御手杵危機一髪 やー。あんたが親切な人でホントに助かった。
俺さぁ『この街に来たの初めて』で……正直、今の今まで自分がどこに居たのかも解ってなかったんだ。
まったく…正国もバミもひでぇよ。俺ここ来た事ねぇって言ったのに「現地集合」「時間厳守」って……
あ。わりぃ。なんか俺ひとりでしゃべってんな?
え、正国とバミ?あー、こいつらは俺の……そうそう。友達。
友達って言ってもしょっちゅうつるんでいるって訳じゃないんだ。でも「何かある時」にはこうして顔を突き合わす。
あはは。その割には土地勘ないとこでの現地集合とかメチャクチャ言うよなぁ。確かに。
そうなった原因?それはさぁ。
「大丈夫。俺も全く知らない」
って言いだしたんだよ。バミが。
そしたら正国の奴が面白がっちまって。
じゃあみんなして、初めての土地で集合しようぜ。みたいな流れになって。
うん。全員が土地勘ゼロの場所での時間厳守。ひょっとしたら約束した俺ら誰ひとりクリアできない可能性も……あるな?
いやいやいや。でも俺はあんたのお陰で、こうして案内してもらえている。
待ち合わせから十五分オーバーしちまっているけど、一番乗りの希望は十二分にあると見ている。
え?土地勘がないのなら何であんなところに来たのかって?
よくぞ聞いてくれました!
土地勘がないからさ、ひとまず目的を果たすためにもってナビアプリを立ち上げたんだよ。
そしたらあの路地に入って…あんたが居た所を突っ切って……まぁ色々行けば着く。みたいなのが表示されてな?
うん。従って歩いたら迷子。俺すっげー迷子。マジで途方に暮れた。
そしたらこう、あんたに出会って…しかも道案内してくれるとか言ってくれて、マジで神かって思った。ホントありがとう!
あ。そう言えば、あんたも何かお連れさんみたいなのが何人か居たけど大丈夫だった?
言っちゃあ悪いけどこう……あんたの連れにしては、こう無駄に明るそうというか、パリピッてるというか、大変個性的というか……
あ。連れじゃない?全然知らない人たちで、話しかけられて困っていた?
あー。じゃあ結果的に変な人たちとバイバイできたのか。よかったよかった。
俺の姿見るなり、そのひとたち一斉にどっか行っちまったからさ……なんか、あんたに迷惑かけちゃったかなーって。
お。あの角を曲がると目的地?もうすぐか!
いよーっし!到着、危機一髪ぅ……っと……
「危機一髪ぅ、じゃねーよ。オメェどんだけ待たせるんだよ」
「朝食はギネのおごりだな?」
うえぇ……やっぱ俺どん尻だったかぁ。
「ギネ、この人は?」
「ああ、俺が迷子になったところを助けてくれたんだ」
「あー。そうか。すまなかったなぁ。こいつこんな図体してるけど、少々すっとぼけててよ」
「すっとぼけてるって言い草ぁ!」
「俺たちからも礼を言わせてもらう。ギネをここまで案内してくれて本当に助かった。ありがとう」
「んぁ?どーした俺たちのツラに何かついてるか?」
「あー。この人にな、案内してもらいがてら世間話的に正国とバミのこと話してたんだ」
「ああ、なるほど。正国とギネと俺とでは見た目がちぐはぐすぎて共通点みたいなものが解らない、という事か」
「あー。はいはい。俺らイズ幼馴染。そしてこう見えてバミが一番の年上な?」
「うん。正国と俺は同級生…だよな?」
「そうだな。俺は正国とギネのおむつを替えてやったことがある」
「おいコラ、しれっと見てきたように嘘つくな」
「うえぇー……お?」
「どうした?」
「へへ。よかったぁ。あんたやっと笑ってくれた」
「笑った?ギネ、さりげなく初対面の人を誑し込むのはやめておけ」
「ホント、オメェそーいうとこだぞ?」
「や、だってぇー…俺案内してくれてた時も何かずーっと表情硬くって、俺なんか気に障るような事しちゃったかなーって」
「ったくよぉ……ほれ」
「……何だこれ?ガシャポンのカプセル?」
「そこのゲーセンで当てたもんだけど、中身がカバンの飾り?みてぇなやつでさぁ」
「バックチャーム、だな。同じものを下の兄弟が持っている」
「なぁるほど……ちょっとまってて。今おまじないかけるから」
「俺の道案内をしてくれた心優しいあんたに、何かこう……メチャクチャいい事がありますよーにっ」
「……受け取るのは少し考えた方がいい。ギネはいい奴だがすごい雨男でもある。それがあんたに移るかもしれない」
「この前は雪も降らせてたもんなぁ」
「人聞きの悪い事を言うな……あー、でもよかったら貰ってくれたらうれしい。バックチャームなんて俺ら使わないし、本当に助かったから……お礼の品というにはちょーっとアレだけどさ」
ころり、とその女の手の中に。
小さなバックチャームが転がった。
そして別れて四半刻。
「でも、まぁ……危機一髪というのは間違いねぇな」
正国はぼそりとそう言った。
「ん。まさか街のチンピラに擬態して『主』を搔っ攫おうとしているとはな…まったく、遡行軍のやつらめ」
「まだ主ではない。この時代からあと二十年も先だ」
俺は改めて持たされた端末を開いた。
そこにはこの街の地図と、その中を移動する青いアイコンが映し出されている。
「やはりギネで正解だった」
「ああ。この時代の『この街は初めて』でも、参勤交代では散々この辺は通ったからな」
「街並みは激変してても、踏んでる地面と吸ってる空気が変わらねぇ限りは理解できる…ってかぁ?」
「なら、退散した遡行軍がどこに向かったのかも」
「ああ。この街に住まう『もの』たちに聞けば一発だ」
俺たちはひとつ柏手を打った。
あたりにふわりとか弁が舞い……
現世の人間の姿から……
刀剣男士に。
「ギネ」
「なんだ?」
逃げた遡行軍の足取りを追い、俺たちは『目立つことなく』この街を疾走(はし)る。
路地を。ビルを。唐突に開かれた虚空(そら)を。
「終わったら朝食をおごれ」
「はぁあれは話の流れ的な……」
「あっはっは!」
骨喰の理不尽発言も、正国の馬鹿笑いも。俺のため息も。
人の子の営みに滲み出ることはなく。
「あー、わぁったよ!」
『主』に渡したあの護符が、この先も彼女を護り続けることを祈りながら。
俺たちは己の本能に従い、この地を駆け抜けていった。