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    hashi22202

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    ほんのりオカルトにありそうな「時空の食い違いで死んだはずの人に会う話」で、戦前のトラキア王と戦後の息子さんがなんでか出会う話。同じ話なんですが、前半は息子さん視点で、後半はお父さん視点です。ほんのりアリ→アル

    (779年)
     朝、執務室の扉を開けたら、いないはずの父がいた。
     ”父”は相変わらず顰めっ面をして書類を読んでいたが、ふと顔を上げて、
    「なんだ、おまえか」
     と、ぼそりと言った。どう返していいかわからなかったので、
    「はい、私です」
     と、つい間抜けなことを言うと、そうか、とだけ言われた。”父”はしばらく目の間を揉んでから、少しばかりこちらの顔を眺めていたが、やがて書類に視線を戻した。あまりにも日常的な動作であったから、アリオーンには何も訊けなかった。そうして息子の見ている先で、”父”は長々とため息をついた。
    「相変わらず勝手を言う」
     まったくあの馬鹿は。そう言って”父”は、書類に署名をしたためた。それから、もう一度、やはり深々と息をついた。そうしてため息混じりに、いくつかの決裁を片付けていった。その苦り切った様子が、アリオーンにはめずらしかった。その”父”の、奇妙に悄然とした姿は、あのときのことを思い出させた。
    「その、随分と、お疲れのご様子で」
     だから口からそう滑り出てしまったのは、勢いのようなものである。言ったアリオーンもおのれの迂闊さに驚いたが、”父”はそれ以上のようだった。愕然とこちらを見る”父親”の姿にアリオーンは後悔したが、しかし覆水盆に返らずというもので、いまさら言わなかったことにもできない。”親子”はそのまましばらく気まずい沈黙を続けていたのだが、
    「おまえは出来はいいのだが、ときどきどうもはきとしないところがある」
     と、”父”は心底困ったように告げた。はあ、とアリオーンはそれこそはきとしない返事をしたが、
    「……出来が良いとお思いだったのですか?」
     と、つい鸚鵡返しに聞いてしまった。当惑する息子の様子に、”父”の方が驚いたのだろう。
    「思っとらんとおもっとったのか!?」
     目を丸くする”父”に、アリオーンは今度こそ困惑した。いや、それはそうだろう。いつまで経っても子ども扱いで、本音も話さず、ずっと一人で抱え込んで。何か一言くらい言ったって良かったのではないか。だから、だからあんなことに。そう思うと、何か怒りのようなものが込み上げてきた。どれだけ勝手を言っているのだと思った。
    「おまえで出来が悪いのであれば、わしなぞ何にもならんわ。ーーまあ実際、何にもならぬがな」
     何を言ってやろうか考えているうちに、ため息をついて”父”が言ったので、アリオーンはつい気勢を削がれた。しかし玉座にいる以上、何もならぬとは行くまいなあ。そんな父のぼやきも珍しく、だからアリオーンは呆然として、
    「以前は、私の歳の頃にはもう王位を継いで、独り立ちしていたと……」
     と、ぽそぽそと関係のあるような、ないようなことをつぶやいた。我ながら、なるほどこれははきとしないなと、どこかぼんやりと思った。
     ”父”は完全ににがり切った様子でむうと呻いて、
    「独り立ちせざるを得なかっただけの話だ、実力が間に合っていたというわけでもない。とは言え、切り盛りしていたのは事実ではあるし、だいたいいつおまえにもそんな日が来るかわからんのだぞ」
     と、やはりぼやくように言った。頭のてっぺんからつま先まで視線を送り、ほんの少し眉根を寄せる。父は考えている時だいたいこのような顔になるのだが、されている方としては落ち着かない。なんだ。何かしくじったか。どこか、頼りないところがあるのだろうか。これでも父が亡くなってしばらく、さまざまなことがあって、それこそトラキアのことを切り盛りしているのである。それなりにしっかりとした顔つきになっていてもいいだろう。ーー父には及ばぬだろうが。そんなことを考えていると、”父”は小さく咳払いして、かすかに目を伏せた。
