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    特異点の向こう側

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    ミスラと晶の話

    花を盗む 湧き立つように咲いた桜の隙間を春の陽射しがちらちらと泳いでいく。ぬくもりを含んだ風が頬を撫でた。不思議な予感をふんだんに溶かした空気があたりを包んでいる。
    「待ってたよ」
     春の訪れのような笑顔の彼女はこちらに手を振ってみせた。光を編んだような髪が風に靡く。きらきらと陽の光を反射していて眩しい。思わず目を細めた。
    「ずいぶんな大荷物じゃない?」
     あたりが真っ白になるほどの花吹雪を手でよけながら彼女との距離を縮める。春爛漫という言葉がぴったりの今日。桜並木の小径に二人はいた。花見の客は他に誰もいない。
    「まあ、長い旅路だから分からなくもないけど」
     彼女はそう言うと、苦笑いをして目を閉じた。風を待っているみたいだ。その横顔をじっと見つめた。「分からなくもない」と言うわりに彼女は手ぶらだった。視線に気づいた彼女はこちらの疑問を見透かしたように答える。
    「私は片道だから」
     ざあ、と強い風が吹いた。花びらがものすごい勢いで散っていく。
    「それじゃあ、行こうか」
     彼女に頷きを返す。
     それが旅の始まりの合図だった。

    ❇︎

    うららかな午後の陽射しに賢者は目をまたたかせた。つい微睡んでしまったみたいだ。すっかり冷めてしまった紅茶で口を湿らせる。
    「それにしても、ミスラさんと賢者様って本当に仲良しですよねぇ」
     向かいに座るルチルはほわほわとした笑みを浮かべ、二人を眺めた。その問いに「そうですね」とミスラは肯定し、「そうですか?」と賢者は語尾を上げて答える。
    「は? 仲良しでしょう、違うんですか?」
    「え? 私たち、仲良しだったんですか?」
     ミスラと賢者は顔を見合わせる。ルチルはまた笑った。
    「ほら、とっても仲良しさん。少し妬けてしまいます」
     むうと唇を尖らせ拗ねた表情を作る。
    「それはどちらに……?」
    「もう、賢者様ったら意地悪な質問! お二人に、ですよ。ミスラさんは普段お世話になっていますし、賢者様のことも私は大好きなんですもの」
    「る、ルチル〜!」
     賢者が瞳を潤ませてルチルを見つめている間に、ミスラは賢者のアップルパイの3分の2を奪った。
    「蚤の市はどうでしたか?」
    「と〜っても楽しかったです! 素敵なビジューを取り扱っているお店があって、『みんなのピアスにしようかな? それともブローチかな! 迷うなあ〜!』って張り切ってました!」
    「ピアスかあ、いいですね!」
    「賢者様はピアスしないんですか」
     筋が発達している手の甲がするりと賢者の耳を撫でる。それから耳たぶをむにむにと指先で挟んで弄んだ。
    「ピアスホールを開けてないんですよ」
    「ふーん。開ければいいじゃないですか」
    「憧れはあるんですけど、勇気が出ないと言いますか……」
    「怖いんですか? ならやってあげますよ、俺がこう、バチンと」
    「ミスラがですか? う〜ん……」
    「なんですか、不満ですか」
     ミスラは平べったい目つきで賢者を見た。聡明な賢者は華麗に会話を流す。
    「ルチルもピアスホール空いてますよね、どうやって開けたんですか?」
    「えへへ、ある日ピアス開けたい!と思い立って開けちゃいました、こう、太めの針で」
     耳に針を通す仕草をするルチルに賢者は目を丸くした。
    「す、すごい、アグレッシブですね。痛くなかったですか?」
    「そうですね、よく耳を冷やしてましたからそんなに痛みはなかったです。フィガロ先生にはちょっと怒られたんですけどね」
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