お話しようよ 疲れたから寝るね、と言って先に眠った君はもうずいぶん長いこと眠っていて、起きても寂しくないようにそばに家を建ててずっと離れないことにした。
あれから幾星霜の時が経ったろうか。君の愛した景色を望む場所に君を埋めて、花で満たし続けるばかりが私の無聊のなぐさみ。
君の愛した歌を時々歌って、好きそうな物語があれば語りかける。
君の眠った頃に植えた木はすっかり大きく育って、今は柔らかな木漏れ日を落としている。
ニワトコの木だ。花が咲いたらシロップにして時々飲んでいる。もちろん君の分も作る。テーブルを置いて、旅人が通ると話を聞く。たまにはよその話だって聞きたいだろう?
そうして過ごしてきたものだが、君を冷たい土の下に追いやった連中はすっかり静かになったものだ。
今地上は妖精と精霊、人ならざるものなどと乱暴に括られたものたちの天下だ。
君を追いやるものはもういない。今ならきっと静かに、穏やかに暮らせるだろう。
「……静かになったものだよ、早く起きておいで」
君の名と、誕生日と、好きだった詩を刻んだ石碑に頬杖をつく。
毎日磨いているからピカピカだ。
小高い丘の上、今は千紫万紅の花園を望む。
お弁当を持ってピクニックに行こう。ケーキを焼いて、バスケットいっぱいのご馳走を食べながら歌って踊って大はしゃぎだ。
春の暖かい風に包まれて君の歌を聴きたい。
目を閉じて遠い思い出を振り返っていると、不意に足音を聞いて目をひらく。
花園の中の細い道を歩く娘がいた。
軽装だ、向こうの小さい村から来たのだろうか。
見覚えのある容姿に目を見張って、声が漏れる。
ただ、その、自分とお揃いの長い耳だけが記憶と違っていた。
夜色の髪を鎖骨まで伸ばして、月の色の明るい金の瞳は丸く大きい可愛らしい顔立ちをしている。
暗い色のケープも、その下のスカートもどこにでもいる少女のそれだったが。ただ、その容姿だけが。
「……オルタンス?」
とうとうそばまでやってきた彼女が、私を見上げて訝しげに首を傾げる。
「どこかでお会いしてました?」
「え? いや、ええと」
墓石は見ない、ただ来た道を振り返って、よく知った顔で笑う。
「綺麗な場所ですね。あちらのお家にお住まいなんですか?」
そう言って木の向こうの私の家を見る。
「……そう、そうなんだ。時間はあるかい? ニワトコのシロップがあるからお茶にしないか? その、君さえ良ければ話をしたいんだ」
立ち上がりかけて、もう言葉を選ぶ余裕もない。
胸が跳ねている、そわそわと落ち着かない。
わかる、この娘の魂の匂い、形は、間違いない……。
少し考えた後、ええ、と笑って首肯してくれるので心底安堵する。
ああ、なんてことだ。また会えるなんて。
きっと私を知らない彼女でもいい、だって今こんなにも嬉しい。
慌てふためいて落涙するのを必死に誤魔化して、お茶を取ってくるよと家に向かう。
「大丈夫ですよ、どこかへ行ったりしませんから」
「ああ、すまない、ちょっと待っててくれ……」
花園を背に彼女が手を振って、私を待つために椅子に腰掛ける。
何から話そう、お茶の好みは同じだろうか?
歓喜でいっぱいの胸を抑えて、待ってて、と何度も声をかけて我が家へ走った。