     しかしこうやって、”父”がおのれの死について語ることもめずらしかった。あたりまえだが、父とて人間である以上、いつか死ぬときは死ぬのである。それを以前のおのれは、どこかふわりとした、現実味のないものとして捉えていた。父というのはトラキアの巌のようなもので、いつまでもおのれのまえを歩いていってくれるものだと、どこかで思い込んでいた。父とは、そのようなものだと。それは、われながら愚かなことであった。
     そうして今、アリオーンは父がどのような思いでそんな素振りを続けていたのか、ほんの少しわかってもいた。ただそれが、「わかっている」のか「わかったつもりになっている」のかは、アリオーン自身わからない。そう思えば、今ここで唐突に目の前に出された”父”に対し、戸惑ってしまうのも確かであった。それが、はきとしないと思わせてしまうのは、いたしかたのないことだろう。とはいえ、この”父”によく思われたい、一人前だと思われたいという心理も、久しぶりに振り返してみれば、またなかなか厄介なものだった。あるいは父も、そんなものだったのかもしれないが。
     そんな息子の当惑に気づいているのかいないのか、”父”は訥々と言葉を継いだ。その多弁も、父には珍しいことだった。
    「まあ幸い、おまえにはアルテナもいる。アルテナも、おまえのことは慕っているだろう。ーー欲を言えばおまえたちが結婚してくれるのなら、他に言うことはないのだが」
    「兄妹のうちは無理でしょう……」
     アリオーンは反射的にそう返していた。いや、そんなこと聞いたこともない。しかし無理だろう。無理すぎるだろう。兄妹だぞ。だったらもう少し早く、なんとかしておくべきだったのではないのか。せめて、養子とだけは伝えておくだとか。”実の兄妹”で、どうやって結婚しろというんだ。何を無茶なことを言い出すのだこの人は。
    「そこをなんとかならぬかな……」
     ”父”もそれは理解しているのか、またながながとため息をついた。まあアルテナの体には聖痕があるわけで、当人すら知らないそれを、結婚相手がずっと気づかぬとはいかないだろう。となるとなんらかの火種にならざるを得ず、だとすれば事情を知るおのれに嫁がせるのが、もっとも差し支えがないことは理解できなくもない。となれば年齢的にもいい加減に実子でないことを開示せざるを得ず、そうすると家臣や民、そして当のアルテナに、なんでよその子を王女と偽ったか、それなりの説明をする必要がある。まさかレンスターの王女であると馬鹿正直に言うわけにも行かずーーどう考えても穏やかには行くまいし、実際ああなったーー、であればそれなりのカバーストーリーが必要になるのだが、確かにアリオーンにも、とても皆が納得するような内容を考えつける気がしなかった。父としても、頭の痛いところだったのだろう。そうこうしているうちに刻一刻と適齢期はすぎていくのだし、世情もあんなことだった。いずれ家臣から、兄妹それぞれの婚姻が進まぬことに、疑惑の声が出るだろう。どうにも悩みの多い人生でいらっしゃるなと、ふとそんなことを考えた。
     しかし仮定のことながら、アルテナの肉体をおのれではない他の男が検めることに、アリオーンは少々穏やかでないものを感じた。それは根を同じくする話が俎上に上がるたびに、たびたび覚えるものである。アリオーンはそんなおのれの心理を、少し持て余していた。その理由をアリオーンはそろそろ直視しないわけにはいかなかったが、しかし「兄妹」の間に流れてきた過去を思うと、無造作に切り出すわけにもいかなかった。あるいはおのれはそれを言い訳にして、向き合うことを避けているのかもしれず、だとすればこれもはきとしないな、とアリオーンは少し自嘲した。
     それを誤解したのだろう。”父”が、またながながとため息をついた。考えてみれば、父がこうもため息ばかりと言うのも、やはり珍しいものだった。それをおのれでも思うところがあったのか、”父”は小さく苦笑した。
