フライングみつや誕「また別れたのかよ三ツ谷~」
月に1度は開催される東卍幹部飲み会。成人してもこうやって仲間と集まれることは何にも代えがたい。
しかしそれぞれ多忙で、誰が来るかは運しだい。今日はペットショップ組である場地、一虎、千冬が参加していた。場地は飲むより食う方で、千冬は八戒のところでわいわい飲んでいる。そして三ツ谷は一虎に絡まれていた。
ワンナイトから地雷系まで幅広く付き合っている一虎にだけは言われたくない。
初めて付き合ったのは業界のモデルだった。年上で自立していて、いつも誰かの面倒を見ていた自分にはもったいない女性だった。だからなのか、いつのまにか疎遠になって風のうわさで音楽プロデューサーと結婚したと聞いたのもどこか他人事だった。
二人目は逆に、ほっとけないタイプのかわいらしい女性だった。立ち上げたデザイナー事務所に面接に来た女性で、一生懸命な様子に好感を抱いた。生意気盛りの妹と違い、素直で好意を隠しもしなかった。流れるように付き合ったけれど、別れる時も流れるようだった。彼女は別な人を好きになった、三ツ谷さんはかっこよくて優しくて完璧で、でもあたしのことだけ見てくれる人じゃない、とかなんとか。
出来婚という形で辞めて行ったため、気まずくなることはなかったことが不幸中の幸いだった。
そして三人目、最近別れたというか逃げられた彼女。
バリバリ働く女性だった二人と違い、他人に依存するタイプの女性だった。気まぐれに出かけたクラブで出会い、いつの間にか三ツ谷の家に転がり込んできた。
他人の面倒を見るのが性に合っていたのは皮肉なことで、三ツ谷の作った料理をうれしそうに食べ、悠々と世話を焼かれていた。
が、その生活は3か月で終わった。なんと彼女、三ツ谷の事務所の金を持ち逃げしたのである。酒もたばこもギャンブルもやるような女性だった。小言は言っても許容はしていた。自分も十代の頃はヤンチャをしていたのだ。あまり口うるさく言いたくはなかった。
元不良ということを知ると少し嫌そうな態度だった二人と違い、太ももにタトゥーを入れていた彼女は特に気にする様子もなかった。甘えたりふらりと出かけて行ったり、猫のような女だった。
三ツ谷の態度を弱気ととったのか従順ととったのか、増長していった彼女は財布から金を抜くようになりとうとう大金を持ち逃げしていったのだ。
女運がなさすぎる。すっかりそのネタでいじられるようになり、結婚の二文字は遠のいていく。結婚はまぁ、ゆくゆくはしたい。けれど今は仕事優先だ。私生活も充実しているつもりでいたが、歴代彼女はそうは思わなかったらしい。
二人目の彼女が言った通り、恋人と別れても三ツ谷の生活が乱れることはなかった。仕事は完璧にこなしたし、今回大金を盗まれたこともこれまで築き上げた信頼と人脈のおかげでなんとかなる程度の損失だった。そつのない三ツ谷に恋人たちは不満を抱くようになるのだ。
「うちが出資している会社がさ、ゲーム作ってるんだよ。
好みのタイプをAIが学習して作ってくれんの。ゆくゆくは婚活アプリと連動させて大儲けしようってわけ。
やってみねぇ?」
九井がいつの間にか隣に座り、そんなことを言ってきた。飽きた一虎は場地に絡みに行って振り払われている。
適当に流そうとしたが、まぁまぁ付き合いだと思って、と食い下がられるのでスマホを取り出し教えられたアプリをダウンロードする。
スマホゲームもやっていないからどうせダウンロードしただけで放置するだろうな、と思いながら、何かの話のネタにはなるだろうくらいのつもりだった。
メアドとニックネームを登録して、適当なプロフィールを作る。
後は心理テストのような質問が繰り返された。
どっちのタイプが好き? セクシーorプリティー。
料理は? 手作りor外で食べたい etc
好きになった女性たちの見た目に統一性はなかった。それぞれに美人ではあったけど系統は違ったのだ。一緒にいて苦ではない、ということに重きを置いているので見た目は二の次である。
女運がない。じゃあ男は?
男性とそういう雰囲気になったことはないが、コンピュータ相手なら試すのも有りかもしれない。
酔っぱらいのヤケクソ根性でそんな選択をして、翌朝に見慣れないアプリアイコンを発見する羽目になるのだ。
『おはようございます、隆君』
寝ぐせなのか天パなのか、方々にはねる黒髪にだるだるのトレーナー。
童顔なのか年の頃はわからない。これがオレの好みだっていうのか?
AIが作成した三ツ谷の恋人は、大きな目と天パが特徴の青年だった。背景の部屋の様子が荒れている。どうやら自分は世話をしたいタイプの恋人を作り上げたようだ。
確かに誰かに世話してもらうことは慣れなくて、申し訳なさを抱いてしまう。翻って相手を信じていないとも言えるのではないか。そんな自分を顧みてしまい、いたたまれない。
「えーと…おはよう」
選択型の会話だったが、優しくすればにへっと笑い、厳しいことを言えば涙目になる青年を不思議と嫌いにはならなかった。
青年の名前はタケ。フリーターで一つ年下。おっちょこちょいでだらしない性格。
タップして部屋を綺麗にしたり、デートをしたりとまめにアプリを起動しては構う。
三ツ谷さんがゲームにハマるなんて珍しいですね、とアシスタントたちが興味深げに言ってきた。
アプリを起動しても画面にいないことがある。仕事に行ったとか出かけたという設定であるらしい。なんだか妙にリアルで、試作段階でも結構ハマるなぁと感慨深かった。課金システムはまだ導入されていない。課金アイテムをおねだりされたら課金してしまう気がする。仕事とバイク以外には極力金を使わないタイプであるのに恐ろしい。
「お前が実際いたらいいのになぁ」
よだれを垂らして眠るタケをつつくと、『ほぇっなんスか!?』と飛び上がった。
「らっしゃーせー」
インスピレーションを養うために、古い映画を見たりする。見るならアクションやサスペンスが楽しめるが、資料としては幅広く見る必要がある。
ふらりと入ったレンタルDVDのチェーン店。
気の抜けた挨拶の声に聞き覚えがあって、声の主を二度見してしまう。
方々にはねる黒髪、ガタイはいいとはいえない、少年のように細い首元。
ぱちり、と視線が合うと、青くて大きな目が笑みの形に細められた。
「タケ…」
思わず呼びかけると、はい? と彼は小首をかしげた。
あぁ、タケは実在した。
「ねぇ、店員さん」
気を取り直して悠然と微笑む。
歴代彼女に感じなかった、渇望。
何せ彼は理想のタイプなのだ。絶対に逃がすものか。
すっかり起動されなくなったアプリの感想を九井に求められ、三ツ谷は満足そうに笑って「きっと大儲けできるぜ」と太鼓判を押した。
飲み会では二次会に参加せずそそくさと帰る三ツ谷を見て、また女ができたなぁと何か月で別れるか賭けの対象にされていた。これまでになく幸せそうな様子に、結婚するんじゃねぇのと言ったのは既婚者であるぱーちんであった。
おわり