての知識を得られることになります。そうすれば……あなたの抱える問題を根本から解決する手段も見つかりそうなものではありませんか。あなたたちでなくとも、人の心を救う手立てが有れば、あなたはその責務から逃れることができるんでしょう」
     その言葉にもイデアは強く動揺した。逃れられる。この宿命から。それはこれまでの全てを根本からひっくり返してしまうような恐ろしい提案であり、同時にたまらなく魅力的な話でもあった。
    「……シュラウドの血の者でなくても、ブロットを防ぐ方法……」
    「ええ。現に僕は、あなたの使っていた魔法を恐らく会得しました。これは推測に過ぎませんが、陸の人間にだって魔法使いはいるでしょうし、知恵の有る者もいるのでしょう? 僕が一度あなたに使われただけで真似できるような魔法なんです、つまり、魔法使いならこの術は誰でも使えるようになります。あなたの家は確かに呪われたかもしれない。しかしそれは、遠い昔に誰かがその責務をあなたの家に押し付けたのだと、僕は思います。そうすることでブロットの問題や、オーバーブロットした人間の処分という、面倒な課題を見ないことにしたんです。つまり、これは陸の人間全体の怠慢です。僕が必ず魔法なり薬なり、あるいは技法を確立し、あなた達だけにこの責務を負わせなくする」
     だから、契約をしましょう、イデアさん。
     アズールが手を差し出してくる。それをイデアは、揺れる目で見つめていた。
    「僕があなたを救ってみせます。だから、あなたは僕から離れないで」
     契約書も何も無い契約だ。何かあれば崩れてしまいそうなものなのに、また彼はそれを提案するのだ。あの日と同じように。
    「……『仕事』から解放されて、それから、僕が生きる楽しみを得てもいいのかな。僕はたくさんの人生を奪ったのに」
    「全ての命は消えるようにできています。仮にあなたが手にかけなくても、オーバーブロットした者を救う手立てが無い以上、誰がやったか、いつ死んだかの違いだけでしょう。あなたが幸福を手にすることとは無関係ですよ」
    「……そんな、もんかな。人魚ってなんだか……極端な考え方をするんだね」
    「ええ、なにしろ僕たちは純粋ですから」
     アズールがニコリと微笑む。それにつられて、イデアも笑ってしまった。なのに、何故だか涙がこぼれる。陸の世界では、涙は形を持ってぽろぽろと零れていく。それをアズールが不思議そうに見つめて、そっと拭ってくれた。その優しさが、愛おしい。
     信じてみても、いいかもしれない。この人魚のことを。人間は誰も助けてくれなかったのだから。
    「……もし。もし、僕が宿命から逃れられたら。その時は……また、君の所へ行ってもいい?」
    「ええ、もちろん。それに、僕の肉を食べてもいいんですよ。人魚の肉を食べた者は不老不死になれるのです」
    「そんな、それじゃあ君が死んだ時には僕が一人になっちゃうよ」
    「いいえ、この話には続きが有ります。人魚が死んだ時、僕らは泡になります。僕らを食べたことも無かったことになるのです。その時、あなたがとうに人間としての寿命を迎えていたなら、一緒に泡となって消えていく。どうです? 人間好みのロマンチックな話でしょう」
     アズールの言葉にイデアは苦笑して、それから彼の手に、自分の手を重ねた。





     昔々、深海の暗い洞窟の中に、一人の魔法使いが住んでおりました。
     陽が沈み夜の帳が降りた空のような濃い紫の肌に、8本もの自在にうねるタコの足を持った人魚でした。空の色の瞳は、優しい笑みを浮かべて人々に慈悲を注ぎました。人魚達も、またはるばる人間達も魔法使いのところにやって来て、相談事をしました。それらを、魔法使いは丁寧に聞いて、願いを叶えてあげました。
     魔法使いの傍らには、いつも双子のウツボがいました。彼らは陸と海とを行き来して、あらゆるかわいそうな人々に声をかけ、魔法使いの元へと誘いました。
     そして魔法使いのそばには、もう一つの人影がありました。それは海の中でも不思議と蒼い炎を揺らしながら、穏やかに佇んでいるのでした。
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    「なぁマスター、あんまり深追いすると危ねぇっすよ」
    と声を上げた。
     マスターと呼ばれた癖毛の少年は素直にくるりと振り返ると、「そうだね」と笑みと共に返し、ブーツの足首を雪に埋めながら青年の元へと帰ってきた。
     ここは真冬の北欧。生命が眠る森。少年たちは微小な特異点を観測し、それを消滅させるべくやってきたのであった。
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     曇空色の瞳の青年の元へと戻った少年が鼻の頭を赤くしたまま、悪戯っぽく微笑んだ。そこではたと気が付いたように自分の口元に手をやった青年が、「確かに」と短く呟く。エーテルによって編み上げられた仮の肉体であるその身について、青年は深く考えたことはなかった。剣――というよりも木刀だが――を握り、盾を持ち、己の主人であるマスターのために戦 2803