    「あまり思い詰めるな。気楽に生きろとだけは、死んでも言ってやれぬがな」
     どの口が。アリオーンは危うく失笑しかけて、唇を噛んだ。どの口が、どの口が。思い詰めていたのはあなたではないのか。みんなひとりで背負い込んで、そうして潰れたのはあなたではないのか。泣き言も、助けのひとつも、愚痴のひとつすら、あなたはこぼさなかったではないか。こぼしてはくれなかったではないか。ーー息子の私にすら。それを、どの口が。どの口が、どの口が、どの口がーー
    「すまぬが、茶を淹れてきてくれぬか」
     アリオーンは躊躇した。今退室したら、”父”にはもう二度と会えないような予感がした。とっくの昔に、諦めていたはずのことを。何か言いたいことがあって、言って欲しいことがあって、けれども何かはわからない。それを口にすることが、本当に正解であるのかも。この”父”が父であると言う確証はなく、しかし同時に、どうしようもなく父である。なら、言ってもいいのではないか。ずっと言いたかったことを、言ってもいいのではないか。
    「ーー承知いたしました」
     結局アリオーンは承諾した。迷いを押しのけることも、正解を導き出すこともできなかったからだったし、”父”の存在に”今”のおのれが介入することに、畏れを感じたためでもある。しかしそれはどれも言い訳で、本当は単純に、相変わらず向き合うことを恐れているだけかもしれなかった。はきとしない、と、おのれでも思った。頼りなく思われるのも仕方がない、そう思いながら閉める扉の先の”父”は、ほんの少し怪訝そうな顔をしていた。ーーやはり、父らしくもなく。
     だったら、私も私らしくないことをしてもよかったのではないか。そう思ったとき、ふと身を揉むような悲しさにアリオーンは襲われた。私らしい、父らしい、それは、双方の幻想の中にしかなかったのではないか。そうしてそれに囚われて、あんなことになったのではないか。なら、今。たった今だけ、ほんの少し、ほんの少しそこから逸脱しても、よいのではないか。ほんのわずか、たった少しだけ。
     アリオーンは震える指を取手にかけ、祈る思いで扉を開けた。そこには”父”はいなかった。ただ無人の机に、彼がいつも几帳面に片付けたままのインクとペンが、小さな影を投げていた。だからアリオーンは一瞬泣きそうな顔をして、それからかすかに笑い、首を振った。茶を飲ませてやれなかったなと、ふとそんなことを思った。


    (776年)
     執務中に顔を上げたら、いないはずの息子がいた。怪訝に思いながらも、
    「なんだ、お前か」
     と言ったら、
    「はい、私です」
     と、妙に間の抜けたことを言った。息子は先日からカパトギアで、ハンニバルと調練をしているはずである。予定は来週までのことだったから、こんなところにいるはずがないし、急に出戻ってくるようなことが出来したのであれば耳に入っていないわけもない。くわえて、仮にそうであればこんなにぼんやりとした態度であるわけがないのである。だからトラバントは、少し目と目の間を揉んだ。しかしもう一度顔を上げても、息子はやはりぼんやりと、その場に立ったままである。その妙に気の抜けた様子が、息子らしくはなかった。息子は、良くも悪くもいつも気を張っている。だからこうもぼうっとしているのは、ほんとうにらしくなかった。そうしてよくよく見てみれば、着ている格好も見たこともないものであるし、どことなく顔つきの違うようでもある。少し、大人びたような。疲れ目か、老眼なのかとも思ったが、しかしどう見ても違和感は拭えなかった。そのくせ、やはり息子である。疲れすぎて、幻覚でも見ているのか。
     ”息子”が何も言わないものだから、トラバントは始末に困って、とりあえず手元の書類に視線を落とした。なんでここにいるのか、おまえ本当に息子なのか。聞きたいことは山ほどあったが、聞いたところでどうなる、という、どこか投げやりのようなところもあった。そうして報告を眺めていたが、読み進めればやはり、得体の知れない”息子”よりも報告の方が、よほど始末におえなかった。だからトラバントはむう、とひとつ唸って、
    「相変わらず勝手を言う」
     と、思わずぼやいた。まったくあの馬鹿は。そんなことを呟きながら、トラバントは決裁の署名をした。案件自体は妥当なものであったが、しかしその妥当を通すだけの国力がトラキアには乏しく、だからその分の皺寄せをどこに求めるかを考えれば、どうにも頭が痛かった。予定も押している、そう言った意味では、この息子だかなんだかよくわからないものに、そこまで思考を割いてはいられなかった。
     そうしてため息まじりに、二、三の案件を片付けた頃だろう。”息子”は変わらずぼんやりとこちらを眺めていたが、やがて遠慮がちに、
    「その、随分とお疲れのご様子で」
     などと言ったものだから、トラバントは凝然としてそちらを見た。ついにとうとういかれたか、と思った。今まで息子が、そんなことを言ってきたことはない。言わせるような素振りを見せたこともなかったし、見せるつもりもなかった。そんな頼りない父で、国王でいるつもりはなかった。だから、あるいはこれは願望かな、とも思った。深層心理では、そう言って欲しかったのか、と。そう思えば、いささか口の端が垂れるのもいたしかたのないことである。それに”息子”が困惑したような顔をしてくるのが、また奇妙だった。だから、どうやらこれは幻覚らしい、と、トラバントは雑に結論づけた。そうしてふと、どうせ幻覚なら、好きなことを言ってやれ、と思った。
    「おまえは出来はいいのだが、ときどきどうもはきとしないところがある」
     はあ、と”息子”はやはり要領を得ない返事をしたが、しばらく考え込んで、
    「……出来が良いとお思いだったのですか?」
     と、目を丸くした。
    「思っとらんと思っとったのか!?」
     思わず頓狂な声を出して、トラバントは問い返していた。しかし”息子”は信じていないのか、何も答えずに呆然としたままでいる。だからトラバントはこめかみに指を当てて、ながながと息をついた。
    「おまえで出来が悪いのであれば、わしなぞ何にもならんわ。ーーまあ実際、何にもならぬがな」
     しかし玉座にいる以上、何もならぬとは行くまいなあ。ぶつくさぼやくと、やはり”息子”は、不思議そうな顔をしてこちらを見つめていた。なんとも頼りない顔だと思った。そのくせ、
    「以前は、私の歳の頃にはもう王位を継いで、独り立ちしていたと……」
     などと返してくるものだから、トラバントはむうと唸った。言われてみれば確かに言った。しかしそんな返しも、”息子”にはめずらしいものである。妙に生意気な幻覚だと思った。まあたまには良いかと思った。
    「独り立ちせざるを得なかっただけの話だ、実力が間に合っていたというわけでもない。とは言え、切り盛りしていたのは事実ではあるし、だいたいいつおまえにもそんな日が来るかわからんのだぞ」
     しかし話すうちにどうしても説教じみてきたので、トラバントは小さく咳払いをした。べつに、ここで萎縮させたいわけではない。いつだってそうなのだ。自由に、のびのびと、幸せに。そんなことを思いながらも、行いも言葉も空回る。難しい国で、子どものころから王子の立場に押し込めて、窮屈な思いばかりさせてきた。そう思えば息子はよくやっていると思うのだが、しかし不安ばかりは汲めども尽きぬと言うものである。とはいえ、そんなことまで言って無益に不安がらせるのも良くはないことも、むろんトラバントは知っていた。
    「まあ幸い、おまえにはアルテナもいる。アルテナも、おまえのことは慕っているだろう。ーー欲を言えばおまえたちが結婚してくれるのなら、他に言うことはないのだが」
    「兄妹のうちは無理でしょう……」
    「そこをなんとかならぬかな……」
     トラバントは髪の毛を掻きむしって、深々とため息をついた。それが正論であることもトラバントは重々承知していたが、とはいえなんと娘に伝えたものかは、どうしても答えは出なかった。いつまでも隠して置けるものではないが、しかしできるものならば、いつまでも隠しておきたい。そうして、いつまでも娘でいてほしい。しかしいずれは政略であれ恋愛であれーーできるならば好いたものと縁付いて欲しいが、”立場”を思えばそうもいかないーー嫁に行かねばならず、そうなればその相手が娘に印されたノヴァの聖痕に気づきもせぬとはいかぬだろう。そう言った意味では事実を知る息子は最適な相手と言えるのだが、しかしやはり、「兄妹のうちは無理」である。せめておのれの子でないことだけは教えておくとしても、その素性をどうするか。戦場で拾ってきたとでも言うつもりか。それを、どうして我が子として、王女として育てたと説明するのか。周りをどうやって納得させる。娘に、一番傷がつかない方法は何なのか。考えてもいつも答えは出ず、そうしてずるずるずるずると先送りにしているうちに、いつの間にやら適齢期である。頼む。頼むから好きな男ができたとか言い出さないでくれよ。祈るようにしてトラバントは娘を眺めていたが、ついぞ妙案は出なかった。
     その表情を誤解したのか、していないのか。”息子”は、困惑したようすでこちらを眺めていた。なんだか妙に哀れになって、やはりながながとため息をついた。
    「あまり思い詰めるな。気楽に生きろとだけは、死んでも言ってやれぬがな」
     どの面を下げて。言いながら、トラバントは苦笑した。息子が気楽に生きられるかどうかは、おのれにかかっている。それを、何を無責任に。おまえがこの国をどうにかするのだ。そうして、息子が、娘が、安心して引き継げるような国とするのだ。すこしでも豊かに、民の飢えることが、けしてないような国に。王が、このように疲弊しなくとも良い国に。息子が、胸を張って王でいられる国に。それは、おのれの肩にかかっているのだから。
     言いすぎている。それとなく口もとに手を当てて、トラバントは考え込んだ。いくら幻覚が相手としても、流石にどんなものだろう。なまじこういったことに慣れてしまって「現実」にまで尾を引くようなことがあっては困るのである、ーー息子に甘えるようなことは。
     だからトラバントはしばらく手をあてたままもごもごと落ち着かなげに口を動かしていたが、ようやく、覚悟を決めて、口元の手を下ろした。
    「すまぬが、茶を淹れてきてくれぬか」
    「ーー承知いたしました」
     ”息子”は少し戸惑ったように承諾し、部屋を退出した。奇妙に後ろ髪を引かれるような様子が、どうにも不思議だった。言いたいことがあるなら言え。そう言ってやればよかったのかと、今さらになってトラバントは思い至った。”息子”の出て行った扉が、いやに空々しく目についた。
     なんとなく席を立って扉を開けると、案の定”息子”はいなかった。やはり疲れているのかなと、トラバントはまた目の周りを揉んだ。茶を飲みそびれたなと、ふとそんなことを思った。


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    (779年)
     朝、執務室の扉を開けたら、いないはずの父がいた。
     ”父”は相変わらず顰めっ面をして書類を読んでいたが、ふと顔を上げて、
    「なんだ、おまえか」
     と、ぼそりと言った。どう返していいかわからなかったので、
    「はい、私です」
     と、つい間抜けなことを言うと、そうか、とだけ言われた。”父”はしばらく目の間を揉んでから、少しばかりこちらの顔を眺めていたが、やがて書類に視線を戻した。あまりにも日常的な動作であったから、アリオーンには何も訊けなかった。そうして息子の見ている先で、”父”は長々とため息をついた。
    「相変わらず勝手を言う」
     まったくあの馬鹿は。そう言って”父”は、書類に署名をしたためた。それから、もう一度、やはり深々と息をついた。そうしてため息混じりに、いくつかの決裁を片付けていった。その苦り切った様子が、アリオーンにはめずらしかった。その”父”の、奇妙に悄然とした姿は、あのときのことを思い出させた。
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